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氷の皇帝の望むしあわせ
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「古老たちが早く妃を娶れとうるさいからそうしたが、来るのが隣国の魔女だ。同盟国とはいえ、魔女を皇后にすることに反対している者がいまだにいる。彼女が根本的な完治が無理だと気づき諦めるまでは付き合うが、故郷へ帰りたいと言えばすぐに願いを叶えてあげるつもりでいる」
ジーンはにこりと笑った。
「令嬢の気持ち、身の安全が最優先ということですね。さすが我が主。自分の都合よりも相手の気持ちを慮るなんてとてもご立派です。しかし、陛下の家来として、……親友として言わせてもらえば、もう少しご自分の幸せについても欲張っていただきたい」
リアムは眉根を寄せた。宰相として小言ばかりの彼の目が今日はとくに真剣だ。
『生きて、陛下も幸せになってください』
――俺の幸せか。……令嬢も同じことを言っていたな。
死の間際の師匠も、弟子の幸せを口にしていた。だがしかし、その願いは叶えられない。
彼女のいない世界に、幸せなど存在しないからだ。
人生を共にするパートナーが欲しいと思えない。血の繋がった子どもがいる未来が、想像できない。
「俺の幸せは、みんなが幸せになることだよ」
――この命は師匠からいただいたもの。守られた命は無駄にはできない。
今いる大切な人のために使うことだけが、リアムの唯一の願いだった。
「陛下……!」
「静かに」
リアムは不服そうな顔をするジーンの言葉を手で遮った。雪を踏みしめる音が聞こえたからだ。
振り向いた先には、炎の鳥を肩に乗せたミーシャがいた。
「あの、ごめんなさい。お話の邪魔をするつもりはなかったの。起きたら陛下がいなかったので、心配で……」
ミーシャはリアムが初日に渡した白い外套を羽織っていた。雪の中、佇んだままの彼女に近づく。
「俺を探しに来たのか?」
「はい」
「今後は探さなくていい」
彼女はなにか言いたそうに口を開きかけたが、すぐに唇を引き結んだ。お辞儀をして「仰せのままに」とさがる。
雪交じりの風が、彼女の朱鷺色の髪をさらりと揺らす。朝陽に透けて輝いて見えた。
「きみの髪は、やっぱりきれいだ」
ふと、吐いで出た言葉に、目を見開いている彼女より自分が驚いた。炎の鳥が空に舞いあがる。
リアムは咳払いをすると外套を脱ぎ、ミーシャの肩にかけた。
「えっと……、陛下。私、外套はもう……炎の鳥もいるので平気です」
「それでも着て。そんな薄着では炎の鳥がいても風邪をひく」
ミーシャは苦笑いをすると、白い外套の上に、黒の外套《クローク》を羽織った。
隣に立つジーンが「いや、重そうでかわいそうっす」と呟いたので、彼の足をぎゅっと踏みにじむ。
「早朝に起きるのが日課なんだ。きみは寝てていい。という意味だ」
彼女はゆっくりと頬をゆるめた。
「わかりました。次からは寝るようにします」
「戻ろう」
「陛下、待ってください。……流氷の結界を、近くで見せて欲しいです」
「氷の泉を?」
ミーシャは真剣な顔でこくりと頷いた。リアムはジーンに視線を向ける。
「はいはい。お邪魔虫は退散しますよ。ミーシャさま。どうかごゆるりと」
ジーンは胸に手を当て臣下の礼をすると、足早に去って行った。二人だけになってからリアムは口を開いた。
「俺はきみを信用している。だが、残念だがそうは思っていない者もいる。一緒にいるときはかまわないが、一人では結界に近づかないように」
「……承知しました。以後、近づかないように気をつけます」
ほとんど魔力がないミーシャには結界に細工などできないが、事情を知らない者には不安を抱かせる。できれば誰にも、誤解や怖い思いをさせたくない。
「こっちだ。案内する」
リアムはミーシャの背に手を当て、歩くように促した。
ジーンはにこりと笑った。
「令嬢の気持ち、身の安全が最優先ということですね。さすが我が主。自分の都合よりも相手の気持ちを慮るなんてとてもご立派です。しかし、陛下の家来として、……親友として言わせてもらえば、もう少しご自分の幸せについても欲張っていただきたい」
リアムは眉根を寄せた。宰相として小言ばかりの彼の目が今日はとくに真剣だ。
『生きて、陛下も幸せになってください』
――俺の幸せか。……令嬢も同じことを言っていたな。
死の間際の師匠も、弟子の幸せを口にしていた。だがしかし、その願いは叶えられない。
彼女のいない世界に、幸せなど存在しないからだ。
人生を共にするパートナーが欲しいと思えない。血の繋がった子どもがいる未来が、想像できない。
「俺の幸せは、みんなが幸せになることだよ」
――この命は師匠からいただいたもの。守られた命は無駄にはできない。
今いる大切な人のために使うことだけが、リアムの唯一の願いだった。
「陛下……!」
「静かに」
リアムは不服そうな顔をするジーンの言葉を手で遮った。雪を踏みしめる音が聞こえたからだ。
振り向いた先には、炎の鳥を肩に乗せたミーシャがいた。
「あの、ごめんなさい。お話の邪魔をするつもりはなかったの。起きたら陛下がいなかったので、心配で……」
ミーシャはリアムが初日に渡した白い外套を羽織っていた。雪の中、佇んだままの彼女に近づく。
「俺を探しに来たのか?」
「はい」
「今後は探さなくていい」
彼女はなにか言いたそうに口を開きかけたが、すぐに唇を引き結んだ。お辞儀をして「仰せのままに」とさがる。
雪交じりの風が、彼女の朱鷺色の髪をさらりと揺らす。朝陽に透けて輝いて見えた。
「きみの髪は、やっぱりきれいだ」
ふと、吐いで出た言葉に、目を見開いている彼女より自分が驚いた。炎の鳥が空に舞いあがる。
リアムは咳払いをすると外套を脱ぎ、ミーシャの肩にかけた。
「えっと……、陛下。私、外套はもう……炎の鳥もいるので平気です」
「それでも着て。そんな薄着では炎の鳥がいても風邪をひく」
ミーシャは苦笑いをすると、白い外套の上に、黒の外套《クローク》を羽織った。
隣に立つジーンが「いや、重そうでかわいそうっす」と呟いたので、彼の足をぎゅっと踏みにじむ。
「早朝に起きるのが日課なんだ。きみは寝てていい。という意味だ」
彼女はゆっくりと頬をゆるめた。
「わかりました。次からは寝るようにします」
「戻ろう」
「陛下、待ってください。……流氷の結界を、近くで見せて欲しいです」
「氷の泉を?」
ミーシャは真剣な顔でこくりと頷いた。リアムはジーンに視線を向ける。
「はいはい。お邪魔虫は退散しますよ。ミーシャさま。どうかごゆるりと」
ジーンは胸に手を当て臣下の礼をすると、足早に去って行った。二人だけになってからリアムは口を開いた。
「俺はきみを信用している。だが、残念だがそうは思っていない者もいる。一緒にいるときはかまわないが、一人では結界に近づかないように」
「……承知しました。以後、近づかないように気をつけます」
ほとんど魔力がないミーシャには結界に細工などできないが、事情を知らない者には不安を抱かせる。できれば誰にも、誤解や怖い思いをさせたくない。
「こっちだ。案内する」
リアムはミーシャの背に手を当て、歩くように促した。
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