炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

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崩壊する氷の宮殿

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 *リアム*

「炎に包まれながら、魔女に一矢報えた。もういい、疲れた。やれることはやった。これで彼女のもとに行ける。そう死を受けいれたが、死ねずに冷凍睡眠コールドスリープだ。ビアンカとルイスによって目覚めさせられたが、そのあとすぐにルイスは死んだ。だから宮殿を出た」

「あんたは、地下深くに眠る人を、蘇らせることをあきらめなかった」
「そうだ」

 オリバーはおもむろに魔鉱石をリアムに見せた。

「本来、魔女しか操れない炎の鳥。だが、今私の手の中には、炎の鳥を操れる魔鉱石がある」
「ここの氷をすべて解かし、万の民の命を奪い炎の鳥に捧げ、ルシアを蘇らせるのがあんたの狙いか。……犠牲になる民は関係ない!」

 リアムはこらえきれずに叫んだ。

「関係あるだろう。これまで我々王家がどれだけ犠牲を払い、国を維持してきた?」

 オリバーはゆっくり立ち上がると、腕を広げた。

「私は世界よりも、国よりも、民よりも、愛しいただ一人を選び、救う!」

 青白い顔のミーシャをリアムは見下ろした。
 ――ミーシャも万の命を犠牲にすれば、蘇るというのか? 

「……そんなことが、本当に可能なのか?」
「可能かどうかは、やってみればわかることだ。……そろそろ、いい感じに氷が溶けたようだな。最後の仕上げをしよう」

 オリバーの言うとおり、リアムたちがいるフロアの氷はすべて溶けきっていた。
 凍らせなければと思ったが、魔力の消費が激しく足りない。このままでは動けなくなる。なけなしの氷を放ったところで炎の鳥の火力には勝てそうにない。

 打開策を思案するリアムとは違って、オリバーの顔に焦りはなく涼しいものだった。魔鉱石がない手をリアムに差しだす。

「ミーシャを助けて欲しければ、私の右腕となれ。王位を私に譲るんだ、リアム。そうすれば、おまえは凍化で命を削る必要もなくなる。好いた女と自由に生きれば良い」

 リアムは差し出された手ではなく、オリバーに視線を向けた。

「万の民を犠牲にして就いた王位に、なんの価値がある!」
「王族だけではなく、民にも犠牲は払って貰う。その上で、私はこの命続く限り氷の国を維持しよう」

 瞬時にリアムの前に氷の壁を作ると、オリバーは背を向けた。炎の鳥の中へ入って行くと、炎がさっきよりも大きく成長した。

「やめろ!」

 オリバーは、振り向くとリアムに向かって笑った。

「まずは、ルシアだ。おまえはそこで黙って見ていろ」

 きな火柱が上がる。爆風がリアムと気を失っているノアに襲いかかったが、氷の壁のおかげで対応する時間があった。

 氷のシールドを自分たちの周りに幾重にも築く。火柱の威力はすさまじく、宮殿内の氷を溶かすどころか、天井を突き破った。
 崩壊し、崩れた天井から茜色に染まる空が見えた。紛れこんだ粉雪は地下の熱でここにたどり着く間もなく溶けて消えた。

 二十年前。洪水を防いだ父のように、雪を降らせ、地下を氷で埋め尽くすべきだ。

「……いや、もう手遅れか」

 地下深くにある氷が溶け、地盤沈下で建物が傾きはじめていた。なおも崩れる天井と、ひび割れていく地面。あちこちから聞こえてくる激しい崩壊の音、氷の盾はどろりと溶け、リアムの周りは急激に温度を上げていく。

「白狼!」

 リアムの呼びかけにすぐに氷と雪の精霊は現れた。

「ノアを安全な場所へ。先に逃げてくれ」

 白狼は地面に横たわり眠っているノアの背中部分の服をがぶりと噛んで咥えた。

「落とさないでくれよ」

 後ろ足で立てばリアムよりも大きい白狼は、ノアを仔犬のように咥えたまま、器用に瓦礫を避けて、登りはじめた。その姿はあっという間に地上へと消えた。

 リアムの周りの氷はほとんど溶けてしまった。炎の鳥と一体になっているオリバーをあらためて見る。

 叔父はルシアの前にいた。通常ではありえない高温に晒されているはずなのに、彼女を取り巻く氷はそのままだった。

 ――ルシアは、まだ復活していない?

