炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

碧空宇未(あおぞら うみ)

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婚約は期間限定⑴

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「令嬢は、何度手紙を出しても断ってきた。だから、ちょうど良かったんだ。妃候補を探していると体裁さえ整えば、側近たちはそれ以上騒がないから」

 ミーシャは眉をひそめた。

「つまり、婚約は私が断る前提だったということですか?」
「そうだ。だから、今回も断っていい」

 リアムは深々と頭をさげた。

「体裁のためにガーネット家を利用したことは、直接会って謝りたかった。謝罪と説明が遅くなって、すまない」

 王族で生まれながらに尊い存在の彼だが、幼いころから自分に非があれば、すぐに悔い改め詫びることができた。皇帝になった今もそこは変わっていなかった。

「謝罪はいりません。説明もできないほどに、陛下を避けて会わないようにしていたのは私です。こちらこそ、申し訳ございません」

 手紙の差出人はリアムでも、実際、婚姻の打診をしていたのは宰相のジーンだった。本人は妃を持つ気がないと聞いていたが、そのとおりのようだ。
 
 政略結婚は王家や貴族ではあたりまえ。そこに気持ちがないのは承知している。
 ミーシャは表舞台に出たがらない、引きこもり令嬢。婚約を断ってくれる相手がよかったから選ばれたのだろう。その理由に納得したが、しかし、リアムは本当にそれでいいのだろうかと疑問に思った。

「どうして、ですか?」
 
 リアムはもうすぐ二十六歳。一般男性なら適齢期だが、短命の王族としてはあまり悠長にしていられない歳だ。しかも、魔力の使いすぎによる害が身体に出ている。

「お言葉が過ぎるかもしれませんが、……妃を迎え、子を成すのは王家の務めかと」

 グレシャー帝国は極寒の国。王族は魔力によって自然に干渉し、人が住めるように天候を操作してきた歴史がある。国を維持するためにも血は絶えてはならないはずだ。

「王族の存続なら問題ない。まだ幼いが、亡き兄の遺児がいる。少し不安定だが魔力もある皇子だ。だから、俺は皇子が大きくなって王位を継ぐまでの繋ぎ。血の繋がった息子はいなくてもいい」

「陛下は、繋ぐだけで終わってはだめです」

 ミーシャは首を横に振ると、リアムに近づいた。

「先代から受け継いだものを、次世代に渡すことは大事です。でも、それだけでいいんですか?」
「なにが言いたい?」
「もっと、自分を大事にしてください」

 再会してすぐに思った。リアムは自分のことは顧みていない、度が過ぎていると。

 身を案じるものに耳を傾けず単独で敵を捕らえた。魔力を使えば症状が悪化するとわかっているのに、身体を張った無茶ばかりしている。

「無理なさらず、生きて、陛下も幸せになってください」

 切実に伝えたが、リアムは冷ややかに笑った。

「幸せ? そんなもの、俺には一生訪れない」

 彼は自分の胸に手を当てると、真剣な面持ちで言った。

「師匠の命と引き換えに生かされた命だ。師匠が自分にしてくれたように、今度は俺が人々を守る。それが、弟子として、この国の王としての役目だ」

 鋭い刃で貫かれたみたいに、胸に強い痛みが走った。

 世間はリアムのことを悪魔女を止めた英雄、最強の氷の皇帝と賞賛している。
 だからこそミーシャは、大人になった愛弟子は幸せになっていると思っていた。実際の彼は、吹雪の中をただじっと耐える狼のような目をしている。

「陛下、それは違います。陛下だって、幸せになるべきです……」
「この世で一番大事な人を俺は守れなかった。幸せになる資格なんてない」
「そんな悲しいこと言わないで!」

 炎に包まれる中、クレアは命を賭けて小さなリアムを守った。彼の幸せを願って消えた。あのとき描いた未来は、こんな形ではない。

 クレアだったころの感情がこみ上げてきて、視界が涙で歪んだ。こぼれ落ちる前にミーシャは彼に背を向けた。涙を拭い、手の中にある手紙を見つめる。

「なんで令嬢が、俺のために泣く?」
「あなたは、クレアの分も幸せになるべきだからです」

 振り向いて、まっすぐ彼の目を見る。
 両国に思惑があることも、恋愛感情の伴わない結婚だということも、最初から理解している。
 ただ一つ、リアムが自分をないがしろにしていることだけが悲しかった。

 手紙を、ぎゅっと握る。
 意を決めると机の前に移動した。羽根ペンを持つと筆を走らせる。リアムに再び近づき、手紙を差しだした。

「陛下。婚姻の申し込み、誠にありがとうございます。謹んでお受けいたします」

 ミーシャのサインが記された手紙を見て、リアムは目を見開いた。

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