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メガルト公爵

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 秘密を打ち明ける人も、相談に乗ってくれる人も、頼れる人も居ない。

 ——なら、どうしたら良いっ!?

 それにこれから体や体調に変化があるかもしれないし、聡い人にはその時点で気付かれてしまうだろう。

 ——アルフはこの事を知らなかったのか?

 知っていた可能性を考えて否とする。
 アルフレッドは知っていて隠すような男じゃない。深く知った彼は、根は真面目で真っ直ぐで誠実な男だった。

 ——どうする?

 隠し通せるものじゃない。
 震える手の動きを宥めるように擦り合わせて、勢いよく立ち上がった。
 本棚から本を取り出して獣人族について書かれている本がないか漁る。何冊も手に取って、目次に視線を走らせて行くがどこにもない。そもそも生態自体は気にもして来なかった。
 結婚は卒業後との話ではあるものの、退学されてしまった今となれば早められるだろう。

 ——バレたら、殺されてしまう。

 また本を手に取って目次を追う。
 何処にも書かれていない。気がつけば、大きな本棚が空っぽになるくらいの本を調べていた。

「ごめんな……僕が悪い」

 腹に向けて小さく呟いて、力無く床に座り込んだ。
 扉がノックされてハッと我に返る。詠唱破棄した魔法で本を片付け終えてから「はい」と返事した。

「エドウィン、メガルト公爵様がいらしたわ。きちんとした服に着替えてからリビングにいらっしゃい。そんな服、貴方には似合わないわよ」

 今日この家に帰って来たばかりで訪ねてくるとは思いもしていなかった。

 ——どうしてここに……?

 考えているよりも事態はずっと早く進展している。否、この見計らったようなタイミングの良さはどう考えてもおかしい。メガルト公爵邸からこの家まで車で三時間はかかる筈だ。
 一つの可能性に行きあたる。

 ——そういう事か。

 まだ時間があると自由を謳歌していた自分が滑稽すぎて、乾いた笑いがこぼれた。

 ——初めっから……約束なんて守る気はなかったんだ。

 どうして今頃気が付いたのだろう。
 ミドルスクールに通う他人の体に、無断で一方的な魔女の契約刻印を押すような男が、二回り以上も年下の子どもと交わした口約束なんて守るわけがなかった。義母も同じだ。

 約束を破って罰せられるのは自分だけで、口でした約束をしたほうは何の制限も受けない。
 書面上の縛りが無ければ守る義理もないのだろう。
 魔女の契約刻印だけを気にしていた自分が馬鹿みたいだ。そんな物の為に何度もアルフレッドを傷付けてしまった。

「分かりました」

 動揺を悟られないように、無表情を取り繕って返事をするなりクローゼットを開けて、何着もある同じ白いシャツを着て黒のズボンに履き替えた。

「アルフ、ごめん。僕が悪かった」

 振り回すだけ振り回して、結局はその手を離して捨てた。たくさん傷付けてしまった。
 アルフレッドの事を思いやっていたつもりだったのに、本当に〝つもり〟だけで終わっていたようだ。

 自分が情けなくて、アルフレッドに申し訳なくて、目の奥から熱い物が込み上げてきそうになって上を向く。
 義母が出て行ったのを確認してから、脱いだ服もアクセサリーも縮小魔法と認識阻害魔法をかけて鞄の中にしまい込んだ。

 ——アルフから貰った物は何一つ奪われたくない。

 大切な思い出が詰まった宝物たちだ。
 階段を降りてリビングに行く。
 ローテーブル用に設置された濃い茶色の彫刻ソファーには、義母とメガルト公爵が対面して腰を下ろしていた。
 中肉中背のパッとしない見目だが、身なりは小綺麗にしていて紳士には見える。
 死んだ魚のような無機質で冷たい瞳をしていなければ……。

 ——アルフとは大違いだ。

 あんなに情熱と意欲と魅力に溢れた瞳をする男に出会った事がない。

「ほらエド、ご挨拶なさい」

 近くまで足早に進んでいき、先に淡々と告げられた指示を無視して口を開く。

「お義母様、メガルト公爵様、一つお聞かせ下さい。あなたたちは初めっから僕との約束を反故にする気でいたんですね?」

 やれやれと言わんばかりにため息をついた義母は「それがどうかしたの?」と悪びれもせずに口にした。

「そうですか。メガルト公爵様、態々僕に刻印をきざんだ理由はどうしてですか? まだミドルスクールだった僕に固執した理由はいったい何だったんですか? 貴方にとって、僕に何の利用価値が?」

 掌をテーブルに叩きつけて義母が立ち上がる。

「失礼でしょう、エドウィン! 謝罪なさい!」
「失礼……? は、どっちがっ!?」

 また乾いた笑いが込み上げてくる。
 人を人とも思わない行動は失礼じゃないのか? 人の意思を無視して禁呪を施すのは失礼じゃないのか? 人との約束を無視し反故にするのは失礼じゃないのか?

「勝手に僕に理想を押し付けるな! ウンザリだ! 僕はあなた達の金稼ぎの為の道具じゃない!!」

 初めて言いたい事を全てぶち撒けると、緊張と怒りで脳酸素が足りなくなって眩暈がした。

「ほう、単なるお飾りだった人形が随分と変わったものだな。やれやれ、せっかくこれまではオブラートに包んであげていたというのに……」

 メガルト公爵が立ち上がって怠慢な動作で近くまで歩いて来た。

「少し前までキメラという生き物に興味があってね。見せ物小屋に売られていた黒い魔獣と人間を掛け合わせて作ったという見目麗しい青年に偶然出会ったのが始まりだったよ」

 ——何の話だ?

 言わんとしている事が分からない。続きを促すように、メガルト公爵と視線を合わせた。


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