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魔女の契約刻印
しおりを挟む「エド……ごめん。ちょっとだけ我慢してて。ディーラさん、エドを見ててくれる?」
喋り終えるなり、アルフレッドは口を開いて呪文を唱え始めた。
「βκί κα ίΰξίνπβίκι κα ηδβγί άιξςΰν θΰ……」
——これ……っ。
何をしようとしているのか瞬時に理解出来て、詠唱を破棄してアルフレッドに認識阻害魔法をかける。
「ξΰνάλγδή βάοΰ!」
メガルト公爵の周りに四角い結界ができ、全ての面に発光した扉が現れて開いていく。光属性の高難易度の攻撃呪文だった。
上下左右から発せられた光が全てを溶かしつくし、やがてメガルト公爵の絶叫と共に扉が閉じる。その場所には何も残っていなかった。
アルフレッドが振り返って膝を地につける。
「時間がないから良く聞いてエド。刻印は消す事は出来ないけど、契約主が居なくなると……上書き出来る。だから、俺と……っ、俺と契約を……」
言い難そうにした後、俯いてしまったアルフレッドに手を伸ばして頬を撫でる。
散々契約に振り回されてきた自分を見ているから言い難いのだろう。
下手を打てば人族と獣人族との間で戦争が起きた可能性もあったのに、アルフレッドは迷いなくメガルト公爵を消し飛ばした。
「良いよ。アルフなら……っ、良いよ。僕に、刻んでくれ。お前が何かを……するのが分かってて、認識阻害魔法をかけた僕も同罪だ。一緒に背負わせ……て、欲しい」
驚いたようにアルフレッドが目を瞠る。その瞳は動揺して揺れていた。
「ありがとうエド……ずっと愛してる。エドの気持ちが続くまででいい。エドも俺だけを愛してて。エドの気持ちが俺から離れた時は、契約だけが消滅する。俺がエドに求めるのは、これだけでいい」
随分と優しい契約内容を聞いて、微かに笑みを浮かべる。アルフレッドらしい……。
「契約を、呑む。僕の……ご主人様」
アルフレッドが指先を噛み切って刻印に触れた。魔法力と共に体の中に流れ込んできた事により、魔女の契約刻印の形が新しく変わっていく。
互いの魔法力と血が混ざり、温かく熱を帯びたかと思えば、全身に行き渡って吸収されていった。
——体中が温かい。
心臓を握り潰されそうだった痛みも全て消えていく。また発熱に魘されるかも知れない、と思いながらゆっくりと瞬きした。
「どうして……。契約したのに発熱していない。痛みもない?」
寧ろ体調が良いくらいだった。
「前にエドが熱を出したのは、無理やり一方的な契約を押し付けられたせいだよ。ちゃんと調べて分かったんだけど、本来魔女の契約刻印は互いの意思の確認をした後に、命をかけて誓い合う為だけの物だった。形は友情、愛情、忠誠と様々だけど。それを途中から悪用されるようになっただけだ」
「そうだったのか」
嫌なイメージしかなかっただけに意外だった。
初めにこちらの意思を確認してくれたのはその為か……。浮かない顔をしたままのアルフレッドに口付ける。
「アルフとの契約なら僕は嬉しく思う。こうしてくれなければ僕は死んでいた。この子たちも道連れにならなくて良かった。感謝してもし足りないくらいだ」
焦れたディーラに足で軽く払われてワープゲートの中に入らされる。気が付いたら、獣人族の国へと着いていた。
6
二ヶ月後。
獣人族の国でアルフレッドの妃として正式に迎え入れられ、出産までの間は王宮で暮らす事になっていた。
ディーラは魔法薬で体を小さくし、普通の動物のように王宮の前にある草原で遊んでいる。近くに行って首に腕を伸ばして抱きつく。
伸び伸びと暮らしているようで、こちらとしても嬉しく思えた。また走り出した姿を見て笑みを浮かべる。
——今度、古代獣人族の言葉を教えて貰おう。
ディーラと話をしてみたかった。
駆け回って満足したのか、目の前にやってきたディーラの頭を撫でてから、王宮内の大広間に一緒に戻る。そこにはアルフレッドもいた。
「エドウィン様、正式な衣装決めは出産後になさいましょう。今はお色合わせだけさせてください」
「お願いします」
官人や女官に色々な種類の生地を体に当てられ、また別の色も試される。アルフレッドとの結婚式だと思うと面映い。
「アルフはどっちが良いと思う? 僕はお前が選んだ物を身に纏いたい」
目の前に何種類かの装飾品や衣装を並べてみせる。ショッピングをしていた時にも思ったが、アルフレッドは即決即断タイプだ。
「ふふ、こっちかな? エドには俺の色合いの白と赤を中心とした物を着て欲しいから」
「なら、そうする」
「エドなら絶対似合うよ」
結婚式自体は後ほど王宮内のみでの宴の予定が既に組まれている。
どんなものなのか今から気になって仕方ない。その前に出産だ。
王宮お抱えの医療魔法師の元できちんと受診し、四人という多胎だったのもあり、見事なまでに男女、白と薄茶色の子に分かれた。
短期間での出産となる獣人族は産まれるまでに百日もかからない。四人となれば期間も少し早まって産まれてくる。その為、人族の子と比べると大きさもなく、体長二十センチもないくらいだ。
産まれてからの成長速度は著しく早くて、人族の二歳児くらいの大きさまではあっという間に育つ。そこからは人族とも変わらない歳の取り方をしていく。
産まれてまだ数日しか経っていない我が子たちに手を伸ばす。親の愛情というものは知らない。どう接して良いのか悩む。
魔法力の訓練を受けるまでは魂現化している状態なので、小さな耳と尻尾が愛らしくて手を伸ばす。頭を撫でて一人ずつ腕の中に囲う。
——可愛い……。
視覚から与えられる萌えの破壊力も凄まじい。
「エドウィン様、わたくし達が代わりますよ?」
乳母と女官や官人に、楽しそうな表情で微笑まれた。
「ほらエド、あとは任せて部屋に戻るよ」
乳母に混ざって癒しの空間を兼ねた育児を楽しんでいると、アルフレッドが姿を現した。
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