 リアムはミーシャを抱きしめたままふたたび立ちあがると、足を一歩踏みだした。地面は地獄の業火のように熱く、一瞬で衣服に火がつく。リアムは氷を纏い、慎重に、ゆっくりとオリバーに近寄っていった。

「リアム。おまえ、なにかしたか?」

 オリバーはルシアを見つめたまま、静かな声で訊いた。

「今頃、帝都は押し寄せる氷の濁流に飲まれ、人々は逃げ回っているはずだが、……どうやら死者が、出ていないようだ」
「ミーシャだ。彼女は結界の異変を見に行った。洪水を防ぐ手立てをこうじてから、ここに来たんだろう」

 オリバーは目を見張ったあと、ゆっくりと細めた。

「なるほど、そうか。その魔女のせいか……」

 高温の火で直接炙られているみたいに熱い。氷は纏ったそばからすぐに溶けるため、常に作り続けている。

 よく見ると、氷の中のルシアに小さなヒビが幾つも入っていた。ぱきぱきと乾いた音をたてて表面が小さく割れていく。熱で溶けるのではなく、砂のようにさらさらと崩れ、氷の結晶は煌めきながらゆらゆらと、天に昇っていく。

「このままでは駄目だ。復活するまで、ルシアの身体が持たない」

 つらそうに呟くオリバーの顔や手は赤く腫れ、炎症を起していた。それでも必死に愛する人を見つめる叔父に胸が締めつけられた。

「もうやめろ。このままではあんたが死ぬ!」
「今さら私が死を恐れるとでも?」

 オリバーは乾いた声で笑ったあと、視線をあげた。

「リアム。今あるサファイア魔鉱石はおまえのために作った。うまく、使えよ」

 自分に似た碧い瞳。幼いころ何度も向けられた、やさしい眼差しだった。

「闇に飲まれ再び命輝くとき、魔女は炎の鳥とともに舞い戻ると、フルラ王は言っていた。リアム、わかるな。魔鉱石を使え」

 オリバーはクレアの魔鉱石を持つ手を高くかざした。

「炎の鳥よ。今すぐルシアを蘇らせよ。我が命と引き換え……、」
「やめろッ……!」

 考えるよりも先に叫んでいた。

 刹那、上空に小さな炎が現れた。朱鷺色の炎の鳥は、急降下してオリバーの手から魔鉱石を鷲づかみすると、そのまま奪い捕った。

 ルキアは、内側からぱんっと弾けるように粉々に割れ、煌めく粒子となった。
 銀色に輝く細氷ダイヤモンドダストは、酷い火傷のオリバーを冷やし癒すようにやさしく包みこんでいく。

 一瞬なにが起こったのか、本人もわからなかったようだ。声にならない叫び声が響いた。炎がほとばしる。建物が歪む大きな音とともに、足元が崩壊していく。

 リアムは自分たちがいる場所だけでも維持しようと片手で氷の剣を握ると地面に突き刺し、厚い氷を張った。しかしそのそばからひび割れて、溶けて壊れていく。

 オリバーは、空を見上げたままぴくりとも動かなかった。彼の足元が崩れ、身体ががくんと沈む。頭上からは壊れた天井が地上の雪とともに容赦なく降ってくる。

「オリバー……叔父さんッ……!」

 思いっきり手を延ばした。あと少しのところでオリバーは瓦礫に飲みこまれ、姿を消した。
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