炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

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希望の光

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「この子がノアか。父親のクロムにそっくりだな」

  ノアは、雪の塊をオリバーにぶつけると、凍って動けない母親の前に立った。腕を広げ、震えながらも一生懸命に睨んでいる。

「おじさん、誰? なんで母さまにこんな酷いことをするの?」
「きみを、大切にしないからだよ」

 オリバーは目を細めると、姪孫てっそんと視線を合わせるためにしゃがんだ。ノアの顔に緊張が走る。

「ノア、初めまして。私は、陛下ときみの父親を救いたいと思っている男だ」
「陛下と父さまを?」

 オリバーはほほえみながら頷き、「そうだよ」と答えた。
 それでもノアは、警戒を解かない。

「……ノア、……逃げなさい」

 下半身と片腕がが凍って動けないビアンカが、声を絞り出すように言った。
 オリバーは立ちあがり、彼女を見た。

「ほお、まだ意識があるか。たいしたものだ」
「おじさん、母さまを助けて!」

「どうして?」と、ノアに向かって首をかしげた。
「ビアンカはきみを見ようとしない、悲しませる母親なのに?」
 
 彼の碧い瞳が涙の膜に覆われる。眉間にしわを寄せ、頬は、赤く染まった。オリバーは泣いてなにもできないだろうと思ったが、

「それでも母さまは、ぼくの母さまだ!」

 ノアの訴えを聞いたオリバーは「そうか」と答え、口角をあげた。

「かわいい姪孫のお願いだ。叶えてあげたいところだが、ビアンカを凍らせたのはこの私だよ。すまないが、助ける気はない」

 ノアは子どもらしく情けない顔になったが、すぐに口をきつく結んだ。覚悟を決めた目でオリバーを睨む。

 降り積もっている近くの雪を空中に浮かべると、目の前にいるオリバーに向けて勢いよく放った。しかし、当たる前に雪の塊は全部、弾け散った。

 オリバーに攻撃が通じないとわかったノアは、目を見開き固まった。

 二人のあいだで、朝陽に照らされた雪の結晶がきらきらと舞い、そして、儚く消えていく。

「ノア、またな。早く大きくなれ」
 
 オリバーは親子に背を向けた。ビアンカの後宮にある大きな『氷の泉』へと向かう。ノアはもう、攻撃してこなかった。


 凍った湖面にオリバーは立つと、まず泉に積もった雪をすべて排除した。そして、自分で作ったサファイア原石の魔鉱石を懐から取り出し右手に持った。
 左手にはさっきミーシャから奪ったブレスレットを握る。

「魔鉱石よ。私に力を与えてくれ」

 オリバーは、サファイア原石を持ったまま大きな氷柱つららを作り、勢いよく泉に突き刺した。青い閃光が自分を中心に放射線状に延びていく。
 
 泉の表面全体に雪の結晶樹枝六花じゅしろっかが浮かんだ。いくつものヒビが入り、ぱきぱきと割れる音が鳴りだし、やがて、泉を覆っていた厚い氷が崩れはじめた。

 オリバーはさらに氷柱を深く泉に突き刺し、魔力を注いだ。力を使うほどに身体の内側が凍てついていく。左手にある魔鉱石をきつく握った。

 ――やはり、無理か……。
 奪って持ってきた魔鉱石は気休め程度。このままでは泉を溶かしきる前に、身体が凍ってしまう。

 前回は、死ぬ前にリアムの力で凍ったことで冷凍睡眠できたが、今回はその前に凍化病で死にそうだった。
 
 ――今回もダメか。そう思ったときだった。

「泉の氷を溶かしてどうするつもりなの?」

 氷柱を突き刺した態勢のまま顔を横に向けると、ノアが、透き通った碧い瞳でオリバーを見ていた。
 足場が悪いのに、その後ろには青い唇でがたがたと震えるビアンカもいた。

「自分で氷を溶かして、母親を助けたか……」

 ふっと笑いかけると、ノアは母親を庇うように腕を広げだ。

「母さまを助けるのはあたりまえだろ」
「どうしてあたりまえなんだ?」

 小さな皇子は一度目を泳がせてから口を開いた。

「本当は、好きって言ってもらいたいよ。でも、母さまがどう思っているかより、ぼくが母さまを好きで、どうしたいかが大事。ぼくは、好きになってもらえるように、がんばればいい」

 強くはっきりとした声だった。
 オリバーは、目の前にいる小さな氷の皇子を頼もしく感じ、そして、哀れでいとしいと思った。

「子どもは、無条件に愛されるべきだ。なのに、……ごめんな」

 ――目的のためなら、たとえ目の前にいる幼い子どもでも俺は利用する。

「おじさんの目的はなに?」
「教えたら、叔父さんを手伝ってくれるか?」
「母さまをもういじめないと約束するなら、手伝ってやってもいいよ」

 ノアはふんっと、怒りながら言った。
 
 年の割には聡い子だと思ったが、事の重大さがまだわかっていない。ちゃんと子どもらしい一面もあると、オリバーは思わずほほえんだ。

「わかった。約束する」

 オリバーは、氷柱から手を離し、ノアに向き直った。彼の瞳を見ながら口を開いた。

「叔父さんの目的は、泉を壊すこと。この冷たい氷の奥深くに、私の大切な人が眠っているんだ」
「大切な人?」

 オリバーは、ゆっくりと頷いた。


 ……――ルシア。
 二十年待たせたな。私の希望の光よ今、 

 会いに行く。


 目を閉じると瞼の裏に、彼女の眩しい笑顔が色鮮やかに浮かんだ。
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