炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

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青い灯火⑴

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 サファイアの原石は、ウズラの卵ほどの大きさだった。まだ加工されていないため色も濁り、ごつごつといびつな形をしている。リアムは手に取り握りしめた。

「少しだが、オリバーの魔力を感じる」

 青い色の偽物魔鉱石はすべて、クレアがその命と引き換えに燃やしたはずだった。
 脳裏に、クレアの最後の瞬間が浮かぶ。

 リアムは、心の奥底にある真っ暗な闇の中で、青白い炎が灯るのを感じた。

「……つまり、オリバー大公殿下が魔鉱石を作ろうとした。と言うことですか、陛下?」

 不安そうに見つめるジーンに頷きだけを返すと、試しに魔力をこめてみる。

「え。陛下、使うつもりですか? やめてください!」
「大丈夫だ。……たぶん」
「たぶんって!」

 白い顔でジーンが叫ぶ。しかたなく、魔鉱石を手から離して布で包んだ。

「この魔鉱石の中身は空だ。だから、魔力を入れてみようとしたが反応がない。これはきっと、偽物《レプリカ》にもなれなかった、未完成品」

 ミーシャが持つブレスレットのような、未完成の魔鉱石だ。

 数年前に戦争利用された青色の魔鉱石には、彼の魔力がこめられていた。魔力を持たない人が扱える品物ではなく、結果、使用した兵士は理性を失い、自身の寿命を縮める羽目になった。

「陛下はその原石に、オリバー大公殿下の魔力を感じられたのですよね? 添えられていた手紙にも魔鉱石だと……」

 夫人は不安そうにリアムを見つめた。

「新しく作られようとしていた魔鉱石なのは確かだ。やはり、オリバーは死んでいない」
「そして、なにを企んでいるのかが、さっぱりわからないですね」

 ジーンは眉根を寄せた。

「狙いはわからないが、あいつが、再びフルラを攻める線は薄いだろうな。奴になんのメリットもないだろうから」
「その線も完全になくはないですけど、隣国に逃げたとなれば可能性が一番高いのは、我が国へ反旗を翻す線ですね。しかし、どうしてこのタイミングなんでしょうね」

 その場に重い沈黙が流れる。

「大公殿下は、なんて恐ろしい物を……これを送ってきた意味はなんなのでしょう」
「どうしてこれを送ってきたのかはわからないが、夫人。心配はいらない。俺がなんとかします」

 息子のジーンのように白い顔で夫人は怯えていた。リアムは彼女を安心させてあげようとほほえみかけた。

「陛下、なんとかするって、どうやってです? 流氷の結界は本来、索敵が目的ではないんですよね」

 ジーンの質問にリアムは頷いた。

「悪意を持って攻め入られたときに初めて発動する、守りの結界だ。流氷の結界以外の方法を使ってでも、あいつはこの俺が止める」

 リアムは布で包まれているサファイアの原石を、ぎゅっと握った。

 ずっと消息不明だった男はつい最近生きているとわかった。しかも自由に動き回り、なにかを企てている。

 ――生きて、好きかってしている。師匠は死んでしまったというのに。

 心臓が、どくどくと激しく拍動して痛い。リアムは胸を握るように押さえた。
 怒りで、目の前が赤かった。内に灯った青い炎は飛び火し、またたく間に燃え広がっていく。煽るようにそそがれている燃料は、憎しみと哀しみだ。

 どうしても、オリバーのことが許せなかった。

『……力は抑えようとせずに、外へ。自分のためではなく、人のために使うといいですよ』

 ――師匠、わかっている。この力は自分のためではなく、大事な人たちのために使う。オリバーはこの手で必ず、息の根を止める。たとえ、差し違えても。

「陛下……大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」

 深く呼吸することで、感情を抑えこんだ。すっと姿勢を正す。

「大丈夫。夫人、そろそろ俺たちは宮殿に戻ります」

 アルベルト夫人に伝えると、席を立った。

「せっかくなのでゆっくりなさってください。お茶を用意したので飲んでからでも……」
 
 侍女たちが、机の上でティーカップをセットしているが、リアムは丁重に断った。

「エルビィス先生の顔を見られたので安心しました。今後の準備も必要なので、失礼します」

 リアムはエルビィスに「また来ます」と声をかけると部屋を出た。長い廊下をジーンが少し先を歩きながら進む。

「陛下、急ぎましょう」
「わかってる」

 話ながら、正面玄関へと続く階段を下りようとしたときだった。

「うわああっーー! 嘘です、陛下! すとおっぷぅ、回れ右!」

 ジーンが間抜けな声で雄叫びをあげた。

「おまえ、誰に向かって命令を……」
「ごきげん麗しゅうございます。我が偉大なる皇帝陛下。いえ、……リアムさま」
 
 リアムはジーンではなく階下を見た。そこにはカーテシーをしているナタリーがいた。

「ナタリー、顔をあげろ」
「ありがとうございます。父への見舞い、大変光栄でございます」
「大事な恩師だ。見舞うのは当然だろう。日々の看病も大変と思うが、無理はしないように」

 ほほえむナタリーの横をすり抜け、出口へ向かおうとしたが彼女は進路を塞いだ。
 艶やかで手入れのいき届いた長い髪が揺れ、遅れるようにふわりと、甘い香りがした。
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