38 / 100
魔女の呪い
しおりを挟む
彼を中心に刺すような冷たい風が吹き、ミーシャの頬をかすめていく。
「あいつは、師匠から魔鉱石の生成技術を盗み、不出来な魔鉱石を量産した。そして、フルラ国に攻め入ったがその事実は本人とクレアがいないことで、歴史の闇に消えた」
「陛下のお父上、当時の皇帝は、なにも?」
「父、ルイス陛下は子どもの俺がなにを言っても信じてくれなかった」
慕っていた叔父の裏ぎり、師匠との死別、そして、なにを話しても信じてくれない実父。幼いリアムはどれだけ傷ついただろう。彼の孤独を思うと、胸がぎゅっと締めつけられた。
「母、エレノアから聞いています。クレアは魔鉱石を燃やし、人の命を生かした。しかし、不出来な魔鉱石を与えられ、命を燃料に強靱になっていた兵士はその後、正気を取り戻した者は一人もいなかったと」
ミーシャは両手に留まっている炎の鳥を見つめた。
「『魔女の呪い』のせいだと言って、クレアは死後、ますます畏れられるようになった。元兵士は衰弱し、数年でこの世を去ってしまったそうですね……」
「魔女の呪いなどない」
強く言い切ると、リアムは立ちあがった。
「青い魔鉱石もクレアが作ったと思われ、全部、魔女が悪いとされた。それがなにより悔しかった」
フルラ国内でも、惨事の引き金となった魔鉱石を恐れ、恨む声がある。
エレノアは子どもを守るために事実を隠した。ミーシャ自身、魔力はほとんどなく、なにもできず、してあげることはなかった。
「気を失う直前、クレアの炎に包まれた叔父の姿を見た。赤い炎の中、オリバーは笑っていたんだ」
リアムはミーシャに背を向け、泉を見つめたまま続けた。
「あの日から十六年。消息不明で、ずっとその姿を見せなかった男がこの国に敵として現れた」
彼は手に氷の剣を作ると、いきなり泉に突き刺した。
「陛下?」
「逃げられたんだ。結界にわざと触れ、俺に姿を見せたあとにな」
ミーシャは目を見開いた。
「どうして、そんなことを……そもそも、本当に敵、なんですか?」
結界は敵と定めた相手を凍らせると聞いた。それでも、信じられなかった。
「俺を利用し、師匠を死に追いやった。あいつは、最初から俺の敵だ」
リアムの身体から強い魔力を含んだ青白い冷気が、次々と立ちのぼる。
憎しみに染まる彼の背が痛々しい。ミーシャは思わず泉の上に立った。彼に近づき、その背に触れる。
「陛下、結界の補強はもう十分でしょう。気持ちはわかりますが、今は魔力を抑えてください」
「この機を逃したくはない。このまま追跡をする」
「捕らえる前に、陛下が凍ってしまいます」
剣を強く握りしめている彼の手を、ミーシャはそっと包みこんだ。
――痛いくらいに冷たい。
オリバー大公がなぜリアムを裏切ったのかわからないし、ずっと気になっていた。しかし考えるのはあとだ。
ミーシャは彼の手をぐっと握り、魔力をこめた。
「危ないから離れろ!」
「いやです。私はオリバー大公より陛下が大事です!」
想いが届くように、声を張った。
「陛下は、民を守るためにこれまで尽くされてきた。違いますか? 結界を張ったのは他国に侵略されないように、争わないためにですよね? オリバー大公を追うのが目的じゃなかったはずです!」
「あいつの目的は、今も昔もわからない」
「わからないからこそ、今は体調を整え、守りを強化するべきです。だから、お願いです。力を抑えて!」
リアムは苦しそうに顔を歪めた。
「……また、奪われる。大切な人を失うのはもう、こりごりだ」
怒りというより恐怖がにじむ、声だった。
下から覗きこむと、リアムの碧い瞳は、寂しさに沈んでいた。
彼は、クレアの罪の犠牲者だ。
国の思惑や、オリバー大公の企てに気づけず、対処できなかった。守るべき幼い皇子に、一生の傷を負わせてしまった。後悔と自分の非力さに胸が痛い。
昔クレアは、リアムが力を暴走させたとき、抱きしめて彼をなだめた。あの頃のようにミーシャは、リアムをぎゅっと抱きしめた。
「あなたは氷の皇帝。もう、幼くて非力だった皇子じゃない。頼れる仲間もたくさんいる。大丈夫。だから、一人ですべて抱えこまないで」
過去を背負うのは自分だけでいい。リアムは哀しみに囚われないで前に進んで欲しい。
今度こそ、大事な彼を守りたい。身体も、心も救ってあげたかった。
手が震える。それを悟られないように、ミーシャは炎の鳥にも手伝ってもらい、なけなしの魔力を使い続けた。
「抱えこむな、か……」
思いが通じたのか、彼はふっと力なく笑うと、魔力を使うのをやめた。
「取り乱して、すまない」
リアムが剣から手を放したのを見て内心ほっとした。彼を抱きしめていた腕の力をゆるめ、そっと彼から離れる。
「過去に、オリバー大公殿下はフルラに奇襲をかけました。今回も警戒して、対策は立てたほうがいいでしょう。どうするか、みんなで考えましょう」
「ああ、そうだな。きみの言うとおりだ。今は情報収集と体勢を整えるべき。イライジャの報告を待とう」
ミーシャは頷きを返した。
「イライジャさまが戻られるまでのあいだ、陛下の傍にいます」
本当はなにもせずに休ませてあげたいところだが、気が立って無理だろうと思った。それならせめて、彼が凍えてしまわないように温めてあげたい。
上空を旋回している炎の鳥を呼ぼうと手をあげる。
「きみの傍にいたいのは俺のほうだ」
リアムはミーシャの正面に立つと、あげていた手を取った。
