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雪月花⑵
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「初めまして。ナタリー嬢。お目にかかれて光栄です」
ナタリーは、淑女らしく静かに近づいてきた。
一瞬、立ちあがって出迎えようとしたが、自分はフルラ国の公爵令嬢で、陛下の未来の妃だったと立場を思いだし、そのまま座って待った。
ナタリーに会うのは初めてだが、彼女の存在はクレア時代から知っている。兄のジーンのように優秀だ。
そして、彼女は幼いころからリアムの『妃候補』だった。
ミーシャの傍まできたナタリーは、桃色の小さな唇を開いた。
「令嬢の神秘的なドレスは、陛下がお選びになったと伺いました。とてもすてきですね」
「ありがとうございます」
「黒いドレスは、白いあなたさまの肌を際だたせて、とても美しいです。見入ってしまう紫の瞳、髪が宝石のガーネットのような赤であれば、かの有名な大魔女そのものですわね」
ミーシャを見極めようとしているのか、ナタリーの瞳はまっすぐだった。姿勢を正し、彼女と向き合う。
「ガーネット家はみな、紫の瞳をもって生まれるんです」
「あら、そうなのですね。わたしくしはてっきり、令嬢が大魔女クレアにそっくりだから、リアムさまはあなたを妃として選んだと思っておりましたわ」
猫のようなナタリーの釣り目が大きく見開かれた。ミーシャは一息ためてから口を開く。
「陛下の御心は崇高すぎて、私にはわかりかねます。ですが、一つだけ思い当たることがあります」
「まあ。思い当たる理由はどのようなものですの? 教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「陛下からお言葉をいただいたんです。婚約を断ってくるから、ちょうどよかったと」
「婚約を断っ……え?」
固まってしまったナタリーにミーシャは、にこっと笑いかけた。
「私、元々身体が弱いんです。ずっと部屋に閉じこもり、社交会デビューもしていない身です。陛下とは一度もお会いしたことがなく、申し込みは光栄でしたが、これまでは丁重にお断りしておりました」
「陛下の、『断ってくるからちょうどよかった』は……まだ、よくわからないですけれど、では、ミーシャさまはどうして今回はお受けに? 身体が弱いなら、フルラ国から遠く寒いこの国は、おつらいでしょう?」
「すべては、陛下のためです」
ナタリーはわからないと言いたげに、目を瞬いた。
「陛下は今もクレアを慕ってくださっております。私は自分の身体を心配することよりも、ガーネット家の者として、その恩を返したい。陛下に今こそ尽くそうと、考えたのです」
「陛下のために……」
ミーシャを見つめていたナタリーは、人に囲まれているリアムへと視線を移した。
「わたくし、陛下のことは幼少期から見知っております。ずっと、彼に仕えてきたのでわかるんです。陛下の心を占めるのは今も昔もただ一人、『大魔女クレア』さまだけ。この先もきっと、変わらない」
ナタリーの口元は笑っているが、ジーンと同じヘーゼルナッツ色の瞳は真剣だった。
「ミーシャさまはクレアさまに似ている。だからって、陛下の心が自分に向くと期待してはいけません。あとあとつらくなるのは、あなたさま自身ですから」
労るような表情で、本心で言っていると伝わってくる。
彼女に悪気はなく、思っていることをはっきり言っているだけ。それができるのは、由緒ある家の育ちだから。裏表がないのは逆に好感がもてた。
ミーシャは姿勢を正した。
「私への忠告、痛み入ります。陛下の心を、クレアが占めていることは存じあげています。だからこそ私は、ここへ参りました」
「……陛下の寵愛を期待していたのでは、ないのですか?」
ミーシャは「まさか」と否定すると、彼女から目を逸らさずに伝えた。
「ナタリー嬢はやさしいですね。私が、陛下に傾倒する前にあきらめたほうがいいと、忠告してくれた。その心が嬉しいです」
長椅子から立ちあがり、彼女に近づく。
「どうか、安心してください。私は寵愛をいただけないからと傷ついたりしないし、陛下を傷つけることもない。未熟な魔女ですが、陛下の負担を少しでも軽くできればと思っております。だから、これからもぜひ、仲よくしてくださいね」
ほほえみながら、ミーシャは手を差しだした。
ナタリーは大きな瞳でじっとミーシャを見つめた。警戒しているのか、それとも魔女に触れるのがいやなのか、会ったばかりで打ちとけるのは無理だったかと、あきらめて手を引こうとしたときだった。
彼女はふわりと笑った。ミーシャの手を両手でしっかりと握る。
「わたくし、正直ミーシャさまの覚悟に驚いていますわ。病弱で社交会に出てこないと聞いていたのですが、想像していた令嬢とは違って、すてきでした。わたくしたちは陛下を想い、尽くそうとしている。同じ目的を持った者同士ですわ。こちらこそ、仲よくしていただけたら嬉しく存じます」
たおやかに笑うナタリーの肩越しに、リアムが戻ってくるのが見えた。
「紹介をする前に打ち解けたようだな」
「我が偉大なる陛下。このたびは誠におめでとうございます」
ナタリーは頬をうっすらと赤く染めると、淑女の礼をした。
「二人、話が盛り上がっていたようだが?」
「陛下想いのご令嬢と、意気投合しましたの」
ミーシャが口を開くより先にナタリーが答えた。
「ナタリー嬢と意気投合か。それは怖いな」
「あら陛下ったら、怖いなんて失礼ですわね」
二人の会話は弾んでいて、割り込めない。
リアムの婚約者候補だったナタリーとは、幼なじみというだけあって、気心が知れているようだ。
