16 / 100
宰相のほほえみ
しおりを挟む
――私と違って、リアムは英雄で尊い存在。
「リアムの『この身体はどうなってもかまわない』という考えを、変えて見せる!」
部屋にひとりになったミーシャは、リアムの外套をハンガーラックにかけながら、これからどうしようか考えた。
『ミーシャ。あなたにも未来があるのよ。前世の分まで幸せになって欲しい』
ふと、エレノアの言葉が頭を過ぎった。今なら少し、彼女の気持ちがわかる気がした。
前世の贖罪中の自分には幸せになる権利はないが、リアムにはある。どうしたら自分の幸せについて、前向きになってくれるだろう。
「ミーシャさま、失礼します」
部屋に入ってきたのは宰相のジーンと、侍女のライリーだった。
「すでにご承知と思いますが、夜はあなたさまのお披露目会をかねた歓迎パーティーです。ドレスや装飾品はこちらで準備させていただきました。この部屋の隣が衣装部屋です。夕刻までにご確認と、お着替えのしたくをお願いいたします」
輿入れまでの準備期間が短く、支度金はすべてグレシャー帝国が出してくれた。身一つできたため、パーティー用のドレスや装飾品は持ってきていない。
「宰相さま」
「ミーシャさま、私の呼びかたはジーンでけっこうですよ」
「では、ジーンさま。質問があります」
「はい。なんでしょうか」
「私がパーティーに出て、本当に大丈夫でしょうか?」
ジーンは笑顔を貼りつけたまま首をかしげた。
「……もしかして、出たくないと申されるおつもりですか?」
「ジーンさまはご存知ですよね? 私がここにいるのは治療が目的。春には国に帰ることを」
笑みを浮かべていた彼は真顔になった。
「はい。陛下から伺っております。あのかたの病については公にできません。ミーシャさまが婚約者ならば、陛下の傍にいても不自然じゃない」
「ただの婚約者ならば、傍にいても不思議じゃないでしょう。ですが、私は……魔女です」
「世間の魔女の評判を、心配しておられるのですか?」
こくりと、ミーシャは頷いた。
「魔女の印象をよくする契約ですが、必要以上に怯えさせ、不安を煽るようなことはしたくないです」
ジーンは下を向き、「そうですね……」と言ったあと顔をあげた。
「ミーシャさま、人は知らないものを畏れるものです。最初は好奇の目を向けられるでしょう。だけど、知ってもらわなければいつまでも変えられない。つらいでしょうが、陛下のためにどうか堪えていただきたい」
つまり、リアムのために耐えろということだ。ジーンの変わらないリアムへの忠誠心に、胸の不安が軽くなった。
――良かった。リアムの周りには、彼を慕ってくれる人たちがたくさんいる。だからこそ私は、今さら邪魔をしたくない。
「私は、人の目が怖くて、これまで引きこもっていたわけではありません。避難の言葉を浴びるのはかまわないんです。魔女はそれだけのことをしてきましたし、嫌われているのを承知でこの国にきました。私が恐れているのは、陛下の評判を落としてしまうことです。ジーンさまは一時とはいえ、本当に、私が妃でよろしいのですか?」
ジーンは、さっきよりも目を見開いた。
「母エレノアから聞いております。陛下と私の縁談を勧めたのは、ジーンさまだと」
リアムは結婚に無関心。縁談相手を探しミーシャを推したのは、目の前にいる彼だ。
「これまで会わないようにしていたのは私ですが、実はずっと、ジーンさまの考えをお聞きしたいと思っていました。私では、飾りの皇后ではなく、呪われた皇后になる。それでもいいのですか?」
彼は、にこりと笑うと口を開いた。
「なぜあなたを推すのか、答えは一つ。ミーシャさまなら、陛下を幸せにしてくれると思ったからです」
今度はミーシャのほうが目を見開いた。
「あなたさまと直接お会いしたのは、先日陛下が倒れたときですが、私はそれ以前にエレノアさまから令嬢のことをお聞きしておりました。屋敷を抜け出し、慈善活動をしていることも調べて知っておりました」
「え?」と驚いたが、彼ならそれくらいするだろうと思いなおした。
「慈善活動と言っても、私の力は微々たるものです」
「誰かのために動くことに、大きいも小さいもないです」
ジーンはこほんと咳払いをすると続けた。
「人の力は弱く、できることは限られております。だからこそ、なにができるかではなく、なにをしたいかがまず、大事なんです。できるできないを考えるのはそのあとなんですよね。ミーシャさまは陛下の師、クレアさまの意思と心根を、引き継いでいらっしゃるとお見受けしたんです。他を想う気持ちがあり、行動できるかた。陛下の妃は、あなたさましかいない」
――私が、リアムの妃にふさわしいというの?
彼の言葉に、心が揺さぶられる気がした。ぎゅっと手を握る。
「ジーンさまのご期待に応えられるか、正直、自信はありませんが、善処しますね。陛下のために」
「はい。陛下をよろしくお願いします。未来の皇妃ミーシャさま」
「皇妃だなんて……気が早すぎます、ジーンさま。それに私は春に……、」
「では、陛下の婚約者さま。なにか入り用でしたら、遠慮なくこの者たちにお申しでください」
ジーンは外に声をかけた。
「リアムの『この身体はどうなってもかまわない』という考えを、変えて見せる!」
部屋にひとりになったミーシャは、リアムの外套をハンガーラックにかけながら、これからどうしようか考えた。
『ミーシャ。あなたにも未来があるのよ。前世の分まで幸せになって欲しい』
ふと、エレノアの言葉が頭を過ぎった。今なら少し、彼女の気持ちがわかる気がした。
前世の贖罪中の自分には幸せになる権利はないが、リアムにはある。どうしたら自分の幸せについて、前向きになってくれるだろう。
「ミーシャさま、失礼します」
部屋に入ってきたのは宰相のジーンと、侍女のライリーだった。
「すでにご承知と思いますが、夜はあなたさまのお披露目会をかねた歓迎パーティーです。ドレスや装飾品はこちらで準備させていただきました。この部屋の隣が衣装部屋です。夕刻までにご確認と、お着替えのしたくをお願いいたします」
輿入れまでの準備期間が短く、支度金はすべてグレシャー帝国が出してくれた。身一つできたため、パーティー用のドレスや装飾品は持ってきていない。
「宰相さま」
「ミーシャさま、私の呼びかたはジーンでけっこうですよ」
「では、ジーンさま。質問があります」
「はい。なんでしょうか」
「私がパーティーに出て、本当に大丈夫でしょうか?」
ジーンは笑顔を貼りつけたまま首をかしげた。
「……もしかして、出たくないと申されるおつもりですか?」
「ジーンさまはご存知ですよね? 私がここにいるのは治療が目的。春には国に帰ることを」
笑みを浮かべていた彼は真顔になった。
「はい。陛下から伺っております。あのかたの病については公にできません。ミーシャさまが婚約者ならば、陛下の傍にいても不自然じゃない」
「ただの婚約者ならば、傍にいても不思議じゃないでしょう。ですが、私は……魔女です」
「世間の魔女の評判を、心配しておられるのですか?」
こくりと、ミーシャは頷いた。
「魔女の印象をよくする契約ですが、必要以上に怯えさせ、不安を煽るようなことはしたくないです」
ジーンは下を向き、「そうですね……」と言ったあと顔をあげた。
「ミーシャさま、人は知らないものを畏れるものです。最初は好奇の目を向けられるでしょう。だけど、知ってもらわなければいつまでも変えられない。つらいでしょうが、陛下のためにどうか堪えていただきたい」
つまり、リアムのために耐えろということだ。ジーンの変わらないリアムへの忠誠心に、胸の不安が軽くなった。
――良かった。リアムの周りには、彼を慕ってくれる人たちがたくさんいる。だからこそ私は、今さら邪魔をしたくない。
「私は、人の目が怖くて、これまで引きこもっていたわけではありません。避難の言葉を浴びるのはかまわないんです。魔女はそれだけのことをしてきましたし、嫌われているのを承知でこの国にきました。私が恐れているのは、陛下の評判を落としてしまうことです。ジーンさまは一時とはいえ、本当に、私が妃でよろしいのですか?」
ジーンは、さっきよりも目を見開いた。
「母エレノアから聞いております。陛下と私の縁談を勧めたのは、ジーンさまだと」
リアムは結婚に無関心。縁談相手を探しミーシャを推したのは、目の前にいる彼だ。
「これまで会わないようにしていたのは私ですが、実はずっと、ジーンさまの考えをお聞きしたいと思っていました。私では、飾りの皇后ではなく、呪われた皇后になる。それでもいいのですか?」
彼は、にこりと笑うと口を開いた。
「なぜあなたを推すのか、答えは一つ。ミーシャさまなら、陛下を幸せにしてくれると思ったからです」
今度はミーシャのほうが目を見開いた。
「あなたさまと直接お会いしたのは、先日陛下が倒れたときですが、私はそれ以前にエレノアさまから令嬢のことをお聞きしておりました。屋敷を抜け出し、慈善活動をしていることも調べて知っておりました」
「え?」と驚いたが、彼ならそれくらいするだろうと思いなおした。
「慈善活動と言っても、私の力は微々たるものです」
「誰かのために動くことに、大きいも小さいもないです」
ジーンはこほんと咳払いをすると続けた。
「人の力は弱く、できることは限られております。だからこそ、なにができるかではなく、なにをしたいかがまず、大事なんです。できるできないを考えるのはそのあとなんですよね。ミーシャさまは陛下の師、クレアさまの意思と心根を、引き継いでいらっしゃるとお見受けしたんです。他を想う気持ちがあり、行動できるかた。陛下の妃は、あなたさましかいない」
――私が、リアムの妃にふさわしいというの?
彼の言葉に、心が揺さぶられる気がした。ぎゅっと手を握る。
「ジーンさまのご期待に応えられるか、正直、自信はありませんが、善処しますね。陛下のために」
「はい。陛下をよろしくお願いします。未来の皇妃ミーシャさま」
「皇妃だなんて……気が早すぎます、ジーンさま。それに私は春に……、」
「では、陛下の婚約者さま。なにか入り用でしたら、遠慮なくこの者たちにお申しでください」
ジーンは外に声をかけた。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

一番悪いのは誰
jun
恋愛
結婚式翌日から屋敷に帰れなかったファビオ。
ようやく帰れたのは三か月後。
愛する妻のローラにやっと会えると早る気持ちを抑えて家路を急いだ。
出迎えないローラを探そうとすると、執事が言った、
「ローラ様は先日亡くなられました」と。
何故ローラは死んだのは、帰れなかったファビオのせいなのか、それとも・・・
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました
21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。
理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。
(……ええ、そうでしょうね。私もそう思います)
王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。
当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。
「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」
貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。
だけど――
「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」
突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!?
彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。
そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。
「……あの、何かご用でしょうか?」
「決まっている。お前を迎えに来た」
――え? どういうこと?
「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」
「……?」
「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」
(いや、意味がわかりません!!)
婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、
なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください
今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。
しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。
ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。
しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。
最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。
一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる