炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

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カルディアの姫

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「皇妃を救えって、どういうことなの?」

 ミーシャは小声で聞いた。

「ビアンカ皇妃のことだ。彼女はカルディアの皇女だったからな。氷の国に捕らわれるように結婚した、哀れな皇女と彼女の祖国は思っているらしい」
「そんな……!」
「あながち間違いでもない。我が兄クロムは、彼女の魔力、風を操る力を当てにして、政略結婚をさせられた。だが、カルディアの王族も魔力を失いつつある。ビアンカもそれほど魔力はない。……ミーシャ、もう少し奥へ」

 外は吹雪でカルディア兵の姿は遠いが、念のため入り口から離れた。

「先帝は崩御したのに、皇妃は氷の国に捕らわれたまま。魔力がないから自力で抜け出し帰ることができない。そこへ悪い魔女の登場。だから助けに行くというのが、カルディアがグレシャー帝国を攻める名目だ」

「カルディアの民はそれを本当に信じているのですか?」

「上層部はもっと別のもくろみがあるだろうが、少なくとも兵はそう思っているみたいだね。ビアンカは祖国で人気があったらしいから」

 ミーシャはリアムを見た。

「カルディア兵の目的地は氷の宮殿ね。リアム、これからどうするの? このままここにいたら見つかるし、囲まれてしまう」
「大丈夫。先に手は打ってある。白狼」

 呼ぶと、入り口から雪と風が中に舞い込んできた。そして、すぐに白狼が姿を現わした。

「間もなくここへ、ジーンとイライジャが兵を連れてやってくる」
「お二人が?」
「ああ、ここは俺たちの狩り場だ。ミーシャ、合図があったら走るからそのつもりで」

 ミーシャは頷いた。座ったまま膝の上で手を握ると、リアムがそっと肩に触れた。彼に見せられたのは、碧い輝きを放つブルーガーネットの魔鉱石だった。

「ミーシャが持っていて」

 そのまま首に下げさせられた。

「なにかあれば、これでリアムを助けるね」
「頼もしいな」

 碧色に輝く魔鉱石を眺める。ミーシャは意を決めると、きつく握った。

「……あれ、なんの変化もない」

 前回、白狼から貰ったときは、触れるとすぐに魔力が身体に満ちていくのを感じた。髪の色も変化したが今はなにも起こらない。

「今、魔鉱石からは氷の魔力を感じる。色が碧色だと、私はクレアになれないのかも」
「今はなれないだけで、なにか条件がそろえばまたクレアになれるんじゃないか? とりあえず、ミーシャが持っていろ」

 ミーシャは、リアムを見つめながら頷いた。


 外の吹雪を二人で眺めて合図を待つ。

「グレシャー帝国はこんな極寒の土地にあるからか、先代たちはとても野心家だったんだ。次々に隣国を攻め落とし属国、または国を吸収していった。政略結婚も盛んで、そのせいだろう。クロフォード家の血は薄まってしまった。国を治める王家として氷を扱う魔力は持って生まれるが、世代を増すほどに短命になっている」

「政略結婚はフルラでも一緒です。私もエレノアにあなたと政略結婚しろと言われました」

 花が咲き乱れるフルラ国と、エレノアを思い出し、懐かしくなった。

「ミーシャが祖国に戻って、したかったことって?」
「私、表向きは引きこもり令嬢だけど、本当は良く屋敷を抜け出して、ライリーと町に行ってたの。戦争で傷を負ってしまった人たちに薬を作って配ってた」
「……贖罪か」

 ミーシャは頷くと続けた。

「孤児院の子どもたちにもすぐに帰ると約束しちゃったけど、しばらくは会えないわね……」
「なぜ? 今度フルラ国に戻って、会いに行けばいい」
「でも……」
「ミーシャは、好きなことしていいと言っただろ。やりたいことをやっていい。その代わり、きみの居場所はここ。俺の横だ。必ず帰ってきて」

 彼のやさしさに、胸があたたかくなった。守りたい。彼といればもっと強くなれると、溢れる泉のように勇気が湧いてきた。

「ありがとう。リアム、約束する。私は炎の鳥と共に、必ず、あなたの元へ舞い戻る」

 顔を寄せ合い、頷き合ったときだった。

「おい、見ろ! これ雪の壁じゃなくて、かまくらだ!」
「ばか! ……声を抑えろ。グレシャー帝国兵が潜んでいるかもしれないだろ。騒ぐな」

 雪の壁越しに会話が聞こえてきて、緊張が走った。内容からしてカルディア兵だ。リアムは、しっと指で合図をすると、入り口の横に立ち、外のようすを探る。

 白い地面に人の影が映る。次の瞬間、白狼が外へ躍り出ていった。

「うわあ! びっくりした。白狼ちゃん、驚くだろお?」
「……ジーン?」

 白狼と一緒に、かまくらの中に入ってきたのは、着膨れした宰相のジーンだった。

「ジーン、外に敵がいただろ?」
「ああ。それならイライジャが瞬殺。相手さんは声を出す暇もなかったよ」

 ミーシャたちがかまくらから出ると、イライジャが男二人を伸して、紐で縛りあげているところだった。イライジャはリアムに気づき、すぐに跪いた。
 
「陛下。お待たせいたしました」
「イライジャ、怪我は大丈夫か?」
「大丈夫かって、陛下がつけた傷だろ?」

 ジーンの言葉にリアムはふんっと顔を横に振った。

「どうして、リ……陛下がイライジャを傷つけたの?」

 いつの間に? とミーシャが驚いていると、ジーンがとても楽しそうな顔に変貌し、「説明いたしましょう」と近づこうしてきたため、リアムに足を払われ、盛大に投げ飛ばされた。ジーンは雪の壁にめりこみ、見るからに痛そうだ。

「陛下、ひどい! 横暴!」
「もう一度、投げ飛ばしてやろうか?」
「けっこうです、遠慮します!」 

 リアムがふんと呆れる横で、イライジャだけは真面目だった。

「私の怪我の治療と、出兵の準備で少々遅れてしまいました。申しわけございません。手違いもありまして」
「手違い? なんだ」
「あるお方が、自分も一緒に行くとおっしゃったので連れて参りました」

 イライジャが向けた視線の先を目で追う。しばらくすると雪の壁の影から女の人が現われた。

「……ビアンカ皇妃」


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