炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

文字の大きさ
上 下
45 / 100

クレアの生まれ変わり

しおりを挟む

「消えちゃいましたね」
「精霊獣は気まぐれだ。ミーシャがこの地にいる限りまた、遊びにくる」

 リアムは白狼の頭を撫でると、ミーシャに背を向けた。ざくざくと、雪を踏みしめる音が耳に届く。

「陛下、ミーシャさまに気づいてもらえなくて残念でしたね」
「……別に」
「またまた~。ミーシャさまを蕩けるようなお顔で見つめていらっしゃいましたよ」

 ぴたりと足を止め、全身に冷気を纏いながらジーンを見下ろした。

「我が国で優秀と噂の宰相殿。その口、今すぐ凍らせてもいいか?」

 彼は顔を青ざめると、自分の口を両手で覆った。

 長い付き合いだ。ジーンが友人として案じてくれていることは、わかっている。
 大事な人を守ると決めてはいる。だが、リアムに残されている時間はごくわずか。特別な相手を作るわけにはいかなかった。

「じゃあ、なんで見つめていたんですか?」

 リアムは、手で口元を守りながら訊いてくる彼に、一呼吸置いてから答えた。

「あの美しい髪に、もっと触れてみたいと思っただけだ」

 この国では『朱鷺とき』は幻の鳥だ。空を飛ぶとき翼の一部が太陽に照らされると桃色に輝くという。
 朱鷺色の彼女の髪は宝石のようにきらめいてきれいで、柔らかそうだった。もう一度、触れて確かめてみたいと自然に思った。

「……ふむ。なるほど。一緒の寝台を使うことで陛下もやっと、色恋に興味を持たれたんですね」
「ふむ、なるほどじゃない。一緒に寝るのは治療と彼女を守るためだ」
「はいはい。そういうことにしておきますか。で、いつも触っているのにもっと触りたいと?……陛下、やばい人ですねー」
「いつも触っているわけじゃない」

 いいわけみたいな言葉を返すと、ジーンはにこりと笑った。

「令嬢が特別なら、けっこうですよ」

 さっきまで顔を青くしていたが今は朗らかに笑っている。いい根性をしていると、リアムは呆れた。

「ミーシャさまはクレアさまによく似ておりますが、髪色が違うせいか、ずいぶんと印象が違いますね」

 リアムは「そうだな」と頷いた。

「師匠は冷静で、落ち着いていたが、彼女は……積極的で、表情が豊かだ」
「クレアさまが落ち着いて見えたのは、陛下が子どもだったからでは? ミーシャさまは十六歳……にしては、達観しているところも見受けられます」 

 外に繋がる城壁の大きな門扉に着くと、リアムは一度振り返った。
 ここからではバルコニーは遠く、よく見えない。それでも、ミーシャの姿を探す。

「令嬢は『太陽に触れても平気』らしい」
「太陽?」
「クレア師匠の口癖だ。ミーシャは『我が家ではよく使う言い回し』と言っていたが、母親のエレノア女公爵からは、一度も聞いたことがない」

 ふとしたときに、言動や考え方に師匠と似たものを感じる。気にしすぎだと思っていたが、どうしてもこの考えが頭を過ぎる。

「ミーシャは、クレアの生まれ変わり。とか」

 強い風が吹き、さらさらの雪を巻き上げる。リアムの横で大人しく座っていた白狼は、風に反応したのか上を向いている。
 ジーンは、うーんと唸ってから口を開いた。

「生まれ変わりは、陛下の願望では? リアム皇子の初恋は、クレアさまでしたものねー」
「……茶化すな」

 リアムはじろりと睨んだ。

 ――たしかにあれは、初めての恋だった。

  リアムはクレアのことを師として尊敬していた。子どもだったが、彼女と対面したときの印象は、いつまでも忘れられない。

「クレアさまはエレノア女公爵さまと従姉妹ですよね。ミーシャさまとは最従姉妹になります。似ている部分と似ていない部分があっても、普通じゃないですか?」

「そういうものか」
 ジーンは「そういうものです」と言ってから続けた。

「残念ながら、私と陛下のクレアさまの記憶は、十六年前のままで止まっているでしょう?……彼女に師匠の面影を追うのは少々酷かと」

 ジーンは壁に向きを変えると手を上げて合図した。頷きを返した衛兵が黙って門扉を開けはじめる。鉄がこすれる甲高い音があたりに響く。

「陛下は今のままどうぞ、ミーシャさま自身を見て差しあげてください」

 ドアが開くとまず白狼が門を潜った。次にリアム、最後にジーンが分厚い城壁を抜けた。

 ――ミーシャ自身、か。

 ジーンの言うとおり、彼女はクレア師匠に似ているようでどこか違う。
 一緒にいるほどに、ミーシャのことをもっと知りたいと思った。時間が許す限り、色んな一面を見ていたいと。

 だが、胸の奥で沸き立つこの感情は、今の自分が抱いていい物ではない。彼女が師匠に似ているからこそ、なおさら認めるわけにはいかなかった。

 ――周りにこれ以上期待をさせないためにも、彼女とは少し距離を取るべきだな。

 問題は山積しているのに浮かれていたと、リアムは彼女への接し方に反省した。

「……悠長にしゃべりすぎた。この国を守るためにも、不安要素はすべて排除する」
「仰せのままに」

 リアムとジーン、そして白狼は、静かに降り積もる白い雪の中へ足を進めた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キラリの恋は晴れのち晴れ!

CPM
恋愛
世間知らずの超イケメン大学生の翼が強面ヤンキーに絡まれてるところを、たまたま通りかかった女子高生キラリが助ける。キラリは超口が悪く度胸も座っているが、IQの低さは尋常ではない。一応レディースの総長を務めてはいるが、このレディースもゆるゆるなメンバーの集まりに過ぎない。しかしこの女子、ひとたびケンカとなれば鬼神のごとき強さで恐れるものを知らない! そんな最恐女子に翼は家出をして帰る場所がないと言ってブッ飛んだ両親の居る家に居候を始める。 キラリは翼に恋心を抱いて、それは隠しようが無いほどバレバレなのだが、不器用ながらにそれを明かさずいた。 素直になろうとしない可愛くもおバカな女子と、ツンデレ男子の甘くじれったい恋の行方は?

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました

21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。 理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。 (……ええ、そうでしょうね。私もそう思います) 王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。 当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。 「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」 貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。 だけど―― 「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」 突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!? 彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。 そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。 「……あの、何かご用でしょうか?」 「決まっている。お前を迎えに来た」 ――え? どういうこと? 「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」 「……?」 「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」 (いや、意味がわかりません!!) 婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、 なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

悪役令嬢の逆襲

すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る! 前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。 素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!

処理中です...