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飛行実技の授業とアルフへのお礼

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「大丈夫だから、下は向かずにちゃんと前見ててね」

 少し重みと何かの気配が加わったと思ったら、箒の後ろにアルフレッドが一緒に跨っていた。

「え? え……アルフ……おい……やめろ」

 さすがにこれは想定外だった。
 腹に手を回されて、箒を握っている手も上から重ねられる。

「俺が居るって言ったでしょ? エドが大好きな見た事もない世界を見せてあげるよ」
「待て……お前何する気だ?」

 嫌な予感しかしない。体が強張って、箒を握る手にも力が籠る。
 耳元で何度も「怖くない」「大丈夫」と囁かれて手をさすられている内に、恐怖心を凌いでまた安堵感が増していく。トクリと心臓が温かい音を奏でた。

「まだ怖い?」
「いや、さっきより……怖くない」
「良かった。なら行こうか」
「行く?」

 何処へ? と問う前に呪文を紡がれる。

「αητ」

 アルフレッドの飛行呪文と共に、箒がもっと高く浮かび上がり前方に進んでいく。

「ひっ!」

 今下を見てしまうと気を失ってしまいそうで……、アルフレッドに言われた通りに前方にある景色だけを見つめた。

「ほらエド、海が見えて来た! 海に浮かんで見える王冠のようなものは人魚族の国への出入り口だよ。あそこから中に入って海中深く進んでいくんだ」
「あれが、人魚族の国……」

 透明な海水を固形化させて作ったような王冠型の城が、光を受けてキラキラと輝いている。
 空の色を吸収して深い青色に見える海面は、天気が良いからかとても穏やかで緩やかな波しか立っていなかった。

「ワープゲートを通らなくても、こうして箒で行けるんだよ」

 下を見ていても不思議と恐怖心が湧かなくなっている。アルフレッドが一緒にいるというのが大きい。
 癪だが、彼がいると楽しさの方が上回ってくるからだ。

「海中に神殿みたいな物が見える。海中都市というよりも海底に沈んだ古代遺跡みたいだ。興味深い。綺麗だな!」

 興奮を隠しきれずに言うと、アルフレッドが微かに笑む声が聞こえた。

「これはこうして箒で飛ばなきゃ見れない景色だから、箒は魔法師に欠かせない道具だよ。ねえ、少しは箒で飛ぶのも楽しめた? 今度一緒に人魚族の国も行こうね」

 楽しめたどころか、これから箒に乗るのが少しだけ楽しくなりそうだ。
 怖いという固定観念を覆されて興味のある物事へと変換される。

「いいのか?」
「もちろん。恋人でしょ、俺たち」

 ——卒業するまでの短い期間だけれど。

 胸の奥が少し騒ついた気がした。

「楽しみにしている」

 初めの頃は、こうしてアルフレッドと一緒に過ごす時間が楽しくなるとは思いもしていなかった。
 その後、大学院に戻るとしこたま怒られたが、心の中は晴れ晴れとしていた。
 
 





 少しでも何かお返しがしたくて、夕食が済んだ後にアルフレッドと二人で人族寮の南側にある森に来ていた。
 位置的には寮の裏手に当たる。
 此処には始めっから木が生えていなかったのか結構広い原っぱがあり、たまに魔法の練習に使っていた。

「へえ、人族の寮にはこんなとこがあるんだ」
「うん。アルフって古の時代に住んでいたかもしれないと言われている生き物を知っているか? 空想上の生き物と言った方がいいかな」

 問いかけるとキョトンとした表情をされた。

「ううん。教科書でなら見たかな」
「良かった。じゃあ、見ててくれ。デートのお礼だ」

 制御装置を外して水属性の呪文を唱えていく。
 結構な水量が必要になるので、出来るだけたくさん生成した。そしてここから別の呪文に切り替える。

「ςάοΰν ίνάβκι」

 空高くまで上がった水柱が巨大な龍の姿を模っていく。水で出来ているので無色透明な胴体を揺らめかせてみせた。

 流石に本物は創り出せはしないけれど、こうして魔法で構築した物質を自分の意思で動かすのは容易い。
 左右に移動させて、上下にも移動させる。アルフレッドが瞬きもせずに見つめていた。

「人族に伝わっている龍という生き物だ。僕も絵本や図鑑でしか見ていない。空想上の生き物だと言われてもいるけど、どうしてもお前と見たかったから此処で練習したんだ。存在しないのなら、自分で創ってしまえばいいと思った」
「ていうか、創るって発想が凄いよね。さすがチート様。ねえ、今度創る時は俺も呼んでよ。これってさ、触れないの? こんな生き物初めて見た!」

 些か興奮気味に聞いてきたアルフレッドを見て表情を緩める。

「これはただの水だから、触った瞬間ずぶ濡れになるぞ」
「そうなの? 乗りたかった。あ、それならさ、俺が浮遊魔法使いながら、この子の表面をコーティングすればいけるんじゃない?」
「コーティング……」

 少し嫌な予感がした。

 ——この流れって……まさかとは思うが僕も乗らされるのか?

「水中に沈まないように、足場になる龍の頭の表面をコーティングして乗る。後は浮遊魔法で何とかなるでしょ」

 アルフレッドの瞳がキラキラと輝きだす。
 もう予感どころか不安しかなかった。大滝の冷や汗が背を伝っていく。

「アルフ……本当に乗るつもりか?」
「当たり前でしょ。こんな面白い機会を俺が逃すと思う?」

 子供のように瞳を輝かせて意気揚々と言われる。
 アルフレッドを見ていると、微笑ましい気持ちもあるが、更に冷や汗が出た。正直まだ高い所は苦手だ。

「ほら、エドも乗るよ!」

 ——無理!

 逃げ出そうとしていたというのに、腕を掴まれてしまい動けなかった。

「アルフ、そろそろ風呂の時間だ。僕は帰る……「乗ったらね」……うぅ」

 ヒョイっと軽々と横抱きにされてしまう。
 コーティングを完成させたアルフレッドが、箒なしで空を舞うと龍の上に降り立った。


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