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気付きと「ふぁ!?」

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「取り込み中に邪魔して悪い。帰る。さっきのは忘れてくれ」
「待ってエド。誤解してるから!」
「いや、いいよ。その子放っておいたら可哀想だろ」

 背を向けて歩き出した所で腕を掴まれた。

「待てって!」

 アルフレッドらしくない強い口調に少し驚く。
 掴まれた腕を離そうと力を込めるも、全然離して貰えない。それに何故か苛々している。胸の奥が騒ついて仕方ない。

「ねえ、何で怒ってるの?」
「怒ってない」

 否、訳の分からない苛立ちと嫌悪感が膨れ上がっている。
 しかし、初めて抱いたこの感情をどう説明して良いのかが分からない。また、誤魔化す術も持ち合わせていない。
 湧き上がってくる感情は、目を背けたくなるくらいに醜くて、心の奥に澱んで溜まっていく気がした。

「怒ってるじゃん。それに何でそんな泣きそうな顔するの? そんな顔されると期待しちゃうんだけど?」

 苛つきが酷くなり、全身を行き渡って行く。

「別にそんな顔はしていない……っ! 離してくれ!」
「嫌だ。絶対離さない」

 腕を弾き返そうとしたが、逆にもっと強く掴まれてしまった。痛みに顔を顰めた時だった。

「アルフ……、ふあっ!?」

 視界に入って来た物体の破壊力に、妙な声が出た。
 アルフレッドの背後から顔を覗かせた男の頭を注視する。

「すみません。いつも兄がお世話になっております。弟のロジェ・ティルバーンです! エドウィン君ですよね? 会いたかったので嬉しいです!」

 ——兄、だと?

 そんな事よりも、男の頭の上でピコピコと動いている丸みを帯びた三角の耳が可愛くてガン見する。

「……耳」

 ついさっきまで怒っていたのも忘れ、手を伸ばして両手で耳を掴んだ。

「おれ未熟者なんで興奮すると耳出ちゃうんですよね~」

 恥ずかしそうにペロリと舌を出された。

「モフモフ……」
「えーと。エド?」

 状況を把握出来ていないような二人の視線がこちらに向いている。

「フワフワ……。か、かわ……」

 駄目だ。我慢出来そうになかった。

「かわ?」
「可愛い! 耳、耳がある! 尻尾は? 尻尾もあるのか?」

 テンションが一気に上がったお陰で腹の奥がむず痒い。

「ありますよ~」

 ユラユラと揺らめく長い尻尾で顔をこそぐられ、あまりのフワフワ加減と気持ち良さに眩暈がした。
 これこそ獣人族。こんなにも可愛らしい物を隠すなんて勿体無い。夢にまで見たケモ耳と尻尾が今目の前で顕現している。もう虜だった。

「可愛い」
「エド……」

 アルフレッドからの睨むような視線を浴びながらも、全て無視して弟のロジェを抱きしめた。

「……」
「ふはーっ、アルフにいの顔がマジ過ぎて笑えるっ。ね、羨ましい? おれの事羨ましい?」

 ロジェがアルフレッドを指差してケタケタと笑っている。

「ロジェ、本当に邪魔。お前今すぐ帰ってくれない……?」
「弟に妬くなよ。やばい、無い腹筋使ったからお腹痛い。その前に何で廊下? 部屋入らないの?」

 ——笑い上戸なのは家系なのか。

 ケモ耳弟のロジェを愛でる。

「間違いを起こすといけないから中には入らないって決めている」
「間違いって、え……まさかアルフ兄がまだ手を出していないの? 嘘だろ!?」

 ロジェがアルフレッドを凝視していた。
 出会った当時は無節操なイメージしか無かったから同意見ではある。

「ロジェ黙ってて。次喋ったら尻尾の毛毟るから」
「毟る……っ? こんなに可愛いのにダメだ!」

 条件反射的に声を上げると、アルフレッドが額に手を当てて眉間に皺を寄せた。

「エドはちょっと口を閉じてて」
「嫌だ。耳と尻尾……可愛い。噛みたい……これ噛んでみてもいいか?」
「「え? 噛む!?」」

 身の危険を感じたのか、ロジェが飛び退いてアルフレッドの後ろに隠れる。

「アルフ……僕のモフモフを返してくれ」

 真剣な表情で言うとアルフレッドが項垂れながら口を開く。

「エド、俺も獣人族っての忘れてない?」
「アルフには耳も尻尾もついていない。あったらずっと抱きついたままモフっている」
「え、マジで? 俺も出そうかな……」
「アルフの毛は柔らかさ加減がとても好ましいからな。むしろ僕は触ったまま存分に愛でたい」
「それいいかも」

 剣呑とした空気が消え、アルフレッドの周囲に花が飛ぶ。
 元々の毛並みも上質な絹糸みたいなのだ。これが耳と尻尾に反映されるとなると、触ると物凄く気持ち良さそうなのに……残念過ぎる。

「ふはーーーっ、アルフ兄がっ、尻に敷かれて……ッいる! まさかの展開!!」

 笑い過ぎてロジェが倒れた。アルフレッドが無言でロジェを踏みつけている。

「まあ、それは冗談だよ……ていうか、ついてないのは当たり前。俺たち獣人族にとって耳と尻尾を出すのは、前も言ったように自衛の意味もあるけどさ、その前に丸裸で歩いてるようなものだからね。魂現化って呼ばれてる。ロジェは未熟者だからたまにこうして出ちゃうだけ。普段は俺みたいに隠しているよ。ほら、見て?」

 立ち上がってアルフレッドの後ろから顔を出したロジェが、色素の薄い茶色の髪の毛を覗かせた。もう耳も尻尾も無くなっていたので落胆を隠せない。

「僕のモフモフは居なくなったから帰る……」

 迷いなく背中を向けて廊下を歩き出すと、慌てて追いかけてきたアルフレッドに腕をとられた。

「待って、待って。ねえエド。今日はどうしてここまで来てくれたの? 俺的にはエドから此処に来てくれたのが凄い嬉しかったんだけど?」

 本来の目的を思い出して外に視線を向ける。もうすっかり陽が落ちていて夕日は見えなくなっていた。
 代わりに大きな月が空に浮かび始めている。
 これはこれでアルフレッドみたいで綺麗だが、今回の目的は夕日だったので気持ちが萎んだ。

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