自分の知らない彼の顔を見ることができて嬉しいはずなのに、疎外感となぜか、寂しさを感じた。
ナタリーは、淑女らしく静かに近づいてきた。
一瞬、立ちあがって出迎えようとしたが、自分はフルラ国の公爵令嬢で、陛下の未来の妃だったと立場を思いだし、そのまま座って待った。
ナタリーに会うのは初めてだが、彼女の存在はクレア時代から知っている。兄のジーンのように優秀だ。
そして、彼女は幼いころからリアムの『妃候補』だった。
ミーシャの傍まできたナタリーは、桃色の小さな唇を開いた。
「令嬢の神秘的なドレスは、陛下がお選びになったと伺いました。とてもすてきですね」
「ありがとうございます」
「黒いドレスは、白いあなたさまの肌を際だたせて、とても美しいです。見入ってしまう紫の瞳、髪が宝石のガーネットのような赤であれば、かの有名な大魔女そのものですわね」
ミーシャを見極めようとしているのか、ナタリーの瞳はまっすぐだった。姿勢を正し、彼女と向き合う。
「ガーネット家はみな、紫の瞳をもって生まれるんです」
「あら、そうなのですね。わたしくしはてっきり、令嬢が大魔女クレアにそっくりだから、リアムさまはあなたを妃として選んだと思っておりましたわ」
猫のようなナタリーの釣り目が大きく見開かれた。ミーシャは一息ためてから口を開く。
「陛下の御心は崇高すぎて、私にはわかりかねます。ですが、一つだけ思い当たることがあります」
「まあ。思い当たる理由はどのようなものですの? 教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「陛下からお言葉をいただいたんです。婚約を断ってくるから、ちょうどよかったと」
「婚約を断っ……え?」
固まってしまったナタリーにミーシャは、にこっと笑いかけた。
「私、元々身体が弱いんです。ずっと部屋に閉じこもり、社交会デビューもしていない身です。陛下とは一度もお会いしたことがなく、申し込みは光栄でしたが、これまでは丁重にお断りしておりました」
「陛下の、『断ってくるからちょうどよかった』は……まだ、よくわからないですけれど、では、ミーシャさまはどうして今回はお受けに? 身体が弱いなら、フルラ国から遠く寒いこの国は、おつらいでしょう?」
「すべては、陛下のためです」
ナタリーはわからないと言いたげに、目を瞬いた。
「陛下は今もクレアを慕ってくださっております。私は自分の身体を心配することよりも、ガーネット家の者として、その恩を返したい。陛下に今こそ尽くそうと、考えたのです」
「陛下のために……」
ミーシャを見つめていたナタリーは、人に囲まれているリアムへと視線を移した。
「わたくし、陛下のことは幼少期から見知っております。ずっと、彼に仕えてきたのでわかるんです。陛下の心を占めるのは今も昔もただ一人、『大魔女クレア』さまだけ。この先もきっと、変わらない」
ナタリーの口元は笑っているが、ジーンと同じヘーゼルナッツ色の瞳は真剣だった。
「ミーシャさまはクレアさまに似ている。だからって、陛下の心が自分に向くと期待してはいけません。あとあとつらくなるのは、あなたさま自身ですから」
労るような表情で、本心で言っていると伝わってくる。
彼女に悪気はなく、思っていることをはっきり言っているだけ。それができるのは、由緒ある家の育ちだから。裏表がないのは逆に好感がもてた。
ミーシャは姿勢を正した。
「私への忠告、痛み入ります。陛下の心を、クレアが占めていることは存じあげています。だからこそ私は、ここへ参りました」
「……陛下の寵愛を期待していたのでは、ないのですか?」
ミーシャは「まさか」と否定すると、彼女から目を逸らさずに伝えた。
「ナタリー嬢はやさしいですね。私が、陛下に傾倒する前にあきらめたほうがいいと、忠告してくれた。その心が嬉しいです」
長椅子から立ちあがり、彼女に近づく。
「どうか、安心してください。私は寵愛をいただけないからと傷ついたりしないし、陛下を傷つけることもない。未熟な魔女ですが、陛下の負担を少しでも軽くできればと思っております。だから、これからもぜひ、仲よくしてくださいね」
ほほえみながら、ミーシャは手を差しだした。
ナタリーは大きな瞳でじっとミーシャを見つめた。警戒しているのか、それとも魔女に触れるのがいやなのか、会ったばかりで打ちとけるのは無理だったかと、あきらめて手を引こうとしたときだった。
彼女はふわりと笑った。ミーシャの手を両手でしっかりと握る。
「わたくし、正直ミーシャさまの覚悟に驚いていますわ。病弱で社交会に出てこないと聞いていたのですが、想像していた令嬢とは違って、すてきでした。わたくしたちは陛下を想い、尽くそうとしている。同じ目的を持った者同士ですわ。こちらこそ、仲よくしていただけたら嬉しく存じます」
たおやかに笑うナタリーの肩越しに、リアムが戻ってくるのが見えた。
「紹介をする前に打ち解けたようだな」
「我が偉大なる陛下。このたびは誠におめでとうございます」
ナタリーは頬をうっすらと赤く染めると、淑女の礼をした。
「二人、話が盛り上がっていたようだが?」
「陛下想いのご令嬢と、意気投合しましたの」
ミーシャが口を開くより先にナタリーが答えた。
「ナタリー嬢と意気投合か。それは怖いな」
「あら陛下ったら、怖いなんて失礼ですわね」
二人の会話は弾んでいて、割り込めない。
リアムの婚約者候補だったナタリーとは、幼なじみというだけあって、気心が知れているようだ。
自分の知らない彼の顔を見ることができて嬉しいはずなのに、疎外感となぜか、寂しさを感じた。
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