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退学
しおりを挟む絶望的だ。資金はどうやって調達したのか問いただされるかもしれない。
それならまだ良い。アルフレッドに何か罰のようなものを与えるのではないかと思うと、気が気じゃなくなる。
——アルフレッドの事だけは何も言われたくない。
服の胸元を握りしめた。
「待って下さい……っ、それじゃ約束が違っ……」
言い終わらない内に通話を切られてしまい愕然とする。
駄目だ。聞く耳さえ持って貰えない。本当にこのまま大学院を辞めさせられてしまう。
——どうしよう……っ、嫌だ。
動揺を隠せずにいるのを見透かされたのか、背後からアルフレッドに抱きしめられた。
「アルフ……。僕……大学院……っ、辞めさせられてしまう。ごめん、お前が買ってくれた服も……見つかってしまった。きっと今頃捨てられている。今すぐ帰らなければならなくなった……お義母様が、退学の件で大学院まで来ているようなんだ」
上手く力の入らない手でアルフレッドの服を握る。昨日まで感じていた幸福感とは正反対で、今はドン底にいた。
自分に残されたただでさえも短い時間だったのに、一瞬でゼロになってしまった。
アルフレッドに捧げると約束したのに、叶わなくなってしまう。申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。
「いや、だ。辞めたく……ない。何で……っ、まだ時間はあったのに……何で」
通常、外泊届けを出せば大学院側から保護者に連絡が行く事はない。入学式に貰った資料にはそう書かれていた。
それなのに連絡が入ったとなれば第三者から伝えられているか、自分には伝えずに予め大学院側と交渉されている。この場合、後者の可能性が高い。
——どうする? どうする!?
硬く目を瞑る。胃が痛い。眩暈がする。働かない思考回路で逡巡する。
義母に反抗する手立ても意思も持てる気がしない。今まで許されもしなかったし、引き取られて来てからはずっと支配下にいた。
「エド、俺が話をつけるから会わせて」
人の話に耳を傾ける相手ならば頼っていたかも知れない。
でも、義母は人の意見を聞くタイプではない。いつも高圧的で自分が一番正しいと思い、他人を支配下に置いて乏しめなければ気が済まない人だ。
アルフレッドにだけは嫌な思いをさせたくない。
「ダメだ。お前に迷惑をかけたくない! お義母様が誰かの話に耳を傾けた試しもない!」
「いいよ。それでも行く。俺にも行く理由があるから」
アルフレッドの声音は静かだった。それを不思議に思い、問いかける。
「何で、だ?」
「獣人族には運命の相手と呼んでいる番がいる。俺はエドがそうだとずっと思っていた。エドを抱いた時、間違いないと確信した。だから絶対誰にも渡さない。例え番じゃなくても、エドは誰にも渡したくない。こうして傷付いても欲しくない」
抱きしめられる腕に力をこめられる。
そうであれば自分としても嬉しく思う。アルフレッドと一緒に居たかった。
「例えアルフが説得出来たとしても、現実的に考えて今の状況じゃアルフと一緒になるのは無理だ。見せただろ? 僕には魔女の契約刻印がきざまれている。公爵を選んでアルフと死別するか、アルフを選んだ直後に死別するかの二択しかない。今の僕らには未来がない。それに大学院も今日で退学させられてしまうから、家に戻ったらどっちみちアルフとは会えなくなる。僕は昔から図書館や本屋以外への外出は禁止されているんだ。家の中でも部屋からは出ないように行動も制限されている。mgフォンさえも持つ許可を与えられた試しがない!」
吐き出すように告げるとアルフレッドが痛々しそうに眉間に皺を寄せて、痛みを堪える表情を作る。
たった数秒の間なのに、十分は経過した気になった。忘れてくれ、と言おうとすると先にアルフレッドが口を開いた。
「契約刻印は何とか出来るかも知れない。王宮にこもっていた時に、契約刻印について書かれている古い書物を見つけたんだ。今は古代文字を習いながら、訳するのも手伝って貰っているとこだよ」
アルフレッドの言葉を聞いて、息を止めた。
自分の知らないところで、どうにかしようと動いてくれている事に驚きを隠せない。
同時に、やはりアルフレッドは関わらせてはいけないと頭の中で警鐘音が鳴り響いているような気にもなった。
「え、そうなのか……? 僕も前に言った通りに何度か消そうとしてみたんだ。だけどそんな方法は何処にもなかったぞ。古代書物なら……いや、いい。ダメだ。このままここに居ても、お義母様の機嫌を損ねるだけだ。僕は一旦大学院に戻る」
諦めた筈だった。もう全て捨ててしまえると思っていた。なのに期間が早まっただけでこんなにも苦しい。全然諦めきれていないと痛感させられた。
心残りがあるとすれば、アルフレッドの事だ。
「アルフ……っ」
離れたくない。この手も離したくない。このままずっと側にいたかった。
どうして契約刻印の相手がアルフレッドじゃなかったんだろう。
こんなにも楽しくて心が躍る世界があったなんて知らなかった。
——僕はアルフと眩しい世界をずっと一緒に見ていたかった。
これからももっと共に感じていたいと願ってしまう。その気持ちを振り切るように、掴んでいたアルフレッドの服から無理やり己の手を離した。
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