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最終話、華守人に戻る時
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しおりを挟む皆が働く宣言をしてから、一か月が経っていた。
朝陽はと言うと、会社には未だに言えずにいる。まさか己が絶滅したはずの第二の性別を持っていて、しかも現在妊娠しているとは言えない。過去にαやβ、Ωの存在がこの世にあった事すら知らないだろう。言った所で通じるのだろうかという思いがあった。
「赤嶺、家そのまま住みたいからちゃんとした契約書が欲しいんだけどいいか?」
「分かった。詳細はPDFにして送るよ」
「助かるよ。よろしくな」
家の件があってからというもの赤嶺と同僚以上友人未満といった関係を築けている。こんなに良好な対人関係は初めてで、朝陽は少し嬉しかった。
生活がめちゃくちゃ充実している。心の奥が温かくなった。
「朝陽、ほれこれも沢山食べろ」
夜食の後、朝陽の前にニギハヤヒが果物のたくさん入った籠を置いた。まるで病院の見舞いのような代物に目を瞬かせる。
「どうしたんだ、これ」
「神社に腰掛けていたら、供え物をされてしまってな。どうも儂が視えておるようだ」
「お供え……っ‼︎」
朝陽は思わず吹き出してしまう。しかし、有難いのは有難い。
「ここんとこ果物がやたら美味いんだよな」
朝陽は礼を言って、かぶり付いた。
「そうだろう。そうだろう」
それとは別に、番たちが働く意欲を見せているので、どこか安心も出来ている。
「そういえば今日も慣らしとして、人間になって将門と街を徘徊していたんだが、○○組という所から勧誘されたぞ」
ニギハヤヒのセリフに将門が続ける。
「ああ。すぐ幹部になれるとか言われたな」
「それ絶対駄目なやつだからやめてっ⁉︎」
ニギハヤヒと将門が不思議そうな顔で朝陽を見る。
「何だ、仕事ではないのか」
この番たちに普通の仕事が務まるのか、と急に不安になってきた朝陽は項垂れた。
「私と晴明とオロは、芸能界に入りませんか? て何度か声をかけられたよ。朝陽が選んでくれた服のお陰だね」
「確かに」
晴明が頷きながら茶を啜る。朝陽肯定botが増えていた。
「そりゃどうも」
将門の服を朝陽が買ってきているのを知り、皆朝陽に選ばせるようになっている。
朝陽が其々に似合いそうな服をネットで探して買い与えると、全員嬉々として出かけていき、どうやったのか戸籍まで取って来た。
恐ろしいので手段は聞いていない。
「ああ。それなら儂らも声をかけられたな」
「連絡先聞かれたけど私達スマホ持ってないからね。適当に名刺だけ貰って引き上げたよ」
これ、と皆が持っていた名刺を無造作に床の上に落とす。苗字と電話番号しか記載されていない名刺はソッと捨てた。
「凄いな、この数」
殆どが芸能関係の名刺だったので、驚きと共にどこか納得する。
αだけあり全員身長もあれば顔面偏差値も異様に高い。
其々が独特なカリスマ性を持っていた。この番達の事は欲目を抜きにしても世の中の男女は放っておかないだろう。目が眩んで痛いくらいなのは朝陽とて理解していたが、ここまで注目されるとは思ってもみなかった。
だけど、何故だろう。現実でそうなると胸の内がモヤッとした気がして、朝陽は心臓を押さえた。
「どうかしたのか、朝陽?」
将門に無理やり後ろを向かされて顔を覗き込まれる。
「いや、何でもない」
初めて嫉妬という感情を抱くが、朝陽はまだ理解していない。説明出来ずに首を傾げたまま口を閉じた。
——何か、息苦しい。
既視感のありすぎる体の重さに朝陽が薄く目を開く。
またベッドの周りに全員大集合しているのが分かり、無理やり寝てしまおうと横向きに体勢を変えてまた目を閉じた。
「あーさーひー。起きてんの知ってんだからね」
無視を決め込む。
ベッドに寝かされているという事は、皆と話をした後に、いつの間にか寝ていたのだろう。運んでくれた事には感謝して、ついでにこのまま寝かせて貰えれば、この上なく満足である。
しかし、彼らが引くわけがなかった。
「成る程。睡眠姦とやらが癖になってしまったか。仕方ないのう」
ニギハヤヒからの不穏な言葉に、朝陽の肩が僅かに揺れる。
「すいみんかん、て何?」
「寝ている間に犯す事だ」
——おい、ニギハヤヒ。オロに変な事を教えんな!
「ふーん。じゃあ朝陽が寝てても食べちゃっていいんだね」
オロの弾んだ声に冷や汗が流れてくる。それに続いて将門が、ニヤつきを隠せない声音で囁いた。
「どうやら俺たちは、新たな性癖を開拓してしまったようだな」
——してねえよ!
「そういえば射精管理も覚えさせる約束だったね」
——晴明が口走っただけだろ!
「それなら私尿道プラグも取ってくるよ」
——キュウは本当にやりそうだ……。
危険どころじゃないほどの身の危険を察知した。
「やめろっ‼︎ ああもう! 起きるっ起きてる! そんなの覚えた気も、これから覚える気もないし、使ってたまるか‼︎」
「おはよう朝陽」
「……はよ」
朝陽は上体を起こしてスマホを点灯させる。まだ午後九時を少し超えたくらいの時間帯だった。
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