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「もう少し、説明をください」

「俺側につけと言っている」

 オリヴィアは、上体を後ろに引こうとした。

「今さら逃げようとするな」

「体勢が、つらいんです」

 座ったまま身体を捻り、彼の方へ前のめりに引っ張られている。脇腹がぷるぷると震えはじめた。このままでは筋肉痛になる。

「これくらいで? か弱すぎるだろ」

 カルロスは、わざとらしくため息をつきながら手を放した。

 オリヴィアも姿勢を戻すとほっと息を吐いた。



「姫は忘れているようだが、俺の妃になるということは、ミディル国の王女ではなく、レオンティオ帝国の皇妃になるということだ」

 カルロスは話しながら椅子を引きずり、オリヴィアに近づいた。今度は触れずに、覗き込むように顔を近づける。



「ウエル王か俺か、どちらか一方を選ばなければならないとき、迷わず俺を選べる?」

 真剣な瞳だった。

 オリヴィアは目を逸らさずに一度、唾を飲んだ。



「ウエル兄さまや、ミディル国が存続するのであれば、私は陛下を選びます」

「きみを愛してやまないウエル王よりも、きみにとって敵国の王である俺を?」

「ええ。私、さっき言いました。あなたの嫁になるためにここへ来た、喜んで陛下と婚姻を結ぶと」



 しばらくしてカルロスは、硬い表情を緩めた。

「いいね、やっぱりきみとの結婚はおもしろくなりそう。ウエル王の悔しがる顔が今すぐ見たくなった」

 くっくと喉で笑っている。悪い顔だ。



「俺は大国レオンティオの王だ。かわいい我が妃。平和を願う以外のわがままはないの? 何でも欲しい物、願いを叶えてあげる」

「願いを叶えてもらった場合、私が陛下に差し上げるものがありませんので、何も欲しくありません」

「俺はもう、きみからもらったよ。オリヴィアという存在を」



 すっと伸ばされたカルロスの手が、オリヴィアの頬に触れた。

 驚いて、彼の手を払った。拒んだあとではっとなる。

 ――しまった。受け入れるべきだった? でも、無理なものは無理!



 不敬だなんだと言われて死を賜る覚悟をしていると、カルロスはくしゃっと破顔した。



「困ったな。まじでタイプだ。怒ってるきみも、嫌がってるきみもかわいい。他人に振りまわされるのは大嫌いだが、きみになら、振りまわされてみたい」

 本日二度目の鳥肌が立った。



「……陛下は、嘘つきですね」

「本心だよ」

「おかしな人……!」

「大丈夫。自覚があるから」

「それ、全然大丈夫じゃないです!」

「心配しないで。振りまわされたいのはきみ限定だ」

「き、気持ち悪いからやめて!」

「うわあ、傷つくなあ」

 傷つくと言いながら彼は、オリヴィアが何を言っても笑っている。



 ――からかわれてる……! 振りまわされているのは私のほうだわ。

 オリヴィアの抵抗など、彼にとってはたいしたことではないのだろう。

 いちいち目くじらを立てない。その代わり飽きたり、邪魔になれば消す。と暗に言われているみたいだった。



 一瞬、敵ばかりの彼が可哀相だと思った。けれどその心配は不要だったかもしれない。

 オリヴィアの脳裏に、どんな状況でも飄々と受け流し、たくさんの屍の上に立ってほほえんでいる彼の姿が浮かんだ。



 ――ナディアさま。噂は本当でした。いえ、噂以上! この人、きっと極悪人です……!



 カルロスの手はいつの間にかまたオリヴィアの手を掴んでいた。今度は両手でがっちり捕まっている。何度引っ張ってもびくともしない。

「陛下、痛いです。触らないでって言ってるでしょう? 離して!」

「お嬢さん。そんなに突っ張ても逆効果だよ。だって俺、きみの肉球……猫じゃないから手のひら? が好きなんだ」

 カルロスはオリヴィアの手を持ち上げると、手のひらにキスをした。

 艶めかしく見つめ、ほほえまれて、意識が飛びかけた。何とか現世に繋ぎ止める。



「……こんな形で、猫にしたことが返って来るとは、思いませんでした」



 オリヴィアは、がくっと頭を垂れた。全身の力を抜いた。と言うより抜けた。

 ――次から猫が嫌がることはしない。抱っこを嫌がったらすぐに離してあげよう。とオリヴィアは心の中で誓った。



「本当に、私が何を言っても怒らないんですね」

「怒ったりしないよ」

 この余裕は皇帝陛下ならではだからだろうか。同じ王族でも、朗らかに笑う彼は、心配性な兄とは違うタイプだ。

 ――やっぱり陛下、変わってる。

 つかみ所のない彼を制御して戦争をさせない。それは途方もなく大変なこと。はっきり言って難易度は最大レベルだ。だけど、諦めるわけにはいかない。



「陛下。実は私、兄王には内緒でここに来ました」

 カルロスは目を見張った。
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