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第21話 epilog
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呪いが解け、クレマチスが咲き乱れた日から一ヶ月後、ルーカスは戴冠の日を迎えた。
新しい王の誕生に、近隣諸国からたくさんの要人が参列していた。
式典開始までの間、控え室でリラとルーカスが待機していると、要人の一人、シャルロット姫が訪ねてきた。彼女はにこやかな笑みを浮かべてルーカスに質問した。
「新しい王よ、愛しい人のキスで呪いが解けた感想は?」
「感謝してもしきれない。リラの笑顔を、いつまでも守りたいと思ったよ」
シャルロット姫は頬を赤く染め、目を輝かせた。
「すてきな感想ですわ。うわあ、頬の筋肉が、ゆるんで戻らないわ」
「シャルロットさま、少々浮かれすぎです。もっとお淑やかになさいませ」
元シャルロットの侍女マデリンは、彼女をそっと、窘めた。
「ルーカスも、恥ずかしいから、姫の質問に真顔で答えないで……」
リラは、ルーカスの袖を引っ張って、首を小さく振った。
晴れの日を迎え、和やかな雰囲気だが、問題はなにも解決していなかった。
「シャルロット姫。ここだけの話ですが、実は、消えたと思った蔓の紋様が、また発現したんです」
リラの言葉にシャルロットは目を見開いた。
「呪いは、完全に解けていないってこと?」
ルーカスは、右手にしていた白い手袋を外して、手の甲を見せた。
「最近、クレマチスの新芽みたいなものが、小さく現れた」
金色に輝く呪いの印を見て、彼女は真剣な顔になった。
「そう。想い人のキスで呪いの効果は弱まっても、完全には解けていないのですね」
「効果が弱まるだけで十分。私には、リラがいる」
ルーカスは手袋をはめ直すと、リラを見てにこりと笑った。
「ルーカスさま、そろそろお時間です」
重くなってしまった空気を払うように、ナタンがドアを開けて、呼びに来た。立ち上がったルーカスが先に部屋を出て行く。リラも続いて出て行こうとしたら、シャルロットに手首をつかまれた。
「リラさま。ルーカスさまが王になられたばかりではお忙しいと思いますが、機を見て、我が国へお越し下さいませ」
「カルディア王国へ?」
聞き返すと、シャルロットは頷いた。
「私より、術に詳しい者がいます。呪いを完全に解く方法がわかるかもしれません」
カルディア国は、王太后の祖国だ。敵は今以上に多い。危険が増すが、しかし、
「わかりました。ぜひ、伺います」
呪いを完全に解くためなら、どこへでも行く。リラには即答した。
シャルロットは言葉を続けた。
「花を使った呪いの元は、願いを叶えるためのまじないです。強い信念を持つリラさまなら、きっと解ける。二人の幸せを、私は、願っています」
シャルロットは見惚れるくらい美しいカーテシーをしてくれた。リラも、彼女に敬意を示すためカーテシーを返した。
戴冠の儀は、迎賓館と同じくらい広い、聖堂で行われる。これまでの慣例では王子が一人で儀式に臨んできたが、今回ルーカスは特例で、護衛を名目にリラを同伴させた。
この国一番の高官で、王の代わりに摂政を執りおこなってきたローズ皇太后は、ルーカスが王になることで事実上、内政から退くことになった。
厳かな空気が漂う聖堂に、天窓からの光りが差しこむ。
ローズ王太后の前にルーカスが跪くと、金色に輝く王冠が頭に乗った。
次の瞬間、
「「ルーカス王、万歳!」」
「「リラ王妃、万歳!」」
式典に詰めかけた貴族や国民が歓びの声を上げた。
ビリビリと肌が痺れたみたいな振動が伝わる。感動しながらリラは、横を見た。
ルーカスは、ローズ王太后をじっと見つめていた。
「大きく成長しましたね。ルーカス王」
「ありがとうございます」
「新たな王に、一つ良いことを教えましょう。その身体に刻まれた呪いは、決して消えない。覚えておくがいい」
女神のようにほほえむローズの赤い目は、少しも笑っていなかった。
「祝辞は以上。あなたの治世が一秒でも長く続きますように」
ローズの言葉を聞いたのは、ルーカスとリラだけだった。
戴冠のあと、広場に集まった国民に顔を見せ、手を振るためにリラとルーカスは二階のバルコニーに立った。手すりの一部には蔓が巻き付いている。
「リラ、見て。クレマチスだ」
「ええ、咲いていますね」
「クレマチスの花言葉の一つに『精神の美』がある。芯の強さ、目を惹く華やかさはきみに通じる。これからはリラがこの国のクレマチスだ」
リラは苦笑いを浮かべた。
「自分には花にたとえられるような要素はないけど、これからルーカスの横でがんばって自分を磨くよ」
ルーカスは嬉しそうにふわりと笑った。
「これから大変になりそうだが、今一時でも国民の祝福を受け止めよう。だから笑って。私の最高に頼もしい護衛騎士、リラ・オースティン王妃」
リラは頷くと前を向いた。
色とりどりの紙吹雪が舞う。目の前にはクレマチスの花と、人々の笑顔が咲いていた。
Fin.
