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終幕の時
しおりを挟むその二ヶ月半後に白と茶が混ざった子どもが二人生まれた。今度はきちんと子宮を取り除いて貰ったので一安心だ。
また仕事が貰えるようになって乳母たちは大いに喜び、次を切望されているのがヒシヒシと伝わってくる。それを見て、もう充分だろう、と心の中で呟いた。
——あ、夕日……。
外はもう日が傾きかけている。
王宮から見える夕日も見てみたいと思い、隣に立っているアルフレッドを見上げると微笑まれた。
「ここで沈む太陽も綺麗だよ。見に行ってみない?」
まるで心を読んだような回答が来たので破顔する。
「行きたい」
手を繋いで王宮の裏手にある草原に向けて歩を進めていく。
周りが草原なのもあって、落ちていく太陽を遮るものがない。濃いオレンジ色に、ピンクを混ぜた空の色が特徴的だった。
「色合いが異なるんだな」
「季節的なものもあるけどね。今の時期は空がピンクに染まる。これもこれで良いでしょ?」
「ああ、最高に良い。綺麗だ」
笑いをこぼしたアルフレッドの隣で、地平線から夕日が見えなくなるまで眺めていた。
不意に視線を上げると、アルフレッドがまた遠くを見つけるようにボンヤリしている。
「アルフ?」
「ボーっとしちゃってた。ごめんね。体冷えちゃうからそろそろ戻ろうか」
「そうだな」
俯いて視線を落とす。手を引かれて部屋の中に戻った。
——また聞きそびれた。
ダイニング部分に設置されているソファーに対面で腰掛けてアルフレッドを見つめる。聞くなら今しかないと思った。
「アルフ、お前本当に今幸せか?」
「どうかしたの?」
逆に問いかけられる。
言い難いのもあったが、意を決して口を開く。
「僕はお前と会えて、お前を好きになれて良かったし、契約の事を切り離しても、これからもずっとこのままお前だけを見ていたいと思っている」
少し俯きがちに言って視線を伏せた直後、アルフレッドの体がソファーの背もたれ部分に倒れる。
「本当にエドって俺を落とすの得意だよね。俺は後何回エドに落とされたらいいのかな?」
——何の話だ……。
相変わらず変な男だ。
「わっ!」
近付いてきたアルフレッドにソファーの上に押し倒されて口付けられる。戯れ付くようなキスの嵐が擽ったくて肩を竦めた。
「ねえ、自分がどれだけ俺に愛されてるかちゃんと分かってる? 三回振られてもエドを追っかけたくらいだよ? 逃げたくなっても逃がしてやれないから、心配するならそっちを心配しときなよ。エドが俯きながら視線を落とす時って大抵何かしら不安を抱えてる時だよね? 何かあったの?」
お互い考えている事は同じらしい。
「そうなのか……? 気が付いていなかった。じゃあ言うけど、アルフの気持ちに比べたら僕の気持ちはまだ足りないか? 僕はアルフが思ってる以上にアルフを愛しているつもりなんだが、伝えられていないか? 伝わらないか? お前は僕の心配ばかりするけれど、不安そうな顔をするのはアルフの方だって気が付いているか?」
珍しく沈黙が流れる。
アルフレッドが体を起こしてソファーに腰掛け直した。
「愛してるよアルフ。だからもっと安心してくれると嬉しい。こんな言葉だけじゃお前は満足出来ないか? 僕はお前の為なら何でもしたい。何かあるなら言ってくれ」
逸らされているので顔は見えない。それでも髪の隙間から見えた首元や耳が赤いのを見て鑑みるに、照れているのは一目瞭然だった。
「う……ごめん。さすがに照れくさすぎたな。気持ちを伝えるのは難しい」
アルフレッドの熱が伝染する。
こっちまで気恥ずかしくなってきて、片手の甲を顔に当てて自らの顔を隠す。
「不安というか、俺はどこまでエドを愛していいのか量り兼ねてる……ていうのが正しいかな」
本音を吐露させる事に成功したようだ。表情を崩してアルフレッドの頭に手を乗せた。
「遠慮要らないんだけどな。アルフになら何でも許せるよ」
「それ! だから分からなくなるの! エドは執着だとか偏愛だとかに慣れ過ぎてるとこあるからさ。俺はあの人らみたいにならないように気をつけてるんだけど、一緒に居れば居る程エドって中毒性増すから、このまま加減が出来なくていつか同じようになってしまったらどうしようって考えてる。エドには幸せになって欲しいけど、実際エドが俺以外の誰かを好きになったら契約通りに本当に離してあげられるのかな……。それが怖い」
——ああ、だからか……。
それこそ心配無用である。アルフレッドは義母や公爵とは根本的に違う。
「アルフはちゃんと僕を人として扱って、僕の意見を聞いてくれるだろ。意思も尊重してくれる。先ずそこから全然違うんだ。僕からすれば、何でそこで悩んでいるのかが分からない。お前はあの人らみたいにはならない。僕が保証する。それにアルフには離して欲しくない」
言い切るとアルフレッドが瞬き一つせずにこちらを見た。
「何で俺の妃はこんなにカッコいいんだろうね。そういう男前なとこ本当に大好き」
「アルフもだろ。いざという時はお前以上に頼れる男は居ない。信用しているし、信頼もしている」
上体を起こして座り直す。アルフレッドの首に両腕を回して抱きついた。
いつだって自分を見つけて引っ張り上げて、目が眩むくらいの世界へと手を引いてくれるのはアルフレッドだ。
窮地に駆けつけて救い出してくれるのもただ一人。これからもずっとそうあって欲しい。
「もっと貪欲でいてくれ、僕だけの王子様。僕はアルフには愛されて独占されたい」
目を細めて幸せそうに笑ったアルフレッドに誓いの口付けを贈る。
「僕にも要望があったらちゃんと言葉にして欲しい。察してくれは無しの方向で頼む。察する能力は僕には備わっていない。あれは分からない」
「エドは俺の隣で生きて息してるだけで充分だよ?」
久しぶりに思いっきり顔を顰めた。
「…………」
「エドっ、俺ら夫婦だよね? 何でまたその顔なの? いや、これはこれで最高なんだけどさ」
ブハッと笑いを溢される。
「お前は僕をダメ妃にでもしたいのか? いつか暴動が起きるぞ。それで良いなら足組んで玉座にでも座ってやる」
「似合いすぎて笑える」
ケラケラを腹を抱えて笑い出したアルフレッドを見て、笑みを浮かべた。
——お前は笑い上戸なくらいがちょうどいいよ。
本人に告げると拗ねそうなので、何も言わずに微笑んでみせた。
【了】
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