炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

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いつか会えたなら

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 *リアム*

 リアムは朝の日課の鍛錬と白狼の散歩を終えると、執務室のドアを開けた。
 自分の机の上には書類の山が一晩で築かれていた。自然と重いため息が零れる。一番上にある用紙を手に取ってから椅子に座った。

「カルディア国、東の国境に増兵の兆し。その数、千。……微妙な数だな」

 威嚇や牽制にしては多く、我が国に攻め入るにしては少なすぎる。あとでイライジャに詳細を聞こうと、後まわしにする。
 次の案件を見ようと、目線よりも高く積み上げられている書類の山に手を伸ばす。

 ――法の改定案について。ジーン・アルベルト。

 思わず目頭を押さえた。これについても本人に確認してからだと保留にする。さらに数枚書類を手元に持ってくる。

 ――フルラ国への輸出入の増量許可書。国内で起こった犯罪者についての事案。火傷の古傷がある碧い瞳の男についての目撃情報……。

 書類に目を通していると、ドアをノックする音がした。部屋に入ってきたのはジーンだ。案件が書かれた用紙を書類の山に戻すと席を立った。

「ジーン、外へ出かける」
「出かけるって、これから? どこへ?」
「まずはカルディアだな。不穏な動きがあるんだろ。イライジャと一緒に見てくる」
「今から国境へ向かう? 何日かかると思っているんですか!」
「ならば、国境へは白狼を使わす。精霊獣なら半日かからずに往復できる」

 ジーンは渋い顔になった。

「白狼ちゃんから離れて、また体調悪くなっても知りませんからね……」
「……気をつける」

 リアムは部屋を出て行こうとした。

「え。陛下、カルディア以外にどこへ行くつもりですか? この書類の山はどうするのです?」
「帝都からは出ないですぐに戻る。帰ったらちゃんとやるよ」

 上着を脱ぐと、フードのついた厚手のコートを手に取り、羽織った。

「ジーン。おまえもついてこい」

 単独行動すると前回のようにまた怒られるため、ジーンを誘った。彼は真剣な顔で「昼過ぎまでには帰りますよ」と答え、出かける準備をはじめた。

 宮殿の外へ行くには雪降る庭を突っ切ると近道だ。足早に歩いていたリアムはふと、止まった。
 
 粉雪が舞う先、自室の二階のバルコニーに、侍女と笑い合っているミーシャの姿があった。
 彼女の手には、昨夜贈ったスノードームがある。振ったり空にかざしたりして、にこにこしている。

『陛下からの雪のプレゼント、とても嬉しいです』

 満面の笑顔で喜んでいるミーシャの姿が脳裏に浮かんだ。

『リアム。魔力をコントロールしたければ、自分を否定してはいけません。力は抑えようとせずに、外へ。自分のためではなく人のために使うといいですよ。そしたらきっと、あなたは……――』

 楽しそうにしている彼女を見て、クレア師匠の言葉を思い出した。

 王位も、結婚も、自身の幸せについても興味がない。
 今生きているのは、師匠の教えがあるからだ。なりたくなかった皇帝という立場と、もとから授かった魔力は人のために使う。

 リアムは流氷の結界を張って人々を守った結果、身体が内側から凍り滅んでも、かまわなかった。

 突然、頭上から羽音が聞こえてリアムは振り向き、仰ぎ見た。
 白い曇天の空を、赤く燃えながら飛んできたのは炎の鳥だ。手を高くかざすと、ふわりと留まった。

「どうした」

 話しかけるが、小さな炎の鳥は首をかしげるだけだった。
 ジーンはリアムの手の上で揺らめく、鳥の形をした炎を見つめながら言った。

「深紅色《ピンク色》の炎ですね。ミーシャさまの髪の色みたいです」

 もう一度、二階のバルコニーを見た。彼女はこちらに気づいていない。
 ジーンは「ミーシャさまにお声をかけますか?」と聞いた。

「いや、いい」

 フルラ国には毎年訪れていたが、病弱で引きこもりの令嬢、ミーシャには、一度も会うことが叶わなかった。
 彼女を守るために、公の場に連れ出さなかったエレノア女公爵の考えは理解できるが、ミーシャがクレア師匠に似ていることだけは、もっと前から教えて欲しかった。

 ――今度こそ、彼女を守る。

 炎の鳥がひときわ激しく輝きだした。
 白狼が、音もなく現われ、傍に来たからだった。しっぽを振りながら、手の上にいる精霊獣を鼻先で嗅いでいる。

 ジーンは驚いているが、リアムは冷静にようすを観察した。
 見つめていると、炎の鳥は両翼を広げた。手からふわりと羽ばたき、空へ舞い上がった。

 あの時のように、炎の鳥が空へと溶けていく。

 ――クレア師匠。俺は、あなたが望んだような大人になれなかった。ごめん。
 この命ある限り、ミーシャは守る。だからもし、いつか会えたなら、そのときは許してください。

 もう見えなくなった炎の鳥を求めるように、手を握りしめた。
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