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何であんな奴の為に全て捨てちゃうの!?
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「……ド、……、大……夫?」
誰かの声で重い瞼を押し上げる。
「アル……フ?」
ぼんやりしている視界にアルフレッドの姿が映し出された気がして、何度か瞬きを繰り返す。
——どうして、アルフがここにいるんだろう。
頭痛が酷くて頭が回らないので、直ぐに考える事を放棄した。
「夢……」
「違うよ。夢じゃない。熱が高いから医療魔法師に様子を見に行って欲しいって言われたんだよ。あと、薬も持たされた。時間をおいて何度も扉を叩いたけど返事がないから、緊急時用の鍵を貸して貰ったんだ。勝手に入ってごめんね」
医療室から借りて来たのか簡易的な医療用のキャビネットが持ち込まれていて、上に水差しと薬が乗っていた。
ガラス扉の中には防腐魔法がかけられた果物が入っている。
「何か食べれそう?」
緩く首を振ると、上半身を起こされて薬を飲まされた。
「水はここに置いておくね。俺が居るとゆっくり休めないと思うからもう行くよ」
「アル、フ……」
離れて行こうとするアルフレッドの腕を掴んだ。
「何か欲しいものあった?」
小さく首を振る。
「一緒に……いて……欲しい…………寂しい」
——もう、一人は嫌だ。
手の甲で頬を撫でられ、それが気持ち良くて掴んでいる手の力を抜く。
「良いよ。エドがもういいって言うまで、ずっとここに居るから安心して休んで?」
ありがとう、と言いたかったけれど意識はどんどん薄れて行って、アルフレッドの姿すら見えなくなってしまった。
熱が下がったのは翌日の昼近くだった。
目を覚ますと何故か上半身裸のアルフレッドに抱きしめられていて、状況を把握するのに時間を要した。
一緒にいてくれと頼んだのは覚えているが、ほぼ寝ていたからその後の記憶がどうも曖昧だ。
良く見れば服も着替えさせられている。体の不快感がないのを考えると、汗をかく度に着替えさせられたのだろう。
——もしかして、本当にずっと看病してくれていたのか?
胸の中がむず痒いような、嬉しいような妙な感覚に囚われてしまい苦笑した。
アルフレッドが隣にいる事に慣れすぎている。またそれが安心感と共に居心地の良さを伴っていて正直参った。
——こんな筈じゃなかったんだけどな……。
自由で、軽薄そうに見えるのに本当は情に厚くて優しい。何もかもソッと包み込んでくれる彼に惹かれているのだと思う。力のない笑みを浮かべる。
——どうしてこうなった?
初めて彼と関わった時に何度も繰り返していた言葉は、今じゃ違う意味になっていた。
手を伸ばしてアルフレッドの頬に触れる。胸の奥に込み上げてきそうになる熱い想いを必死に押し殺した。
アルフレッドを部屋まで呼びに行き、弟をセフレだと勘違いして気持ちを揺さぶられた時に気がついてしまった。知らない方が良かった。
——アルフが好きだ。
全身白をまとった綺麗な男。今ではこうして隣に気配を感じるだけで心をかき乱される。
——この時間がずっと続けばいいのに……。
許されない想いが膨らんでまた胸が苦しくなった。
思考を切り替えるようにmgフォンを取り出して額に押し当てると平熱に戻っていた。
風邪を移していないか不安になり、アルフレッドの額にもmgフォンをかざす。平熱だったので安心した。
「エド、熱下がった?」
白くて長いまつ毛が揺れて、アルフレッドの形の良い瞼の奥から上質なルビーが覗く。
アルフレッドの頬に当てていた手をずらして、こめかみあたりをゆっくり撫で下ろした。
「ああ。お陰様で下がったよ。引き止めて悪かった。ありがとう、アルフレッド」
「ねえ、それさ……何でまた呼び方をアルフレッドに戻すの? アルフって呼んでくれてたでしょ」
返答に詰まる。自分の中で線引きをしたかった。
アルフレッドと親しくなるにつれて、自分の知らなかった感情を引き出されてしまうから、それが怖くなったと言えば笑われるだろうか。
今更な話だと自分でも失笑しか出ない。
恐らくは近付きすぎた。心を許してしまったのだと思う。でもそれだけはあってはならなかった。
「お前といると……僕は楽しいんだ」
聞こえるか聞こえないか分からないくらいの小声で呟くと、アルフレッドが不思議そうな表情をした。
「それで良いんじゃないの?」
体を起こしたアルフレッドの大きな手で、手を包み込まれる。
「ダメだろ。お前の存在が僕の中で育つ度に、前の生活に戻れなくなりそうで怖いんだ。だからもう線引きしたい。熱が出てたからかも知れないけど、アルフが側に居ないのが寂しくて、隣にいて欲しくて、つい引き止めてしまった。授業があったのに我儘を言って悪かった。初めは苦手でしかなかったのに、今はお前の側は居心地良すぎて困る。どうしてだろうな……」
その感情の名前は知っているのに誤魔化した。視線は合わせずに落として、肩を竦めて笑ってみせる。
今感じている全ての感情を受け入れるのは、自分が弱くなる気がしてとても抵抗がある。
一層の事全て何もなかった事にして、何も感じなかった日々に戻りたかった。
今まで見えていなかった世界が輝かしくて目が眩んでいる。
知りたいと思う事もたくさん増えていて心の中に困惑が生じている。
アルフレッドともっと色んな事をして、色んな所へ行って、色んな経験や体験がしたいと、彼と同じ自由を求めてしまう。
望んだとしても叶わないのに……。
今はそれがとても怖い。
「長々と悪かった。シャワー浴びてくる。お前も着替える必要があるだろ? もう部屋に戻っても大丈夫だ。側に居てくれてありがとう。今からでも間に合うから一緒に授業を受けよう。魔法防衛術学の授業も好きなんだ」
包み込まれている手から逃れて離れようとすると、いち早く動いたアルフレッドに腕を掴まれた。
「エド、本当にこのまま卒業して嫁に行くの? 家の中に閉じ込められたままで平気なの? いくら公爵とは言え、あんな酷い性癖持ったイカれた男に全て捧げるの? ねえ、何でっ!? あの男の結婚歴知ってる? 二十七回だよ!! その全てが相手の不審死になってる。そんなに凄い魔法力を持っていて、これからの可能性も無限大にあるのに、何であんな奴の為に捨てちゃうのっ!?」
「調べたのか……」
「当たり前でしょ! 心配にならない方がおかしいよ!」
耳が痛い。アルフレッドの言葉は理解は出来るけれど、己は選べる立場にない。潮時だ。
バレたくはなかったけれど、アルフレッドとはちゃんと向き合いたかった。
「僕も調べたから知っている。アルフレッド、これが何か分かるか? ——ήάιήΰηηάοδκι」
認識阻害魔法を解いて、シャツのボタンを外して胸元を曝け出す。
「何でそんなとこに認識阻害魔法……え?」
赤黒い色の魔法陣は、直接肌に刻み込まれているものだ。命を賭すゆえに、今は禁呪魔法に指定されている。
ずっとこの契約刻印に戒められていて動けない。
ミドルスクールに通っていた時に勝手に浮き出てきて、その時に出た痛みと高熱には一人っきりで三日三晩苦しめられた。
契約など一切交わしていないし、誰とも会話すらしていなかったのに、どうして自分にこんな物が記されているのか分からなくて困惑した。
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