炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

文字の大きさ
上 下
37 / 100

前世の記憶

しおりを挟む
 廊下に出ると、月のような銀色の光りの粒が点々と続いていた。リアムの魔力のあとだ。
 光を辿るように進むと中庭に出た。氷の泉の前に彼の背を見つけ、駆け寄った。持ってきた外套を肩にかけてあげる。

「きみは部屋にいろと言っただろ」
「そういうわけにはいきません」

 ほどなくしてジーンやイライジャが護衛兵を連れて駆けつけてきた。

「陛下。異変ですか?」

 ジーンに質問されて、リアムは頷いた。

「数は多くない。ここより西の地域だ。イライジャ、使者の手配を」
「御意」

 イライジャは臣下の礼をすると、すぐに走り去った。
 リアムが指示を飛ばす横でミーシャは凍ったままの泉を覗き見た。青白く発光しているようすを眺めていると、ふと人の影が浮かび上がってきた。

「え……?」

 驚きで息を吞んだ。胸に鋭い痛みが走る。もっと近づいて見ようとしたが、リアムに腕をつかまれ、引っ張られた。

「結界に近づくな。きみは炎の魔女だろ。冷気に当てられる」
「私には炎の鳥がいます」

 彼はちらりと炎の鳥を見たあと、「無理はするな」と言った。

「結界を補強する。ここはかまわないから他の者は建物内に戻れ」

 囲いを飛び越え、泉の上に立ったリアムは、凍っている表面に素手で触れ、魔力をそそぎだした。

 彼を中心に冷たい雪交じりの強風が吹く。

「ミーシャさまもここから離れたほうがいいです。戻りましょう」

 ジーンに促されたが、ミーシャは首を横に振った。

「私は大丈夫です。陛下の傍にいます」

 このままではあっという間に凍えてしまう。
 彼が魔力をそそぎ終わったあと、すぐに温めてあげたほうがいい。炎の鳥も連れてきたから大丈夫だと、その場に待機すると伝えた。

 ジーンも臣下もさがり、再び二人だけになった。
 闇夜に白い雪が降り続けている。ミーシャは黙ったままのリアムの背に話しかけた。

「結界が反応した相手は、オリバー大公殿下でだったのですね……」

 立ちあがり、ゆっくりと振り返ったリアムの瞳は、碧く冷たい光りを放っていた。

「生きていたんですね」

 リアムは再びミーシャに背を向けるとしゃがみこみ、泉に魔力をそそぎはじめた。

「叔父は、師匠が放った炎に包まれ、死んだことになっている」

 オリバーはリアムの父、ルイス皇帝の弟で当時王位継承権一位だった。生きていれば、大きな魔力を持つ彼は今ごろ皇帝となって国を治めていたはずだ。

 今は亡きリアムの兄クロムも、リアム本人も、望んで皇帝になったわけではない。


 **クレアの記憶**

『なんてことを……』

 十六年前、異変に気がつきフルラ城へ駆けつけたクレアは、目の前の光景に言葉を失った。

 リアムと出会った噴水庭園の水は枯れ、焼け焦げたあとだった。庭園だけではなく、ここに来るまでのフルラの街全体が朱い炎に包まれていた。木々や建物が焼け崩れる中、フルラの民は逃げ回った。

 フルラ兵はあちこちに倒れ、青い魔鉱石を持つグレシャー帝国兵だけが闊歩する、異様な光景が広がっていた。

『討つべき敵はクレア・ガーネット! 人々を操り、世界を支配しようとする悪い魔女を倒せ!』

 声高々に、グレシャー帝国兵を扇動し、指揮していたのはオリバー大公殿下だった。

『オリバー叔父さん、どうして……。やめて。なぜこんな酷いことを!』

 リアムはフルラの国に留学して五年目だった。当時十歳の彼は驚き混乱しつつも、叔父をとめようとした。

『リアム、逃げなさい。来ないで!』

 クレアはリアムを遠ざけ、逃がすよう手配していた。しかし、彼は一人できてしまった。

 オリバーが右手を高くあげる。彼は自分の甥に向かって、氷の飛礫つぶてを放った。
 リアムはすぐに氷の盾を形成して攻撃を防ごうとしたが、いくつかが身体にめり込んだ。苦しそうに顔を歪めながらその場に倒れた。

 弟子のもとへ駆け寄ろうとしたが、オリバーに先越されてしまった。まだ子どもの彼の腕をつかむと、無理やり引き起こした。冷酷な眼差しで甥を見下ろしている。

『この者は我が甥にあらず! 魔女に操られた裏切り者だ。勇敢な兵士よ。悪いのは魔女だ。惑わされずにクレアを討て!』

 リアムは、くぐもった声をあげながらも抵抗しオリバーを睨んだ。

 青色の魔鉱石は不完全な代物で、それを持つ兵士たちは、命を燃やすことで最強になれた。石からの魔力と、氷を身にまとっているため、炎の中を平気で進む。
 身体は大きくなり、筋力も常人より数倍強く、一振りでフルラ兵数人が吹き飛んだ。

