69 / 100
希望の光
しおりを挟む「この子がノアか。父親のクロムにそっくりだな」
ノアは、雪の塊をオリバーにぶつけると、凍って動けない母親の前に立った。腕を広げ、震えながらも一生懸命に睨んでいる。
「おじさん、誰? なんで母さまにこんな酷いことをするの?」
「きみを、大切にしないからだよ」
オリバーは目を細めると、姪孫と視線を合わせるためにしゃがんだ。ノアの顔に緊張が走る。
「ノア、初めまして。私は、陛下ときみの父親を救いたいと思っている男だ」
「陛下と父さまを?」
オリバーはほほえみながら頷き、「そうだよ」と答えた。
それでもノアは、警戒を解かない。
「……ノア、……逃げなさい」
下半身と片腕がが凍って動けないビアンカが、声を絞り出すように言った。
オリバーは立ちあがり、彼女を見た。
「ほお、まだ意識があるか。たいしたものだ」
「おじさん、母さまを助けて!」
「どうして?」と、ノアに向かって首をかしげた。
「ビアンカはきみを見ようとしない、悲しませる母親なのに?」
彼の碧い瞳が涙の膜に覆われる。眉間にしわを寄せ、頬は、赤く染まった。オリバーは泣いてなにもできないだろうと思ったが、
「それでも母さまは、ぼくの母さまだ!」
ノアの訴えを聞いたオリバーは「そうか」と答え、口角をあげた。
「かわいい姪孫のお願いだ。叶えてあげたいところだが、ビアンカを凍らせたのはこの私だよ。すまないが、助ける気はない」
ノアは子どもらしく情けない顔になったが、すぐに口をきつく結んだ。覚悟を決めた目でオリバーを睨む。
降り積もっている近くの雪を空中に浮かべると、目の前にいるオリバーに向けて勢いよく放った。しかし、当たる前に雪の塊は全部、弾け散った。
オリバーに攻撃が通じないとわかったノアは、目を見開き固まった。
二人のあいだで、朝陽に照らされた雪の結晶がきらきらと舞い、そして、儚く消えていく。
「ノア、またな。早く大きくなれ」
オリバーは親子に背を向けた。ビアンカの後宮にある大きな『氷の泉』へと向かう。ノアはもう、攻撃してこなかった。
凍った湖面にオリバーは立つと、まず泉に積もった雪をすべて排除した。そして、自分で作ったサファイア原石の魔鉱石を懐から取り出し右手に持った。
左手にはさっきミーシャから奪ったブレスレットを握る。
「魔鉱石よ。私に力を与えてくれ」
オリバーは、サファイア原石を持ったまま大きな氷柱を作り、勢いよく泉に突き刺した。青い閃光が自分を中心に放射線状に延びていく。
泉の表面全体に雪の結晶樹枝六花が浮かんだ。いくつものヒビが入り、ぱきぱきと割れる音が鳴りだし、やがて、泉を覆っていた厚い氷が崩れはじめた。
オリバーはさらに氷柱を深く泉に突き刺し、魔力を注いだ。力を使うほどに身体の内側が凍てついていく。左手にある魔鉱石をきつく握った。
――やはり、無理か……。
奪って持ってきた魔鉱石は気休め程度。このままでは泉を溶かしきる前に、身体が凍ってしまう。
前回は、死ぬ前にリアムの力で凍ったことで冷凍睡眠できたが、今回はその前に凍化病で死にそうだった。
――今回もダメか。そう思ったときだった。
「泉の氷を溶かしてどうするつもりなの?」
氷柱を突き刺した態勢のまま顔を横に向けると、ノアが、透き通った碧い瞳でオリバーを見ていた。
足場が悪いのに、その後ろには青い唇でがたがたと震えるビアンカもいた。
「自分で氷を溶かして、母親を助けたか……」
ふっと笑いかけると、ノアは母親を庇うように腕を広げだ。
「母さまを助けるのはあたりまえだろ」
「どうしてあたりまえなんだ?」
小さな皇子は一度目を泳がせてから口を開いた。
「本当は、好きって言ってもらいたいよ。でも、母さまがどう思っているかより、ぼくが母さまを好きで、どうしたいかが大事。ぼくは、好きになってもらえるように、がんばればいい」
強くはっきりとした声だった。
オリバーは、目の前にいる小さな氷の皇子を頼もしく感じ、そして、哀れでいとしいと思った。
「子どもは、無条件に愛されるべきだ。なのに、……ごめんな」
――目的のためなら、たとえ目の前にいる幼い子どもでも俺は利用する。
「おじさんの目的はなに?」
「教えたら、叔父さんを手伝ってくれるか?」
「母さまをもういじめないと約束するなら、手伝ってやってもいいよ」
ノアはふんっと、怒りながら言った。
年の割には聡い子だと思ったが、事の重大さがまだわかっていない。ちゃんと子どもらしい一面もあると、オリバーは思わずほほえんだ。
「わかった。約束する」
オリバーは、氷柱から手を離し、ノアに向き直った。彼の瞳を見ながら口を開いた。
「叔父さんの目的は、泉を壊すこと。この冷たい氷の奥深くに、私の大切な人が眠っているんだ」
「大切な人?」
オリバーは、ゆっくりと頷いた。
……――ルシア。
二十年待たせたな。私の希望の光よ今、
会いに行く。
目を閉じると瞼の裏に、彼女の眩しい笑顔が色鮮やかに浮かんだ。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定


【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました
21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。
理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。
(……ええ、そうでしょうね。私もそう思います)
王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。
当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。
「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」
貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。
だけど――
「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」
突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!?
彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。
そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。
「……あの、何かご用でしょうか?」
「決まっている。お前を迎えに来た」
――え? どういうこと?
「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」
「……?」
「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」
(いや、意味がわかりません!!)
婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、
なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください
今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。
しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。
ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。
しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。
最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。
一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる