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エドの秘密1・続(僕には有っても必要のないものなんだ)

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「ちょっと来て、エド!」

 何も見なかったフリをしていて欲しかったが、そうはいかなかったみたいだ。
 全ての授業が終わってから、図書室へいそいそと逃げ出そうとした所で腕を掴まれてしまった。

「僕は調べ物があるから図書室へ行きたいんだが……」
「毎日行ってるでしょ!」

 足早に歩き出したアルフレッドに無理やり引き摺られる。
 そのまま獣人族の寮へと連れて行かれ、アルフレッドの部屋の中へと押し込まれた。
 テーブルを挟んで正面から向き合う。

「何、今日の? 何でそんな力を隠してるわけ!?」
「僕には有っても必要の無いものだからな……」
「は? 何言ってるの。魔法師だったら誰もが憧れるチート級の魔法量でしょ!」

 意味が分からないといった表情を向けられて、視線を落とした。

「そうだな……魔法師を目指すならそうなんだろうな……」

 気が付けば義母の支配下にいて、自己主張さえも許されなかった。許されたのは『分かりました』と言って頷く事だけだった。
 そんな日々の中で、初めて魔法量測定方法を知り、試した所、自分にも誇れるものがあるのだと思って嬉しかった。
 今はそうじゃない。

「どういう意味? 魔法師になりたいからこの大学院に来てるんじゃないの?」

 今日自分の身代わりに目立たせてしまったのもあって、アルフレッドには詫びを兼ねて真実を述べる為に口を開く。

「隠す程の話でもないから言うが、僕は卒業したらすぐに嫁がされる。家同士の結婚だ。嫁は外出もせずに夫の帰りだけを待ち続けて待機……そんな奇妙な家なんだよ。魔法師としての僕は一切求められていない。寧ろ魔法を使って逃げださないように、制御装置の枷をつけられると思う。だから、大学院で目立つ行動をして、魔法量の件で家に連絡がいくのは避けたい。人族は他の種族と比べて平均魔法力量が低いからな。注目されれば逆に自主退学もさせられ兼ねないんだ。大学院生活は、僕に与えられた最初で最後の自由時間だ。だから奪われたく……」

 喋っている途中で、いつの間にか移動してきていたアルフレッドに思いっきり抱きしめられてしまい、何が起こっているのか分からずに対応に困った。

「何で?」
「何でと言われても、本当はハイスクールを卒業した後と言われていたけど、この大学院に通えるのなら構わないと僕から提示した。仕方ないだろ?」
「違う! 何でそんな平然としてんのか聞いてんの! 嫌なら断ればいいでしょ!」

 強い口調で言われ、逆にこちらが吃ってしまいそうになる。

「嫌……というか……。確かに僕にも夢はあったけど、願える立場にない。僕は元々捨てられていた施設育ちの奴隷みたいなものだったんだ。今の家族も本当の家族じゃない。まともな衣食住と教育を受けさせて貰えただけでもありがたいんだよ」

 痛々しげに表情を歪めた後で、アルフレッドがため息を吐き出す。

 ——まあ、もっと話せない事情はあるが。

 それについては触れなかった。

「じゃあもう俺も我慢しない。これからエドをめちゃくちゃ振り回す」
「どうしてそうなった?」

 音となって心の声が溢れる。
 この男は本当に意味が分からない。順を追ってたどり着く思考回路の過程が三つほど飛んで進んでいる。
 それに振り回すも振り回さないも、アルフレッドには既に振り回されてばかりだ。

「エドに置かれている状況は大体分かった。俺には、とやかく言う資格も権利もない。だから俺は代わりに色んな世界をエドに叩き込む!」
「いや、だから意味が分からない。その前にいい加減離してくれ。苦しい」

 厚い胸板を押し続けるが、アルフレッドはピクリともしない。それどころかもっと力強く抱きしめられて、首元に顔を埋められてしまった。

「嫌だ。離さない。エドは分からなくていいよ。とりあえず明日の休みはデート行くからね?」
「はあ?」

 本当に意味が分からない。
 アルフレッドと関わり合うようになってから、何度目になるか分からないくらいの「どうしてこうなった?」が頭の中でオンパレードしている。
 帰って寝よう。迎えに来てもそのまま居留守を使えばいい。

「エド逃げそうだから、このまま俺の部屋にお泊まりコースね」
「無理だ」

 これには即答した。
 他人の部屋で、誰かと一緒に寝る自分は想像も出来ない。

「無理じゃない。エドさ、嫁に行くんでしょ? 他人の家で誰かと同じ時を過ごすのに慣れなきゃいけないんじゃないの?」

 ご尤もではある。
 しかし、アルフレッドの部屋に泊まるのとは別問題だ。

「婚約者とはそんな親密な関係じゃないから気を遣ってくれなくても大丈夫だ。会ったのも一度っきりだった。それに、あの人は憂さ晴らしの暴力を振るうくらいしか僕に興味がないだろう。そもそも趣味の生物研究が忙しくて、殆ど家に帰って来ないと聞いている」

 体を離されて凝視された。

「何で……そんな奴のとこに嫁に行くの?」
「相手は各種族内でも有名な公爵家だからな。後ろ盾に公爵家を引き込みたかったんだろう。僕は金と引き換えにされる商品だ」

 地の果てまで届きそうなくらいに大きなため息をつかれる。

「さっきから何なんだよ」
「人族に攻撃したら兄貴たち怒るかな……足一本くらいなら何も言わないよねきっと……でもどうせなら頭からいきたいかな」

 息を吐く様に物騒な事を言い出したアルフレッドの頭を叩いた。

 ——コイツ、意外とお節介なんだな。

「僕の為とか思ってるのならやめてくれ。もう覚悟は出来ているし、同情もごめんだ。というわけで帰……「帰さないよ?」……」

 またがっしりと抱きしめられる。

 ——何故僕に固執する?

 理解不能だ。

「明日デートだって言ったでしょ? ねえ、ご飯食べたら今日は大浴場でも行こうか? 俺行ったことないんだよね。わー、友人と風呂なんて楽しみだね!」
「友人じゃなくてクラスメイトだ!」
「ほらほら、早く行くよ」

 ——ああ、もう好きにしてくれ……。

 行くなんて一言も言っていないのに、アルフレッドの一人芝居だけで決定してしまった。
 大人数での風呂なんて行った事もないし、これまでは行きたいとも思わなかった。


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