炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

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朱く燃える太陽の輝き

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 *オリバー*

 暗闇の中をときどき粉雪が舞う。
 碧く光る流氷の結界を辿るようにして、オリバーは、足元に朱い血痕をぽたぽたと残しながら、来た道を戻っていた。

「なんとか、うまく、リアムを宮殿から引き離せたが、これはまずいな……」

 リアムに蹴られた横腹がずきずきと痛い。切りつけられた胸の傷は深く、布で何度も止血し直しているが止まらない。肩で息をしていたオリバーは立ち止まると、自分の胸に手をあてた。

「凍化を早めるが、しかたない」

 応急処置として、これ以上傷口から血が流れ出ないように、オリバーは胸の一部を凍らせて蓋をした。

 ――リアムは大丈夫だろうか。

 時間を稼ぐために氷の宮殿の外へ連れ出せたのは良かったが、危うく、殺されるところだった。

「魔女がいるから大丈夫と思うが」

 ミーシャ、だったか。髪は朱鷺色だったが、さっきはガーネットのように燃える朱い髪をしていた。まるで、クレアと対面したときのような緊張感があった。

 彼女はおそらく、

「クレアの、生まれ変わりだろうな……」

「オリバーさま――!」

 独り言を呟き、痛みを逃していると遠く前方から、自分を呼ぶ声がしてオリバーは目を懲らした。

 馬車から身を乗り出して手を振る女性の姿が見て取れた。オリバーの前で止まると、勢いよくドアが開いた。

「早く、乗ってください」
「……すまない。助かったよ、ビアンカ」
 
 ビアンカ・クロフォードはぼろぼろの自分の姿を見て、息を呑んだ。青白い顔ですぐに身体を支えて、馬車に入る補助をする。
 オリバーは座椅子に身体を預けると、急に意識がもうろうとしてきた。

「大丈夫ですか?」
「少し、眠る」

 身体の力が抜けていくのを感じながら、オリバーは意識を手放した。

 *

 ビアンカの後宮に馬車は停まると、オリバーは起こされ、鉛のように重い足を動かして外へ出た。

「オリバーさま。魔鉱石は手に入りましたか?」
「クレア魔鉱石は手に入らなかった。が、代わりに未完成の魔鉱石なら手に入れた」
 
 オリバーは懐から、ミーシャのブレスレットを取り出した。

「彼女が身につけていた物ですね。魔鉱石だったなんて……」
「この程度では、氷を溶かすのは無理だが、わずかながら私の凍化を送らせることはできそうだ」
「早く、あいつらから魔鉱石を奪いましょう」

 険しい顔をするビアンカを見て、オリバーは苦笑いを浮かべた。

「ずいぶん、空が明るくなったな」
「ええ。間もなく陽が昇るかと」
「太陽の復活だな」

 朝陽が、金色の光の筋を空に伸ばす。オリバーは目を細めながらしばらく明けていく空を眺めた。

「……ビアンカ。何事もなければ、今夜にはカルディア兵がここへ来る」
「はい。存じております」

 オリバーは彼女を見て言った。

「おまえの役目はここまでだ。国へ帰りなさい」
「……え?」

 ビアンカは目を見開き、信じられないと言いたげな顔で、首を横に振った。

「……なぜですか?」
「それがきみのためだからに決まっているだろう」
 
 ビアンカは口をわななかせた。オリバーの腕を強く掴み、すがるように見あげた。

「オリバーさまと私で、この国を乗っ取るのではないんですか?」

 ヒステリーな声で彼女は続けた。

「あなたが皇帝となったあかつきには、私を正妃にしてくださると、そう約束してくれましたよね? 将来はノアが次期皇帝でもかまいません。私は国に帰らない。いえ、帰れない! リアムを廃し、オリバーさまと共に新しい国をここで築き……」

「幸せな奴だな、ビアンカ。そんな夢物語を、今も信じているのか?」

 オリバーはこらえきれず、くくっと声に出して笑った。そして、流氷よりも冷めたい眼差しを、ビアンカに向けた。

 雪をまとった風が、二人のあいだを抜ける。ビアンカは明らかに動揺し、目を泳がせ、息を乱した。

「……私は、オリバーさまを慕っています。十六のころからずっと、ずっと、好きでした!」
「知っているよ。ありがとう」

 オリバーは彼女の告白を聞いてもなにも、心に響かなかった。ただ、哀れな女を見つめる。

「オリバーさまが望むからと、私は、凍化病で先がないクロムさまの子を、クロフォード家の世継ぎを産んだんですよ? 好きでもない男の子どもを私に作らせておいて、役目は終わりだ。帰れと言うのですか?」

「ああ、そうだったね。俺がきみに、クロムとの間に子を成せと言ったんだった」

 オリバーはビアンカに手を伸ばすと、彼女を抱きしめた。

「ありがとう。かわいい妹よ。すごく、……滑稽だ。あの言葉を、本気で鵜呑みにするなんて思わなかったが、おかげで楽しいときを過ごせたよ」

 ビアンカが腕の中で、「え?」と声をもらしたが、オリバーは気にせずそのまま魔力を使い、彼女を足元から凍らせていく。

「オリバーさま……?」

 ビアンカの顔が絶望に染まる。それを見てもオリバーの胸は痛まなかった。抵抗しようとしたため強く抱きしめ、そっと、囁く。

「凍った俺を見つけ、この宮殿に囲って欲しいと俺は言ったか? 冷凍睡眠から俺を目覚めさせてくれと、俺はおまえに頼んだか?」

 青白い顔でビアンカが震えだす。金魚が餌をねだるように口をぱくぱくとさせている。

「わが甥、クロムはおまえにやさしかっただろう? そのまま俺のことなど忘れ、幸せになる道もあったというのに。ビアンカ、おまえは過去に囚われた、愚かな女だ」

 言いながら、自分も過去に囚われた愚かな男だなと思った。

 足が凍り、抵抗できなくなると、ビアンカを抱くのをやめた。

「そこで固まっていろ。すべてが無事終わったら出してやる。……それまで、生きていられたらだが」

 目の光を失ったビアンカから顔を背けようとしたときだった。背中に雪の塊を思いっきりぶつけられた。

「母さまを、いじめるな!」
 
 振り返るとそこに、碧い瞳をした少年、ノアがいた。
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