58 / 100
魔女が幸せになる物語⑵
しおりを挟む「私は師匠失格です。とても、弟子の前には出られない。彼の病が完治すれば、国に帰ろうと最初から決めていました」
「国に帰るつもりだというお考えは、陛下は、ご存じですの?」
「もちろん。そういう契約、条件で私はこの国に参りましたので」
ナタリーは押し黙ってしばらく考え込んだあと、顔をあげた。
「ミーシャさまは、師匠の立場とリアムさまの幸せ、どちらが大事ですか?」
今度はミーシャが黙った。
「リアムさまのことを、どう思っていらっしゃるのですか? 今も、かわいい弟子ですか?」
首を横に振る。
「陛下は人柄もとても立派になられました。弟子だとは思っていません。誰よりも尊敬している、大切な人です」
そう答えると、ナタリーは表情を和らげた。
「よかった。弟子だと思っていらっしゃるのなら、私、あなたさまの正体を陛下にお伝えするところでしたわ。……ミーシャさまも陛下がお好きなのですね」
『陛下が好き』に反応して、勝手に顔が熱くなった。それを見たナタリーはくすっと笑い、そして、悲しそうにほほえんだ。
「わたくし以前、陛下の心を占める人はクレアさまだけと申しました。けれど、どうやら違ったようです。いえ、変わったんだと思います。陛下は、ミーシャさまを求めています。正妃にならないと申さず、どうか、求めに答えて受け止めて差しあげてくださいませ」
ミーシャは彼女から視線を逸らし、自分の手を見つめた。
「この手は、血に染まっています。私はずっと、クレアの存在を消して欲しいと願っていました。忘れさせ、他に目を向けさせることが彼の幸せに繋がると、疑いもしなかった」
師匠として迎えた最後の瞬間、血塗られた手で、彼に触れてはいけない。穢してはならないと思った。
手を固く握ると、ライリーがそっと、手を重ねた。
「ミーシャさま。それは違います。この手は、人を想い、がんばる手です。血に染まってなどいません。あるのは、希望です。陛下を幸せにして差しあげられる人は、ミーシャさましかいませんよ」
「ライリー……」
――呪いではなく、祝福を。
フルラを発つとき、エレノアにかけられた言葉が浮かんだ。
「本当に、いいのかしら。私が、この手で、リアムを幸せにしても……」
「いいに決まってます。幸せにして、そしてミーシャさまはこの国、いえ、世界一、幸せにしてもらってください。自分の幸せを望んでください」
視界が、こみあげてきた涙で歪む。
ライリーを引き寄せえ抱きしめると、彼女にありがとうと伝えた。
「わたくし、実は先ほど、陛下にきっぱりと振られましたの」
ミーシャは驚いてライリーから離れるとナタリーを見た。
目が合った彼女はにこりとほほえんだ。
「俺がこの手で幸せにしたいと思うのミーシャだけ、だそうですよ。物語ではよく魔女は悪役で、虐げられて終わりますが、幸せになる物語があったっていいじゃありませんか」
ナタリーは、ライリーの手に自分の手を重ねた。
「どうか、ミーシャさまは陛下と、幸せな物語を綴ってくださいませ」
ナタリーの言葉が、涙を押し出す。心が震え、ミーシャは胸が熱くなるのを感じた。
「ナタリーさま、ありがとう。私、この国にきて、あなたと友だちになれて本当に良かった」
「わたくしもです」
ミーシャはナタリーのことも抱きしめた。
涙を拭い、目を閉じる。
幼少期のかわいいリアムの顔が浮かび、そして、大人になった今のリアムのほほえむ顔が脳裏に裏に浮かんだ。
呼吸を整えると、ミーシャはゆっくり目を開け、二人を見た。
「二人ともありがとう。おかげで覚悟ができました。私、リアムにすべてを打ち明けます」
リアムは魔鉱石を諦めろと言っていた。自分に使うつもりはないと。
だけどやっぱり、他に方法はない。
自分に自信が持てず、彼を説得するのは無理だと実行に移す前から諦めていた。自分の罪の意識ばかりに捕らわれ、ちゃんと、彼の気持ちを推し量れていなかった。
――そんなことでどうする。どうやって彼を救うというの。
「リアムを救い、共に生きる道を、探します」
もう二度と、彼を悲しませたくない。なにがあろうとリアムを救って見せる。一緒に、幸せをつかみ取りたい。
ミーシャは、内側から湧き上がる勇気と魔力を感じながら、前を向いた。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました
21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。
理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。
(……ええ、そうでしょうね。私もそう思います)
王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。
当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。
「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」
貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。
だけど――
「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」
突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!?
彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。
そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。
「……あの、何かご用でしょうか?」
「決まっている。お前を迎えに来た」
――え? どういうこと?
「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」
「……?」
「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」
(いや、意味がわかりません!!)
婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、
なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。

婚約者様。現在社交界で広まっている噂について、大事なお話があります
柚木ゆず
恋愛
婚約者様へ。
昨夜参加したリーベニア侯爵家主催の夜会で、私に関するとある噂が広まりつつあると知りました。
そちらについて、とても大事なお話がありますので――。これから伺いますね?

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる