炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

文字の大きさ
上 下
91 / 100

氷でできた半地下の部屋⑵

しおりを挟む

「陛下とミーシャさまはこのドアの先にいる、オリバー大公殿下にお会いするおつもりですよね?」

 イライジャの問いにミーシャは頷いた。

 重体だったオリバーは数日前、意識を取り戻した。今も起きあがれず、動けない状態だ。元の宮殿の牢は半壊して使えないため、リアムが新しい宮殿の半地下に部屋を造り、オリバーを幽閉した。

 ミーシャはやっと彼と会う覚悟ができて、今日ここに来た。

「オリバー大公殿下が、部屋のバルコニーに現れ、ミーシャさまを襲いましたよね。手引きをしたのはこの私です」

 いきなりの告白にその場の空気が凍った。
 ミーシャとして、初めてオリバーに会ったあの夜のことを思い出し、背筋がぞっとした。しかし、それを悟られないようにすっと姿勢を正した。

「陛下から伺っております。やむを得ない事情だったと。なので、謝罪は結構ですよ」

 柔らかい声を心がけたが、イライジャは下を向いたまま顔をあげなかった。

「その前にも私は、ミーシャさまに酷いことを申しあげました」
 
 ――あなたは陛下の傍にいるべきじゃない。クレア師匠を思い出させ過去に縛る。治療を済ませ、早く帰って欲しい。

「私は、ミーシャさまの覚悟を見誤っておりました。傷つけるような大変失礼な発言をしたことをお許しください。申し訳ございませんでした。私はあのときと真逆のことをこれから申しあげます」

 イライジャはそこで言葉を切ると、隣にいるリアムを一度見た。そしてふたたび真剣な面差しをミーシャに向けた。

「お願いいたします、ミーシャさま。あなたこそ陛下の妃にふさわしい。これからも傍で、陛下を支えてください」

 リアムを想う、まっすぐな言葉と瞳だった。ミーシャはそっと彼に近寄った。

「イライジャさま。実は私、会ったらお聞きしたいことがありました。私が、単独で結界を見に行った日のことです。民の避難誘導の時なぜ私を『悪い魔女』と、言わなかったんですか?」

 あの時は洪水がいつ起こるか、どれほどの規模かわからない状態だった。
 一人一人説得するよりも、炎の鳥と魔女を見せ、恐怖を煽って避難を誘導するほうが速いと思い提案した。自分はどう思われようとかまわなかったからだ。

「洪水に備えての避難については私も優先すべきことだと思い、賛成でした。ですが、自分は陛下から『ミーシャさまを守れ』と仰せつかっておりました。悪い魔女を言いふらした先……未来は、あなたを守るにはならないと判断しました」

 驚いたミーシャとリアムはお互いの顔を見合った。

「俺の命で、ミーシャの名誉を守ったということか?」

 リアムの問いに、イライジャは頷いた。

「陛下のためもありましたが、ミーシャさまのためでもあります。ずっとそばで護衛しておりましたからね。あなたが悪い魔女じゃないことは良く存じております。明確な嘘をつくのが心苦しくて、無理でした。それと……もう、どんな理由があっても、陛下を裏切るようなことはしたくなかった」
 
 オリバーを信頼させるために、何度もリアムや帝国を裏切った。事情はリアムもちゃんとわかってくれている。それでも、イライジャは後悔しているようだった。
 
 リアムはイライジャの肩に触れた。

「おまえは今日まで、休みなく国中を走り回り、守ってくれた。ここへ帰ってきてすぐ、ミーシャにあやまリに来てくれた。もう、じゅうぶんだ。感謝する」

「避難誘導なんて大変なことをお願いしたのに動いてくださり、本当にありがとうございました。……私はこれからも陛下の傍にいます。彼を支えるから、イライジャさまも支えてくださいね」

 リアムの言葉のあとに、ミーシャも続けてお礼を伝えると、リアム以上に表情が乏しい彼が、珍しくふわりと笑った。

「陛下もミーシャさまも自己犠牲が過ぎますので傍にいます。できれば、ご自分から先んじて無理や無茶するようなことは今後、自重していただけると助かります」
「……わかった。善処する」
「私も、気をつけます……」

 一拍置いて、同じタイミングで三人で笑った。

「……そろそろ、あの人に会おうか。心の準備はいいか、ミーシャ」
「大丈夫よ。リアム」

 視線を分厚い氷で閉ざされたドアへと向ける。リアムが近づくと、護衛兵の二人は、ドアをゆっくりと開け広げた。


「……やあ、リアム。久しぶり。凍化の具合はどうだ?」

 暗くて、寒々とした狭い部屋の寝台で寝ていたオリバーは、ミーシャたちが中に入ると上体を起した。
 オリバーは全身包帯だらけだった。

「あれ以来、凍化は起きていない。流氷の結界を作る以前の状態に戻った」

 リアムはオリバーの傍の椅子に座った。

 ミーシャは、天井付近の小さな窓が塞がれているのに気づき、開けていく。小鳥も通れないほどの大きさだが、詰められていた物を外すと、少しだけ光が射した。
 
「もしまた凍っても、ミーシャがいれば俺は死なないよ」
「国を思う、賢くてやさしい無敵の皇帝の誕生だな」
「どうだろうな。寵姫に傾倒して、民を疎かにするかもしれない」
「寵姫がそれを許さないだろう」

 オリバーと目が合ってどきっとした。ミーシャが意識のあるオリバーに会うのは、あの日以来だった。ぐっと拳を握って向き合う。

「オリバー大公。具合はどうですか?」
「リアムに蹴られた脇腹は治ったよ。狼の牙が刺さった背中の傷はまだ痛む」

 リアムを庇い、倒れたオリバーは一週間、生死を彷徨った。やっと少しずつ安定してきたが、まだ動くことがままならず、独房内で静養中の身だ。
 
「氷の剣で切られた胸の傷は塞がったが、こちらも痛い」
 言いながら押さえたオリバーの胸には、ネックレスチェーンで繋がれた指輪が首から下げてあった。

 オリバーがルシアに贈った指輪とおそろいだと言う。炎の鳥でも復活できずに彼女は煌めく細氷となって消えたが、そのとき、彼女の薬指にあった光輝くダイヤの指輪も一緒に消えた。

「そんな顔をするな。奥方」

 ミーシャは指輪から視線を上げて、オリバーを見た。

「あの暗くて寒い場所から救えたのが唯一、私が彼女にしてあげられたことかな」
 オリバーは「一目会えて、よかった」と目を細めた。

「クレア。いや、ミーシャ。二度も殺してすまなかった」
 リアムと一緒の、銀色の絹糸のような美しい髪をミーシャは見つめた。自分に向かって頭を下げる彼を、簡単には許せない。だけど……

「オリバー大公殿下。私への謝罪は結構です。あなたが私を許せないように、私もあなたを許せませんから」

 オリバーはゆっくりと顔を上げた。彼からゆらりと冷気が発生すると、リアムが席を立ち、ミーシャの横に立った。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

軽はずみで切ない嘘の果て。【完結】

恋愛
※注意※ 以前公開していた同名小説とは、設定、内容が変更されている点がございます。 私は、10年片思いをした人と結婚する。軽はずみで切ない嘘をついて――。 長い長い片思いのせいで、交際経験ゼロの29歳、柏原柚季。 地味で内気な性格から、もう新しい恋愛も結婚も諦めつつあった。 そんなとき、初めて知った彼の苦悩。 衝動のままに“結婚“を提案していた。 それは、本当の恋の苦しみを知る始まりだった。 *・゜゜・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゜・*

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

めぐめぐ
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。 気が付くと闇の世界にいた。 そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。 この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。 そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを―― 全てを知った彼女は決意した。 「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」 ※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪ ※よくある悪役令嬢設定です。 ※頭空っぽにして読んでね! ※ご都合主義です。 ※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

処理中です...