 魔鉱石は魔力を持たない人への負担が大きく、使っている最中に自我を失い凶暴化していく。
 兵士はみんな目が血走り、焦点が合っていない。言葉を失い、うなり声ばかりをあげる獣と化していた。

 命令には従順で、クレアに向かって数十人もの兵士が一斉に襲いかかった。

『叔父上!』 

 リアムがオリバーの手に触れ、魔力を暴発させる。触れた場所から凍りついていくのに、オリバーは涼しい顔で言った。

『リアム、おまえのおかげでフルラ王もフルラを守護する魔女も油断してくれた。よくやった』

 クレアは炎を使って襲い来る兵を退けながら、その言葉を聞き、リアムの絶望に染まる顔を見た。

『僕を、利用……したのか!』
『察したか。賢いな。だが、教えただろう。なんでも鵜呑みにするのはよくないと』

 オリバーは身体の氷を、服についた雪のように軽々と払いのける。リアムが再び魔力を使おうとすると、首をつかまれた。そのまま上へ、簡単に持ちあげた。

『リアム、判断を謝ったな。残念だが、弱いおまえにはもう用はない』

 ――リアム! 
 彼を助けたいのに兵士が邪魔だった。炎をものともせずに近づいてくる。
 クレアは届かないとわかっていても、弟子に向かって右手を伸ばした。

 オリバーを止めなければ、フルラに住む人々も、リアムも兵士もみんな死んでしまう。クレアは、首から提げていた涙型の紅い魔鉱石を左手でぎゅっと握った。

『リアムを、放しなさい!』

 ありったけの魔力をこめると、今までにない威力で爆発が起きた。

 自分を中心に天にまで届きそうな赤い火柱が上がる。爆音とともに熱風と炎が大地を駆けていく。

 行く手を阻んでいたグレシャー兵を吹き飛ばしクレアは、炎の鳥をオリバーに向けて解き放った。

 ***


「殺されかけて、気を失っていた俺が次に目を覚ましたとき、周りは火の海だった。叔父の姿はなく、ぼろぼろに傷ついた師匠がいて、すぐに大きな炎の鳥に飲まれた」

 ミーシャは下を向いた。

「その光景を見た陛下は、力を暴走させた。炎を鎮めるために、一瞬でフルラ国全土を凍らせたと聞いています……」

「力を使いすぎた俺は再び倒れ、すぐに氷は溶けたらしいけどね。炎で焼け、水浸しになったフルラの大地にオリバーも、クレアの姿もなく、人々は勝手に魔女クレアだけを悪者にした。精鋭部隊だけでのフルラ国奇襲は、オリバーの独断だったのに」

 リアムは拳を作ると振りあげ、強く氷の表面を殴った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました

21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。 理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。 (……ええ、そうでしょうね。私もそう思います) 王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。 当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。 「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」 貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。 だけど―― 「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」 突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!? 彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。 そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。 「……あの、何かご用でしょうか?」 「決まっている。お前を迎えに来た」 ――え? どういうこと? 「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」 「……?」 「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」 (いや、意味がわかりません!!) 婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、 なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

悪役令嬢の逆襲

すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る! 前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。 素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい

春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。 そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか? 婚約者が不貞をしたのは私のせいで、 婚約破棄を命じられたのも私のせいですって? うふふ。面白いことを仰いますわね。 ※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。 ※カクヨムにも投稿しています。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】王位に拘る元婚約者様へ

凛 伊緒
恋愛
公爵令嬢ラリエット・ゼンキースア、18歳。 青みがかった銀の髪に、金の瞳を持っている。ラリエットは誰が見ても美しいと思える美貌の持ち主だが、『闇魔法使い』が故に酷い扱いを受けていた。 虐げられ、食事もろくに与えられない。 それらの行為の理由は、闇魔法に対する恐怖からか、或いは彼女に対する嫉妬か……。 ラリエットには、5歳の頃に婚約した婚約者がいた。 名はジルファー・アンドレイズ。このアンドレイズ王国の王太子だった。 しかし8歳の時、ラリエットの魔法適正が《闇》だということが発覚する。これが、全ての始まりだった── 婚約破棄された公爵令嬢ラリエットが名前を変え、とある事情から再び王城に戻り、王太子にざまぁするまでの物語── ※ご感想・ご指摘 等につきましては、近況ボードをご確認くださいませ。

処理中です...