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第七話、暗転と亀裂
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朝陽の病室に入れ違いで入ってきたのは博嗣だった。
「やれやれ、お前が階段から落ちて大怪我をしたと言われたから急いで駆けつけたというに、まさか孫の痴話喧嘩を見せられるとはのう」
聞こえてきた声に、首ごと傾けていた視線を上げる。朝陽を見て、博嗣は呆れたようにため息をついた。
「馬鹿者。そんな顔をして泣くくらいなら初めっから許してやれば良かっただろう?」
引き寄せられて頭を抱え込まれ、その後で髪をすかれる。体を離した博嗣に向けて、朝陽は口を開いた。
「誰も、許せる気が……しねーんだわ。何で俺って……こんなんなんだろな。バカ……みたいだ」
普段とは違う気弱な声が本音を紡ぐ。過去の記憶が朝陽を臆病にさせていた。
「アヤツらが許せんのなら、代わりに他人を許してやれん自分を許してやれ。朝陽お前には必要な事じゃ。自分に厳しすぎる。傷付くだけならまだしも、何でお前が悪い事をしたような顔をしておる? まあ、押し入れの中でコッソリ泣いとった頃より、人前で堂々と泣けるようになった今の方が随分とマシだがな」
「知ってたの、かよ」
筒抜けだったのは恥ずかしいが、言わずにいてくれた優しさは嬉しかった。
当時に言われていたら、逃げ場が無くなってきっと途方に暮れていた。
「じじいを侮るでないぞ」
フッと表情を崩して笑った博嗣の言葉に、朝陽もはにかんで見せる。
「さて、お前はそろそろ寝ろ。二日間は検査入院だそうじゃ。諸々の手続きもワシがしておく」
「ありがとう……。そうだ、じいさん。俺最近一軒家に引越したんだよ」
住所を紙に書いて、通勤バッグの中を漁って鍵と一緒にクレジットカードも手渡す。
「会計は全てカードでしていいから。後、和室が一階にあるからそこを使ってくれ。押し入れの中にじいさん用に買った布団も入れてる」
「ワシ用って……朝陽お前はまだ友達も作らんようにしとるのか?」
「俺にはじいさんが居る。それだけでいい」
「ワシが居なくなったらどうする気じゃ。お前ワシを成仏させん気か。本当に頑固な孫じゃ。一体誰に似たんだろか」
「じいさんに決まってるだろ。それに、じいさんが化けて出てきたら俺が祓ってやるから安心していいぞ」
「何と罰当たりな孫じゃ」
ブツブツ文句を言いながら博嗣は病室を出て行く。自分の周りに小規模な結界を張って、朝陽は目を閉じた。
◇◇◇
博嗣が朝陽の新居についたのは、もう日付けが変わろうとしている時間帯だった。
リビングに入って電気をつけた瞬間、博嗣はビクリと身を竦ませる。屍と化した朝陽の番たちが、ダイニングからリビングにかけて、そこかしこに倒れていたからだ。
「朝陽ぃ~」
「喋るな、トカゲ」
将門のツッコミを入れる声にさえ覇気がない。
「何をしとるんじゃ、お主ら」
「朝陽に嫌われちゃった……」
呆れたような博嗣の問いに、キュウが口を開く。床には『朝陽』とダイイングメッセージのような文字が霊糸で書かれていた。
「初めっから秘密にせずに答えておれば良かっただろう。何をそこまで頑なに隠しておるのじゃ? お主らが居なくなってアレは泣いておったぞ」
その言葉に全員の体が大きく震える。
「朝陽、泣いてた……っ、やだ、ボクも泣く。うわーん」
またボタボタと涙を溢し始めたオロを足蹴にしながら将門が言った。
「だから、うるっせえよ、トカゲ! 朝陽が泣く必要が何処にある?」
拒絶されたのは、ここにいる五人だ。
五人が泣く事はあっても、朝陽には泣く理由がない。
「ワシが聞きたいくらいじゃ。それにアイツは自分の事にはかなり不器用でな。そんな自分を隠す事ばかり上手くなりおって、本音は滅多に吐かんとくる。今回の事に関しては、これまでみたく流せんらしいわ。アレが人前であんな風に泣くのは初めてなんじゃないかの……いや、二回目か」
ハァッ、と博嗣がため息を溢す。
「朝陽は昔っから霊と接するのが当たり前の日常じゃった。だが、周りの連中らは視えん。いつも周りからは嘘つき呼ばわりされていてな。人間には爪弾き者にされておった。それでも友達が出来たと嬉しそうにしていた時が二度あるんじゃ。小学校に入る前後くらいが一番楽しそうだったな」
「それって……」
キュウが顔を上げて博嗣を見た。
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