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ごめん、アルフ
しおりを挟む「人魚族の国も、お前が住む獣人族の国も……僕には思い出深い場所になった。眩しすぎて楽しくて……っ、お前と一緒に来れて良かった。ありがとうアルフ。でもお前をあの人に会わせたくないんだ。お前が貶されようものなら……僕は耐えきれそうにない」
「同じだよ!」
一度言葉を切ってアルフレッドがすぐに続ける。
「俺も同じだよ! エドが奴隷みたいに扱われてるのを知ってるのに、俺が何も思わないとでも思ってんのっ!?」
——僕の為に涙を流す奴なんて、この先どれだけ月日が経とうと、もう出会えないだろうな。
それでもどうしようもない。
自分は単なる学生で、何の権力も持ち得ない。
このまま退学となれば卒業と共に取得出来た筈の魔法師の資格さえも無くなる。
何の為に頑張ってきて、何の為に生きているのかさえ分からない。取り柄さえも無くなってしまう。
アルフレッドに会えた事だけが、人生においての唯一の奇跡だった。
「お前が僕の為に、僕の代わりに泣いてくれたから、僕はとても幸せなんだよ」
自分が嫌いだ。何も感じないフリをして、何も言わずに穏便に過ごしている自分が嫌いだ。
やりたい事はあるのに動力源を自ら砕いて捨てている。そして今も、最後の最後まで何も告げずにサヨナラをしようとしている。この世で一番自分が嫌いだ。
下手に想いを告げて縋りついてアルフレッドを縛り付けてしまうより、黙って解放するほうを選んだ。
「κλΰι ογάο ίκκν 〝ήκπιοντ κα έΰάξοθΰι〟ηκιβδοπίΰ〝32.9899〟ηάίδοπίΰ〝〆81.9912〟……ξηΰΰλ」
「エド、何でっ!」
王宮の経度と緯度を確認して指定し、獣人族の国への扉を開いた直後、追ってこられない様にアルフレッドには眠りの魔法をかけた。
魔法力の込め具合にもよるが、丸一日眠りにつくくらいの力を注いでいる。
「さようなら、アルフ。お前と出会えて良かった。どうか僕なんて忘れて幸せになって欲しい」
表情筋を緩めて、無理やり微笑みを浮かべた。
「エ、ド……待って……、クソ……っ!」
眠気に抗いながらも、やがて沈黙したアルフレッドを空に浮かせて、その唇に口付ける。
「たくさん良くしてくれたのに、こんな終わり方でごめんな。僕はお前が……好きだったよ、アルフ」
もし何かあった時の為に、外部から攻撃されない様に防御壁で彼の身を包み込んだ。
ワープゲートにアルフレッドの体を押し込んですぐに扉を閉じる。それから、大学院へ戻る為のワープゲートも作り出した。
『魔法力を全く使わない時に使うんだよ。この小物の蓋を開いて魔法力を流していくと吸い込んでくれる。そうやって貯蓄していくの。開くか壊すかすれば魔法力が逆流してくるから自動的に魔法力を自分に戻せる。だから皆いざという時の為に持っている場合が大きいかな』
さっきお揃いで買った貝殻の形をした畜力器を見つめながら、アルフレッドの言葉を頭の中で再生させる。
——いざという時、か。
蓋を開いた。
魔法力の九割をその中に流して蓋を閉じると、ズボンのポケットにしまいこむ。
悪あがきとせめてもの抵抗の証。家に戻されるときっと魔法力を制限する枷をつけられてしまうから、アルフレッドが買ってくれたこの貝殻に希望を封じ込めた。
ワープゲートを潜り抜けて大学院へと戻る。大広間につくなり、足早に進んで人族の寮へと移った。
部屋の扉を開けると中には義母が椅子に腰掛けていて、表情を酷く歪ませていた。
近くにあるゴミ箱に視線を向ける。その中には、想像していた通りに無惨に切り捨てられた服が入っていて、思わず眉間に皺を寄せた。
「獣人族の王子とうつつを抜かしているそうね」
目の前に以前教室に貼られていたアルフレッドとのキス写真をばら撒かれる。
「公衆の面前ではしたない。その上獣人族の王宮に外泊だなんて。貴方には婚約者がいるのよ? 穢らわしいにも程があるわ! 恥を知りなさい!」
口早に罵られて、心の奥底から冷えて行くのが分かった。
怒鳴られている内容は分かるが、何と言われようともアルフレッドとの関係だけは後悔はしていないし、悪くも言われたくない。とても大切で最高の時間だった。
グッと拳を握りしめる。
「彼は何も悪くありません……僕が頼んだだけです」
「口ごたえするなんて一体何のつもりなの!? もう退学手続きは済ませました。今すぐここを出るわよ。準備なさい」
目の前に革製の茶色いトランクケースを置かれて促された。無言で手にして、留め金になっているベルトを外す。
「エドウィン! 返事さえも出来なくなってしまったの!?」
「……分かりました」
怠慢な動作でトランクケースに荷物を詰めて行く。
ゴミ箱に捨ててあったアルフレッドが買ってくれた服も靴も全てを袋に詰めて荷物と一緒にしまった。
部屋を出て大広間へ行くと、同じクラスのウィルソンが慌てて駆け寄ってきた。
合同授業で真っ先に声を掛けてくれた男だ。
あんな最悪な空気感だったにも拘らずに、話しかけてくれた彼にはとても感謝している。
「クラーク君! 辞めちゃうって本当なんですか!?」
引き止めるように腕を掴まれ、それを笑みで返した。
「うん。ウィルソン、合同授業で声を掛けてくれた時、本当はとても嬉しかったんだ。ありがとう」
二~三会話して、手を振って別れる。先を歩いている義母の数歩後ろをトランクケースを持ってついていく。
「いい気味」
すれ違い様に悪態を突かれて振り返るとそこにはアルフレッドとの写真をばら撒いた男が立っていて、尻目に嘲笑される。
逡巡していた物事は前者でもあり後者でもあったのかもしれない。
「良かったな思い通りになって。これで気は済んだだろ」
足も止めずに言い放って、その場を後にした。
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