・~・*・~・
新しい王の誕生に、近隣諸国からたくさんの要人が参列していた。
式典開始までの間、控え室でリラとルーカスが待機していると、要人の一人、シャルロット姫が訪ねてきた。彼女はにこやかな笑みを浮かべてルーカスに質問した。
「新しい王よ、愛しい人のキスで呪いが解けた感想は?」
「感謝してもしきれない。リラの笑顔を、いつまでも守りたいと思ったよ」
シャルロット姫は頬を赤く染め、目を輝かせた。
「すてきな感想ですわ。うわあ、頬の筋肉が、ゆるんで戻らないわ」
「シャルロットさま、少々浮かれすぎです。もっとお淑やかになさいませ」
元シャルロットの侍女マデリンは、彼女をそっと、窘めた。
「ルーカスも、恥ずかしいから、姫の質問に真顔で答えないで……」
リラは、ルーカスの袖を引っ張って、首を小さく振った。
晴れの日を迎え、和やかな雰囲気だが、問題はなにも解決していなかった。
「シャルロット姫。ここだけの話ですが、実は、消えたと思った蔓の紋様が、また発現したんです」
リラの言葉にシャルロットは目を見開いた。
「呪いは、完全に解けていないってこと?」
ルーカスは、右手にしていた白い手袋を外して、手の甲を見せた。
「最近、クレマチスの新芽みたいなものが、小さく現れた」
金色に輝く呪いの印を見て、彼女は真剣な顔になった。
「そう。想い人のキスで呪いの効果は弱まっても、完全には解けていないのですね」
「効果が弱まるだけで十分。私には、リラがいる」
ルーカスは手袋をはめ直すと、リラを見てにこりと笑った。
「ルーカスさま、そろそろお時間です」
重くなってしまった空気を払うように、ナタンがドアを開けて、呼びに来た。立ち上がったルーカスが先に部屋を出て行く。リラも続いて出て行こうとしたら、シャルロットに手首をつかまれた。
「リラさま。ルーカスさまが王になられたばかりではお忙しいと思いますが、機を見て、我が国へお越し下さいませ」
「カルディア王国へ?」
聞き返すと、シャルロットは頷いた。
「私より、術に詳しい者がいます。呪いを完全に解く方法がわかるかもしれません」
カルディア国は、王太后の祖国だ。敵は今以上に多い。危険が増すが、しかし、
「わかりました。ぜひ、伺います」
呪いを完全に解くためなら、どこへでも行く。リラには即答した。
シャルロットは言葉を続けた。
「花を使った呪いの元は、願いを叶えるためのまじないです。強い信念を持つリラさまなら、きっと解ける。二人の幸せを、私は、願っています」
シャルロットは見惚れるくらい美しいカーテシーをしてくれた。リラも、彼女に敬意を示すためカーテシーを返した。
戴冠の儀は、迎賓館と同じくらい広い、聖堂で行われる。これまでの慣例では王子が一人で儀式に臨んできたが、今回ルーカスは特例で、護衛を名目にリラを同伴させた。
この国一番の高官で、王の代わりに摂政を執りおこなってきたローズ皇太后は、ルーカスが王になることで事実上、内政から退くことになった。
厳かな空気が漂う聖堂に、天窓からの光りが差しこむ。
ローズ王太后の前にルーカスが跪くと、金色に輝く王冠が頭に乗った。
次の瞬間、
「「ルーカス王、万歳!」」
「「リラ王妃、万歳!」」
式典に詰めかけた貴族や国民が歓びの声を上げた。
ビリビリと肌が痺れたみたいな振動が伝わる。感動しながらリラは、横を見た。
ルーカスは、ローズ王太后をじっと見つめていた。
「大きく成長しましたね。ルーカス王」
「ありがとうございます」
「新たな王に、一つ良いことを教えましょう。その身体に刻まれた呪いは、決して消えない。覚えておくがいい」
女神のようにほほえむローズの赤い目は、少しも笑っていなかった。
「祝辞は以上。あなたの治世が一秒でも長く続きますように」
ローズの言葉を聞いたのは、ルーカスとリラだけだった。
戴冠のあと、広場に集まった国民に顔を見せ、手を振るためにリラとルーカスは二階のバルコニーに立った。手すりの一部には蔓が巻き付いている。
「リラ、見て。クレマチスだ」
「ええ、咲いていますね」
「クレマチスの花言葉の一つに『精神の美』がある。芯の強さ、目を惹く華やかさはきみに通じる。これからはリラがこの国のクレマチスだ」
リラは苦笑いを浮かべた。
「自分には花にたとえられるような要素はないけど、これからルーカスの横でがんばって自分を磨くよ」
ルーカスは嬉しそうにふわりと笑った。
「これから大変になりそうだが、今一時でも国民の祝福を受け止めよう。だから笑って。私の最高に頼もしい護衛騎士、リラ・オースティン王妃」
リラは頷くと前を向いた。
色とりどりの紙吹雪が舞う。目の前にはクレマチスの花と、人々の笑顔が咲いていた。
Fin.
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