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8話
初めての記憶を取り戻してから(後編)
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昨日のこと。
画面から脳内に流れる映像に私の心は酷く揺れたことだろう。
両親の死、幼馴染の存在、病院での記憶。
それらを一気に思い出した私の気分は混乱の一言に尽きた。真瀬さんには大丈夫だと言ったが、大丈夫と言わなければ取り乱していただろう。取り乱しても良かったのかもしれないが。部屋に戻るまでに頭の中を整理出来たとは思えない。本当はすぐに"幼馴染"の存在を確認したかった。だけど初めて会った日に言われていた。「過去のものを今の私が取り戻そうとしてはいけない」と。
だから私は何も言えなかった。決まっていることなら黙っているのが1番だった。
記憶が戻って違う自分になるんじゃないかとも思いはした。それでも私は私を取り戻したかった。
奪われたというのなら、私の意思で、どんな記憶の中に生きて、それを忘れたのだとしても。
思い出したいと願ってしまったから。
藍沢さんと真瀬さんにそれを伝える。
真瀬さんは黙っていた。藍沢さんを伺うように見る。
そして藍沢さんは
[そうでしたか、気を遣わせてしまいましたね、僕らの落ち度でしょうか。雨ノさん、聞かせてください。まだ記憶を取り戻したいですか。]
藍沢さんは真面目な顔で言う。
私は虚をつかれたみたいな気持ちになって、一度息を止めた。それから
『はい。私は過去の私を知りたいです。もう過去に戻れないのだとしても、未来に進む為に過去を知りたい。過去はきっと私を作り上げる為に必要なものだった筈だから。
それに、藍沢さん。そして真瀬さん。』
言葉を区切り、不思議そうな顔をしたふたりに伝える。
『私の名前は、望未です。望む未来で、望未です。だから自分の望む未来の為なら私は私の過去を知りたい。向き合いたい。そこに何があったとしても。それが私の覚悟です』
そう言って笑った。上手くは笑えなかったかもしれないけれど。藍沢さんと真瀬さんは顔を見合わせる。
真瀬さんの想いはわからないけれど、藍沢さんは言う。
[お気持ち聞かせて頂いてありがとうございます。貴女は真っ直ぐな人ですね。僕はそれが嬉しい。
ではこれから、三日に一度のペースで記憶を戻していくとしましょう。勿論無理のない範囲で。どのくらいの記憶を戻すかは、その時の雨ノさんの体調に合わせて計算していきますね。方針が定まってよかった。これから改めてよろしくお願いします]
そう藍沢さんは頭を下げる。何故私の記憶を奪ったか、まだ正確なところはわからないけれど。信じたいと思った。
わかりました、お願いします、と頭を下げて部屋を出る。去り際藍沢さんの声が聴こえた気がした。
[本当に君は、あの頃と変わらず真っ直ぐに大人になったんだね]
意味は、今の私には掴めなかったけれど。
昨日のこと。
画面から脳内に流れる映像に私の心は酷く揺れたことだろう。
両親の死、幼馴染の存在、病院での記憶。
それらを一気に思い出した私の気分は混乱の一言に尽きた。真瀬さんには大丈夫だと言ったが、大丈夫と言わなければ取り乱していただろう。取り乱しても良かったのかもしれないが。部屋に戻るまでに頭の中を整理出来たとは思えない。本当はすぐに"幼馴染"の存在を確認したかった。だけど初めて会った日に言われていた。「過去のものを今の私が取り戻そうとしてはいけない」と。
だから私は何も言えなかった。決まっていることなら黙っているのが1番だった。
記憶が戻って違う自分になるんじゃないかとも思いはした。それでも私は私を取り戻したかった。
奪われたというのなら、私の意思で、どんな記憶の中に生きて、それを忘れたのだとしても。
思い出したいと願ってしまったから。
藍沢さんと真瀬さんにそれを伝える。
真瀬さんは黙っていた。藍沢さんを伺うように見る。
そして藍沢さんは
[そうでしたか、気を遣わせてしまいましたね、僕らの落ち度でしょうか。雨ノさん、聞かせてください。まだ記憶を取り戻したいですか。]
藍沢さんは真面目な顔で言う。
私は虚をつかれたみたいな気持ちになって、一度息を止めた。それから
『はい。私は過去の私を知りたいです。もう過去に戻れないのだとしても、未来に進む為に過去を知りたい。過去はきっと私を作り上げる為に必要なものだった筈だから。
それに、藍沢さん。そして真瀬さん。』
言葉を区切り、不思議そうな顔をしたふたりに伝える。
『私の名前は、望未です。望む未来で、望未です。だから自分の望む未来の為なら私は私の過去を知りたい。向き合いたい。そこに何があったとしても。それが私の覚悟です』
そう言って笑った。上手くは笑えなかったかもしれないけれど。藍沢さんと真瀬さんは顔を見合わせる。
真瀬さんの想いはわからないけれど、藍沢さんは言う。
[お気持ち聞かせて頂いてありがとうございます。貴女は真っ直ぐな人ですね。僕はそれが嬉しい。
ではこれから、三日に一度のペースで記憶を戻していくとしましょう。勿論無理のない範囲で。どのくらいの記憶を戻すかは、その時の雨ノさんの体調に合わせて計算していきますね。方針が定まってよかった。これから改めてよろしくお願いします]
そう藍沢さんは頭を下げる。何故私の記憶を奪ったか、まだ正確なところはわからないけれど。信じたいと思った。
わかりました、お願いします、と頭を下げて部屋を出る。去り際藍沢さんの声が聴こえた気がした。
[本当に君は、あの頃と変わらず真っ直ぐに大人になったんだね]
意味は、今の私には掴めなかったけれど。
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