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氷の宮殿、半地下の部屋⑶
しおりを挟む「仮にもかわいい甥の奥方だ。形だけでも謝っておいたほうが良いと思ったんだが、不要か」
「はい。不要ですね」
「ミーシャ、むやみに煽るな」
リアムがオリバーとミーシャのあいだに割って入る。そのようすを見てミーシャはほほえましく思い、眉尻をさげた。
「リアムが叔父さんを庇ってる」
「二人がもめそうだったら仲裁しろとジーンに言われている」
「さすが宰相殿。ですが、もめるつもりはないわ」
――言いたいことは言わせてもらう。ただそれだけ。
「いくら戦争だったとはいえ、これまで魔女はたくさんの人を殺し、怖がらせ、悲しませてきました。オリバー大公殿下にしてしまったように、誰かの愛する人を奪った。恨まれてあたりまえだと思っています。死んであげることで、罪滅ぼしをする方法もあった。けれど……幾万人の命に対し、この命一つでは償いきれません。だから、私は死なない。生き抜こうと思います。今、生きている人が一人でも笑えるように、幸せにしたいと思っています」
――死んで終わりでは、なにも変わらない。魔女の印象は悪いままで、恐れからまたいさかいが生じ、負の連鎖が続くだけ。
ミーシャはリアムの手を取り、そしてオリバーを見た。
「リアムと、自分の幸せを掴むって約束したんです。そして、人々が楽しく、暮らしやすい国にしたいと思っています。だからあなたも、幸せを諦めないでください」
「……この私に、幸せになれと?」
オリバーは目を見開いた。
「そうです。憎しみや、恨みを晴らすのではなく、共に人々を導き、支える道を歩んでいただけませんか?」
ミーシャだって、言葉一つでオリバーの無念が晴れるとは思っていない。それでも、まずは伝えることからはじめるべきだ。
「このままではリアムが苦しいままです。あなたのかわいい甥を救うためにも力を貸してください」
「かわいいは……やめろ」
口を挟まず聞いてくれていたリアムが、そこだけは手を引いてとめに入った。彼に苦笑いを向ける。
刺すような目でミーシャを見つめたいたオリバーは、ゆっくりと口を開いた。
「人々を導き、支える道か。民を犠牲にしようとした俺に、民のために尽くせというのか?」
「大切な人を復活できるかもしれないと言われなければ、あなたは民を犠牲にしようとは思わなかった、違いますか?」
「……どうだろうな」
オリバーは自分の胸にある指輪を握って、目を伏せた。
「もし、あのまま復活できていたとしても、ルシアさまはきっと、喜ばれなかったと思います」
下を向いていたままのオリバーにミーシャは一歩近づいた。
「私だったら、愛する大切な人の手を汚してまで、復活したいとは思いません。幸せな未来は待っていませんから……」
もしもリアムが、民の命と引き換えに自分を蘇らせていたら、哀しくて生きていくのが辛くなっていた。
自分のために、誰かの命を秤にかけ、蹴落としたところで本当の幸せは訪れない。人の命はそんなに軽くない。
「では魔女は、なんで二度も生きかえった」
オリバーの質問に、ミーシャは一瞬息を呑んだ。
『クレア。魔女の秘密は誰にも言ってはだめよ』
かつての教えが頭を過ぎる。しかし今は、魔女を守ることよりも、未来を守るほうを選ぶ。
ミーシャはリアムを見た。彼の碧い瞳を見て心を落ち着かせると、ゆっくり口を開いた。
「炎の鳥は、太陽の化身。そして、地中深くに宿る、猛炎です」
「猛炎……岩漿(マグマ)か」
「私たち魔女は死なない。太陽が地に沈み、再び生まれ現れるように、復活ができます」
「フルラ王の言っていたことはそのことか」
ミーシャは頷くと続けた。
「遙か昔。ガーネット家の始祖は、炎の鳥と盟約を交わしたそうです。どうして契約できたのかはわかりません。ただわかっていることは、炎の鳥はガーネット家に産まれた娘を子々孫々守り、力を貸してくれると言うこと」
ミーシャは片方の手のひらに、炎の鳥を呼んだ。
朱い炎の鳥は羽を広げ飛び立つと、燭台に止まった。そして、次の燭台へ飛び移りながら部屋の灯りを点けていった。
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