炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

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魔女の抵抗

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 *ミーシャ*
 
 ミーシャは、リアムがジーンの元へ向かったあと、言われたように動きやすい服に着替えた。

 荷物は最低限にして、暖炉の前で待っていた。膝の上で手をぎゅっと握って、不安を誤魔化す。

 ――目立つけど、しかたない。炎の鳥はできるだけ連れて行こう。
 
 朱く燃える炎の鳥がいることで、自分の居場所を相手に知らせてしまう恐れがあった。しかし、炎の鳥がいなければ魔力を使えない。ミーシャは魔女ではなく、ただの小娘になってしまう。

 暖炉の火から、炎の鳥を数羽呼ぶ。天井付近を旋回したあとミーシャの前に降り立った。

 雪まじりの強い風が窓ガラスをがたがたと揺らす。その音に驚いて、肩を跳ねあげた。

 じっとしているのに、ミーシャの心拍があがっていく。炎の鳥すべてが、バルコニーの方を向いていた。

「警戒している……」

 また強い風が吹き、バルコニーに出るためのドアが勝手に勢いよく開いた。
 雪が風と一緒に部屋の中へ吹きこむ。燭台の照明の火が消え、部屋は暗闇に染まった。

 炎の鳥を飛ばして、燭台に明かりを灯す。
 外に出るなと言われたが、このままでは部屋が寒くなる一方で、しかたなくバルコニーに近づいた。
 警戒しながらドアノブを掴もうとしたら、暗いバルコニーの真ん中に男の影が見えて、ミーシャはさっき以上に肩を跳ねあげた。

「こんばんは、はじめまして。若き魔女」

 ミーシャは炎の鳥を手に留まらせて、松明の代わりにすると、男の顔を見た。近づいてくる人物に見覚えがあって、息を呑んだ。

「オリバー大公殿下……」

 リアムと一緒の銀髪に碧い瞳の彼は、ほほえんでいた。目尻のしわは記憶より深いが間違いない。
 
 オリバー・クロフォード本人だ。

「おや、私が誰かわかるのか?」

 クレアの記憶があるからわかったとは言えない。ミーシャは内心焦ったが、平静を装った。

「碧い瞳は王族の印。遺体がなく、今も行方不明の中年男性といえば、あなたさましかいません」
「なるほど。では、あらためてあいさつを……、」
「けっこうです」

 ミーシャはオリバーを睨んだ。

「私、あなたに怒っているので」
「今日が初対面と思うが、令嬢になにか失礼なことをしたかな?」
「こんな夜分に、バルコニーから来るのは失礼と思います」
「ああ。そうだね。まあ許せ」

 悪びれるようすもなく彼が近づいてくる。その分ミーシャはさがった。

「どうして、リアムを苦しめるんですか?」
「苦しめる? なんのことだ」

 オリバーは目を細めると続けた。

「令嬢のほうが、リアムを苦しめる。恐ろしいは、の妃にふさわしくない」

 オリバーの言葉にいちいち傷つきたくない。ミーシャはぐっと奥歯を噛みしめた。

「グレシャー帝国は、どこもかしこもリアムの婚約者の話で持ちきりだった。陛下にふさわしくない。恐ろしい魔女。陛下をどうやってたぶらかしたんだ。私は魔女の皇妃に反対だと散々だ」

 オリバーは愉しそうに笑った。そして、なにかを思いだしたらしく、ミーシャを見た。

「魔女を倒す英雄の本。あれも私が広めた」
 
 赤い髪の女性が睨んでいる絵本の表紙を思い出し、胸に痛みが走った。
 
「あの本は本当に人気が出た。みんな悪い奴が倒される物語が好きだからな。グレシャー帝国だけじゃなく、フルラ国でもこれから人気が出るだろう」
「……どうして、そこまでするんですか?」

 怒りで声が震えた。一方のオリバーは涼しい顔のまま平然と言った。

「魔女が嫌いだからだ」

 びゅっと強い風がミーシャの髪をなびかせる。小さな炎の鳥では吹き飛んで消えそうな風だった。

「私が嫌いだと、わざわざ言いに尋ねてこられたんですか?」
「いや、違う」
「要件はなんでしょうか」
「魔女は嫌いだが、クレアが発明したクレア魔鉱石はすばらしかった。それをもらいに来た」

 怒りがこみあげてきて、ミーシャはオリバーをきつく睨んだ。

「……ありません」
「そんなはずはない。リアムから受け取っているだろう。よこせ」
「本当に持っていません」

 オリバーは「そうか」と、一度思案顔をすると、再びミーシャを見てほほえんだ。

「わかった。それならばきみを人質にして、リアムから魔鉱石をもらおう。一緒にきてくれ」
「お断りします!」

 ミーシャは、いっせいに炎の鳥を解き放った。
 だがオリバーは、迫り来る炎を前にしても余裕顔だ。

「こんな小さな炎に用はない」

 次の瞬間、炎の鳥はオリバーに触れることなく、ふっと煙になって消えた。

「なるほど。本当に魔力のない魔女のようだな」

 ミーシャは次々に炎の鳥を呼び、攻撃をしかけたが、彼にとっては火の粉を払うようなものだった。なんのダメージも与えることができない。

 炎の鳥を全部使い切ると、オリバーはゆっくりと近づいてきた。
 底冷えするような仄暗い碧の瞳に、ミーシャの背中は粟立った。

「……来ないで!」

 足元の雪を手で掬うと、オリバーに向けてぶつけた。無駄な抵抗とわかっている。だけどそれでも、リアムが戻って来るまで時間を稼ぐしかない。

 ――捕まるわけにはいかない!
 
 ミーシャは部屋の中へ逃げこんだ。
 照明の火はまたいくつか消えてしまっていて、暗くてどこになにがあるかわからない。家具につまずきながら暖炉に向かう。床に転げながらも炎の鳥を呼ぼうと手を伸ばした刹那、先にオリバーが暖炉の火をたくさんの雪で消してしまった。

「痛ッ!」

 頭に激痛が走った。
 追いついたオリバーが、腰まで伸びたミーシャの髪を粗雑に掴み、後ろに引っ張ったからだ。
 さらに髪を引っ張られ頭皮に痛みが走る。
 
 ――逃げなくちゃ! 
 
 ミーシャは最後の魔力を使い、両手にそれぞれ火を作った。
 振りかえると、オリバーの顔に向かって火をたたきつけた。一瞬怯んだ隙を突いて、掴まれている自分の髪の一部を焼き切ると、オリバーから逃れ、距離を取った。

「トカゲのしっぽ切りみたいな逃げかただな」

 ――なんとでも言えばいい。
 ミーシャは息を整えながら、周りになにか武器になるものはないかと探した。

「しかたがない。少し荒くなるが、氷で拘束させてもらう」

 オリバーが手に魔力を集中させている。氷を生成してミーシャに向けて放とうとしたそのとき、部屋のドアが蹴破られた。

「ミーシャ!」

 すごい勢いで飛び込んできたのは、リアムだった。
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