炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

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雪降る庭⑴

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「ミーシャ、人の話を聞いていたか? 俺は、キスしながらお願いをしろと言った」

 リアムは「守りますは、お願いじゃない」と眉尻を下げながら笑った。
 そのままミーシャを下ろすことなく、すたすたと歩く。進路を塞いでいた人たちは、リアムが声をかける前にさっと避けて、道をあける。

「陛下。私は大丈夫です。陛下まで退席しなくてもいいです」

 なにを言っても彼は止まらない。そのまま会場を出てしまった。
 黄金で彩られたきれいな天井画が、ここに来て見上げたときよりも近い。
 
 ――手を伸ばせば、届きそう。
 
「今夜はありがとう。婚約者のお披露目は無事にすんだ」
 
 天井ではなく、リアムを見る。

「でも……」
「身体が心配なのは本当だ。今日はもういいから休め」

 子どもをあやすように、彼はやさしい声で囁いた。

「わかりました。休みます。だから、下ろしてください」
 
 リアムは苦笑いを浮かべると、ミーシャをゆっくりと下ろし、目の前に手を差しだした。掴めということらしい。触れてみると手は冷たく、思わずぎゅっと握った。

「陛下も休んで温まったほうがよさそうですね」
「このくらいの冷えなら平気だが、きみの上がった熱を下げるのにちょうどいいかもな」
「人をからかう元気はあるようで、なによりです」

 リアムはふっと笑うと、ドレスのミーシャを気づかいながらゆっくりと歩きはじめた。振る舞いがスマートで、女性の扱いに慣れている。

「これまではナタリーさまが温めていたのですか?」

 考えるよりも先に、浮かんだ疑問を口にしていた。言ったあとでしまったと思った。リアムは足を止め、不思議そうな顔でミーシャを見る。

「アルベルトの兄弟とは幼少のころからの付き合いなだけだ。ナタリー嬢に触れたことも、治療してもらったことも一度もない」
「ですが、ナタリー嬢は、陛下の……お妃候補でしたよね」

「俺は誰とも結婚するつもりはない。周りが勝手に騒いでいただけだ」
「でも、ナタリーさまは……、」

 陛下のことを慕っていますよね? と訊こうとしたが、言葉が詰まった。

 黙っていると、「ミーシャ」と呼びながら彼は繋いでいる手を持ちあげた。

「触れてみたいと思ったのは、きみが初めてだ」

 指先にそっと彼の冷たい唇が触れ、驚いて目を見開いた。

「きみは、特別。わかった?」

 彼の氷のような碧い瞳に、そばにあるかがり火が映り込んでいる。胸を焦がすような熱い眼差しに、一瞬めまいを覚えたが、

「私は、触れても凍らない。炎の魔女だからですね」

 言葉をそのまま受け取ってはいけない、勘違いしないように自分を戒めた。すると彼は一歩、ミーシャに詰め寄った。

「炎の魔女は、関係ない」

 リアムはミーシャの髪に触れた。一束掬うように持つと、するりと毛先まで滑らす。そして、乱れた髪を手で梳き戻すと、じっと、見つめた。

「きみの髪は美しいな」

 心臓が強く跳ねた。ミーシャは自分の髪を握ると引っ張って、彼から遠ざけた。

「私の髪は、陛下の治療の役にたちません! 触っちゃだめ!」
「お願いはしないのに、命令はするのか……」

 リアムは少し呆れた顔で言った。
 皇帝に向かって、子どもを叱るみたいにだめと言ってしまった。ミーシャはすぐに、「申しわけございません」と、か細い声で謝った。

「謝らなくていい。いやなものはいやと言ってほしい」
「陛下……」

 やっぱり、リアムはやさしいと思ったが、次の瞬間、

「聞き入れるかは別だが」

 しらっとした顔で彼は言った。ミーシャは目を見開き、絶句して固まった。
 
「陛下、……やさしいのか、いじわるなのか、はっきりしてください」
「それは難しいな」

 彼は正面を指で差した。

「令嬢、寒いかもしれないが、中庭を突っ切って帰ろう」

 見ると、玄関を出た先には来賓用の馬車が整然と並んでいる。

「氷の宮殿は大きくて広い。上空から見ると六花、雪の結晶の形になっていて、それぞれの建物は独立している。すべて回廊で繋がっていて、建物内を通ったほうが暖かいが、遠回りなんだ」

「陛下は雪、平気ですものね。庭を横切ったほうが近道で早いんですね」
「そういうこと。だから、きみはこれを着て」

 リアムは自分が着ていた外套クロークをミーシャの肩にかけると、再び抱きあげた。
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