炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

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魔女の呪い 

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 彼を中心に刺すような冷たい風が吹き、ミーシャの頬をかすめていく。

「あいつは、師匠から魔鉱石の生成技術を盗み、不出来な魔鉱石を量産した。そして、フルラ国に攻め入ったがその事実は本人とクレアがいないことで、歴史の闇に消えた」

「陛下のお父上、当時の皇帝は、なにも?」
「父、ルイス陛下は子どもの俺がなにを言っても信じてくれなかった」

 慕っていた叔父の裏ぎり、師匠との死別、そして、なにを話しても信じてくれない実父。幼いリアムはどれだけ傷ついただろう。彼の孤独を思うと、胸がぎゅっと締めつけられた。

「母、エレノアから聞いています。クレアは魔鉱石を燃やし、人の命を生かした。しかし、不出来な魔鉱石を与えられ、命を燃料に強靱になっていた兵士はその後、正気を取り戻した者は一人もいなかったと」

 ミーシャは両手に留まっている炎の鳥を見つめた。

「『魔女の呪い』のせいだと言って、クレアは死後、ますます畏れられるようになった。元兵士は衰弱し、数年でこの世を去ってしまったそうですね……」

「魔女の呪いなどない」

 強く言い切ると、リアムは立ちあがった。

「青い魔鉱石もクレアが作ったと思われ、全部、魔女が悪いとされた。それがなにより悔しかった」

 フルラ国内でも、惨事の引き金となった魔鉱石を恐れ、恨む声がある。
 エレノアは子どもを守るために事実を隠した。ミーシャ自身、魔力はほとんどなく、なにもできず、してあげることはなかった。

「気を失う直前、クレアの炎に包まれた叔父の姿を見た。赤い炎の中、オリバーは笑っていたんだ」

 リアムはミーシャに背を向け、泉を見つめたまま続けた。

「あの日から十六年。消息不明で、ずっとその姿を見せなかった男がこの国に敵として現れた」

 彼は手に氷の剣を作ると、いきなり泉に突き刺した。

「陛下?」
「逃げられたんだ。結界にわざと触れ、俺に姿を見せたあとにな」

 ミーシャは目を見開いた。

「どうして、そんなことを……そもそも、本当に敵、なんですか?」

 結界は敵と定めた相手を凍らせると聞いた。それでも、信じられなかった。

「俺を利用し、師匠を死に追いやった。あいつは、最初から俺の敵だ」

 リアムの身体から強い魔力を含んだ青白い冷気が、次々と立ちのぼる。
 憎しみに染まる彼の背が痛々しい。ミーシャは思わず泉の上に立った。彼に近づき、その背に触れる。

「陛下、結界の補強はもう十分でしょう。気持ちはわかりますが、今は魔力を抑えてください」
「この機を逃したくはない。このまま追跡をする」
「捕らえる前に、陛下が凍ってしまいます」

 剣を強く握りしめている彼の手を、ミーシャはそっと包みこんだ。

 ――痛いくらいに冷たい。
 オリバー大公がなぜリアムを裏切ったのかわからないし、ずっと気になっていた。しかし考えるのはあとだ。
 
 ミーシャは彼の手をぐっと握り、魔力をこめた。

「危ないから離れろ!」
「いやです。私はオリバー大公より陛下が大事です!」

 想いが届くように、声を張った。

「陛下は、民を守るためにこれまで尽くされてきた。違いますか? 結界を張ったのは他国に侵略されないように、争わないためにですよね? オリバー大公を追うのが目的じゃなかったはずです!」

「あいつの目的は、今も昔もわからない」
「わからないからこそ、今は体調を整え、守りを強化するべきです。だから、お願いです。力を抑えて!」

 リアムは苦しそうに顔を歪めた。

「……また、奪われる。大切な人を失うのはもう、こりごりだ」

 怒りというより恐怖がにじむ、声だった。
 下から覗きこむと、リアムの碧い瞳は、寂しさに沈んでいた。

 彼は、クレアの罪の犠牲者だ。
 国の思惑や、オリバー大公の企てに気づけず、対処できなかった。守るべき幼い皇子に、一生の傷を負わせてしまった。後悔と自分の非力さに胸が痛い。

 昔クレアは、リアムが力を暴走させたとき、抱きしめて彼をなだめた。あの頃のようにミーシャは、リアムをぎゅっと抱きしめた。

「あなたは氷の皇帝。もう、幼くて非力だった皇子じゃない。頼れる仲間もたくさんいる。大丈夫。だから、一人ですべて抱えこまないで」

 過去を背負うのは自分だけでいい。リアムは哀しみに囚われないで前に進んで欲しい。
 今度こそ、大事な彼を守りたい。身体も、心も救ってあげたかった。

 手が震える。それを悟られないように、ミーシャは炎の鳥にも手伝ってもらい、なけなしの魔力を使い続けた。

「抱えこむな、か……」

 思いが通じたのか、彼はふっと力なく笑うと、魔力を使うのをやめた。

「取り乱して、すまない」

 リアムが剣から手を放したのを見て内心ほっとした。彼を抱きしめていた腕の力をゆるめ、そっと彼から離れる。

「過去に、オリバー大公殿下はフルラに奇襲をかけました。今回も警戒して、対策は立てたほうがいいでしょう。どうするか、みんなで考えましょう」

「ああ、そうだな。きみの言うとおりだ。今は情報収集と体勢を整えるべき。イライジャの報告を待とう」

 ミーシャは頷きを返した。

「イライジャさまが戻られるまでのあいだ、陛下の傍にいます」

 本当はなにもせずに休ませてあげたいところだが、気が立って無理だろうと思った。それならせめて、彼が凍えてしまわないように温めてあげたい。

 上空を旋回している炎の鳥を呼ぼうと手をあげる。

「きみの傍にいたいのは俺のほうだ」

 リアムはミーシャの正面に立つと、あげていた手を取った。
 引っ張られ、身体が彼の腕の中に収まってしまい、思わず息を飲んだ。

 顔が燃えているみたいに熱い。
 さっきは思わず抱きしめてしまったが、まさか、リアムに抱きしめ返されるとは思っていなかった。どうしたらいいかわからなくて、ミーシャは固まった。

「今、力を使いすぎて倒れでもしたら、本当に守りたい人をまれなくなる。止めてくれてありがとう」

 ふうっと、ため息混じりの声が耳の傍で聞こえた。

「陛下を守るのは、私のほうです……」

「きみが、俺のためにそこまでしてくれる理由がよくわからない。けど、みんなと同じように、きみのことを守りたいと思っている」

 リアムはゆっくりとミーシャを離した。

「ここにいたら、きみが先に凍えてしまう。戻ろう」
「……はい」

 すっと、差し出された彼の手をつかんむ。
 リアムが泉から離れると、突き刺さっていた剣がパキンと高い音をたてて割れ、そのまま煌めきながら崩れて消えた。

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