引っ張られ、身体が彼の腕の中に収まってしまい、思わず息を飲んだ。
顔が燃えているみたいに熱い。
さっきは思わず抱きしめてしまったが、まさか、リアムに抱きしめ返されるとは思っていなかった。どうしたらいいかわからなくて、ミーシャは固まった。
「今、力を使いすぎて倒れでもしたら、本当に守りたい人をまれなくなる。止めてくれてありがとう」
ふうっと、ため息混じりの声が耳の傍で聞こえた。
「陛下を守るのは、私のほうです……」
「きみが、俺のためにそこまでしてくれる理由がよくわからない。けど、みんなと同じように、きみのことを守りたいと思っている」
リアムはゆっくりとミーシャを離した。
「ここにいたら、きみが先に凍えてしまう。戻ろう」
「……はい」
すっと、差し出された彼の手をつかんむ。
リアムが泉から離れると、突き刺さっていた剣がパキンと高い音をたてて割れ、そのまま煌めきながら崩れて消えた。
「あいつは、師匠から魔鉱石の生成技術を盗み、不出来な魔鉱石を量産した。そして、フルラ国に攻め入ったがその事実は本人とクレアがいないことで、歴史の闇に消えた」
「陛下のお父上、当時の皇帝は、なにも?」
「父、ルイス陛下は子どもの俺がなにを言っても信じてくれなかった」
慕っていた叔父の裏ぎり、師匠との死別、そして、なにを話しても信じてくれない実父。幼いリアムはどれだけ傷ついただろう。彼の孤独を思うと、胸がぎゅっと締めつけられた。
「母、エレノアから聞いています。クレアは魔鉱石を燃やし、人の命を生かした。しかし、不出来な魔鉱石を与えられ、命を燃料に強靱になっていた兵士はその後、正気を取り戻した者は一人もいなかったと」
ミーシャは両手に留まっている炎の鳥を見つめた。
「『魔女の呪い』のせいだと言って、クレアは死後、ますます畏れられるようになった。元兵士は衰弱し、数年でこの世を去ってしまったそうですね……」
「魔女の呪いなどない」
強く言い切ると、リアムは立ちあがった。
「青い魔鉱石もクレアが作ったと思われ、全部、魔女が悪いとされた。それがなにより悔しかった」
フルラ国内でも、惨事の引き金となった魔鉱石を恐れ、恨む声がある。
エレノアは子どもを守るために事実を隠した。ミーシャ自身、魔力はほとんどなく、なにもできず、してあげることはなかった。
「気を失う直前、クレアの炎に包まれた叔父の姿を見た。赤い炎の中、オリバーは笑っていたんだ」
リアムはミーシャに背を向け、泉を見つめたまま続けた。
「あの日から十六年。消息不明で、ずっとその姿を見せなかった男がこの国に敵として現れた」
彼は手に氷の剣を作ると、いきなり泉に突き刺した。
「陛下?」
「逃げられたんだ。結界にわざと触れ、俺に姿を見せたあとにな」
ミーシャは目を見開いた。
「どうして、そんなことを……そもそも、本当に敵、なんですか?」
結界は敵と定めた相手を凍らせると聞いた。それでも、信じられなかった。
「俺を利用し、師匠を死に追いやった。あいつは、最初から俺の敵だ」
リアムの身体から強い魔力を含んだ青白い冷気が、次々と立ちのぼる。
憎しみに染まる彼の背が痛々しい。ミーシャは思わず泉の上に立った。彼に近づき、その背に触れる。
「陛下、結界の補強はもう十分でしょう。気持ちはわかりますが、今は魔力を抑えてください」
「この機を逃したくはない。このまま追跡をする」
「捕らえる前に、陛下が凍ってしまいます」
剣を強く握りしめている彼の手を、ミーシャはそっと包みこんだ。
――痛いくらいに冷たい。
オリバー大公がなぜリアムを裏切ったのかわからないし、ずっと気になっていた。しかし考えるのはあとだ。
ミーシャは彼の手をぐっと握り、魔力をこめた。
「危ないから離れろ!」
「いやです。私はオリバー大公より陛下が大事です!」
想いが届くように、声を張った。
「陛下は、民を守るためにこれまで尽くされてきた。違いますか? 結界を張ったのは他国に侵略されないように、争わないためにですよね? オリバー大公を追うのが目的じゃなかったはずです!」
「あいつの目的は、今も昔もわからない」
「わからないからこそ、今は体調を整え、守りを強化するべきです。だから、お願いです。力を抑えて!」
リアムは苦しそうに顔を歪めた。
「……また、奪われる。大切な人を失うのはもう、こりごりだ」
怒りというより恐怖がにじむ、声だった。
下から覗きこむと、リアムの碧い瞳は、寂しさに沈んでいた。
彼は、クレアの罪の犠牲者だ。
国の思惑や、オリバー大公の企てに気づけず、対処できなかった。守るべき幼い皇子に、一生の傷を負わせてしまった。後悔と自分の非力さに胸が痛い。
昔クレアは、リアムが力を暴走させたとき、抱きしめて彼をなだめた。あの頃のようにミーシャは、リアムをぎゅっと抱きしめた。
「あなたは氷の皇帝。もう、幼くて非力だった皇子じゃない。頼れる仲間もたくさんいる。大丈夫。だから、一人ですべて抱えこまないで」
過去を背負うのは自分だけでいい。リアムは哀しみに囚われないで前に進んで欲しい。
今度こそ、大事な彼を守りたい。身体も、心も救ってあげたかった。
手が震える。それを悟られないように、ミーシャは炎の鳥にも手伝ってもらい、なけなしの魔力を使い続けた。
「抱えこむな、か……」
思いが通じたのか、彼はふっと力なく笑うと、魔力を使うのをやめた。
「取り乱して、すまない」
リアムが剣から手を放したのを見て内心ほっとした。彼を抱きしめていた腕の力をゆるめ、そっと彼から離れる。
「過去に、オリバー大公殿下はフルラに奇襲をかけました。今回も警戒して、対策は立てたほうがいいでしょう。どうするか、みんなで考えましょう」
「ああ、そうだな。きみの言うとおりだ。今は情報収集と体勢を整えるべき。イライジャの報告を待とう」
ミーシャは頷きを返した。
「イライジャさまが戻られるまでのあいだ、陛下の傍にいます」
本当はなにもせずに休ませてあげたいところだが、気が立って無理だろうと思った。それならせめて、彼が凍えてしまわないように温めてあげたい。
上空を旋回している炎の鳥を呼ぼうと手をあげる。
「きみの傍にいたいのは俺のほうだ」
リアムはミーシャの正面に立つと、あげていた手を取った。
引っ張られ、身体が彼の腕の中に収まってしまい、思わず息を飲んだ。
顔が燃えているみたいに熱い。
さっきは思わず抱きしめてしまったが、まさか、リアムに抱きしめ返されるとは思っていなかった。どうしたらいいかわからなくて、ミーシャは固まった。
「今、力を使いすぎて倒れでもしたら、本当に守りたい人をまれなくなる。止めてくれてありがとう」
ふうっと、ため息混じりの声が耳の傍で聞こえた。
「陛下を守るのは、私のほうです……」
「きみが、俺のためにそこまでしてくれる理由がよくわからない。けど、みんなと同じように、きみのことを守りたいと思っている」
リアムはゆっくりとミーシャを離した。
「ここにいたら、きみが先に凍えてしまう。戻ろう」
「……はい」
すっと、差し出された彼の手をつかんむ。
リアムが泉から離れると、突き刺さっていた剣がパキンと高い音をたてて割れ、そのまま煌めきながら崩れて消えた。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。


【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました
21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。
理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。
(……ええ、そうでしょうね。私もそう思います)
王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。
当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。
「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」
貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。
だけど――
「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」
突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!?
彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。
そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。
「……あの、何かご用でしょうか?」
「決まっている。お前を迎えに来た」
――え? どういうこと?
「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」
「……?」
「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」
(いや、意味がわかりません!!)
婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、
なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
悪役令嬢の逆襲
すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る!
前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。
素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!
王太子に求婚された公爵令嬢は、嫉妬した義姉の手先に襲われ顔を焼かれる
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。
『目には目を歯には歯を』
プランケット公爵家の令嬢ユルシュルは王太子から求婚された。公爵だった父を亡くし、王妹だった母がゴーエル男爵を配偶者に迎えて女公爵になった事で、プランケット公爵家の家中はとても混乱していた。家中を纏め公爵家を守るためには、自分の恋心を抑え込んで王太子の求婚を受けるしかなかった。だが求婚された王宮での舞踏会から公爵邸に戻ろうとしたユルシュル、徒党を組んで襲うモノ達が現れた。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる