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陛下の外套⑴
しおりを挟む――手が、冷たい。
思わず顔をあげてリアムを見た。目が合った彼は涼しい顔をしている。
クレアの石碑前にいた彼は装飾品もつけず、質素な服装をしていた。今は豪奢(ごうしゃ)な装いをしている。
白を基調とした服装で、外套も白く、やわらかそうなファーがあしらわれている。瞬時に剣を作れる彼は、帯剣していない。
十分着こんで暖かそうにしている。なのに、彼から冷たい魔力を感じた。
リアムのエスコートで大広間ホールの奥にある階段をあがる。ジーンと侍女ライリー、そして近衛兵四人を従えて、二階の回廊を進んだ。
「この部屋を使って」
南向きの明るい部屋だった。一人で使うには広すぎる。
調度品はどれも上品で高そうな物ばかりだ。天蓋つきの豪華なベッドの左右には、天井までびっしり詰まった本棚があった。難しそうな本ばかり並んでいる。
「令嬢。話がある」
大きな暖炉の前には、ゆったりと座れる長椅子《ソファー》があり、そこへ座るように勧められた。
リアムはミーシャの斜め前の椅子に座ると、壁に控えていた侍従たちを部屋からさがらせた。侍女のライリーも退室して、リアムと二人きりになった。
暖炉には薪がたくさんくべられている。なのに、部屋は寒々としていた。
「陛下。話の前に、炎の鳥を呼んでもよろしいですか?」
「好きにしていい」
ミーシャは暖炉に向かって手をかざした。赤い炎がゆらりと揺れる。鳥の形になって飛んで来た炎を、両手で受けとめた。
「寒いなら、薪を足そうか?」
「いえ、この子がいれば十分です」
リアムは炎の鳥に目を向けたがすぐに立ちあがった。コートハンガーからさっきまで身に纏っていた白い外套をつかみ、戻ってきた。ミーシャの膝にかけようとして、炎の鳥が空中へと逃げる。
「陛下、畏れ(おそれ)多いです!」
「俺には必要ないから、着ていろ」
リアムは椅子に座リなおした。
「ありがとうございます」とお礼を言ってから、ファーにそっと触れた。
『師匠。寒いならこれを着て』
小さなリアムもよく、自分が着ていた上着を脱ぎ、クレアに渡してくれた。侍従たちにも『いつも寒い思いをさせてごめんね』と、マフラーや膝かけをあげていた。
自分のせいで周りの人が凍えるのがいやだから、早く魔力を扱えるようになりたいと言っていた。
幸せだったころの記憶に触れて、思わず頬がゆるんだ。
「暖かいです。陛下はやさしいですね」
「寒い人が暖かくする。当然のことをしただけだ」
リアムは「本題だが」と話を切りだした。
「来たばかりで申しわけないが、今夜、令嬢のお披露目パーティーをする」
「はい。先日いただいたお手紙で、存じております」
ミーシャは姿勢を正し、リアムに向きなおった。
「氷の国に一応、短い春がある。半年後の春祭りの日、我々の『婚姻の儀』をおこなう予定だ。普通ならそれまでのあいだに、王家のしきたりや臣下へのあいさつ回り、王妃教育のお復習いをして過ごすが、きみはしないでいい」
婚姻の儀を結ぶまでが『白い結婚』だ。仮初めの夫婦で男女の関係はない。
「わかりました。陛下の治療に専念します」
――診察と、治療ができるのは春まで。あまり、ゆっくりはしていられない。
天井を飛びまわっている炎の鳥をミーシャは呼び戻した。
「では、さっそく治療を開始しましょう」
炎の鳥を差しだすと、リアムは目を見張った。
「今から治療をしようというのか?」
「陛下の手、とても冷たかったです。先ほど陛下から賜りました、この暖かい外套と交換です」
厚手の生地でできている外套は、冷気を遮断し体温を逃さないために纏うもの。リアムの場合は体内温度が下がっていくばかりで、保温目的の外套はあまり意味がない。
「私と別れてから一月以上経ってしまっていますし、治療の開始は早いほうがいいです」
説明しながら、いつまでも受け取らない彼の手に炎の鳥を押しつけた。
「陛下の『流氷の結界』をここに来るまでに見ました。外敵を阻む氷ですが、とても大きくそして、陛下のように美しかったです。……炎の鳥は、いかがですか?」
「ほんのり温かいが、熱くはない」
ミーシャは頷いたあと、炎の鳥をもう一羽、暖炉から呼んだ。
「精霊は、魔力がある者しか触ることができない。この子たちが、陛下の治療に効果がありそうでよかったですが、これはあくまで一時しのぎ、対処療法です。やはり一番いいのは……、」
「根本から治すには、流氷の結界を解けと言いたいんだろう? だが、前にも言ったがそれはできない」
先に言われてしまい、ミーシャは眉尻をさげた。
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