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第23話、世良という男
しおりを挟む庇われたのは分かったが、碧也が反応する一瞬前に三人が空を舞って男を攻撃する。
三人の攻撃を交わし、世良は鼻歌混じりにクロスボウを人差し指でクルクルと回して遊んでいた。
「貴様、どうやって此処まで来た……」
アスモデウスの言葉に世良が薄ら笑いを浮かべる。
「エレベーターだよー。さっき外で喋ってた爺さんの後をつけてた。でも下に着くと結界があったから空間を裂いてきたってわけ。あ、爺さんね、もう用済みだから消しちゃったよ」
アスモデウスの肉厚の背に弓矢が刺さっているのが分かって、碧也が叫んだ。
「何でこんな事をする⁉︎」
至近距離で矢を受けたのもあり傷が深い。大きな血管や神経は避けられていたので安堵の吐息つく。引き抜こうとしたが抜けなかった。
「イアンっ、ロイ、ジェレミ……ッ、これどうやったら抜けるんだ⁉︎」
必死だった。
碧也の声掛けに三人の表情が忌々しげに歪む。
「私たち魔の者には天の使いの矢は抜けません。触れる事さえ出来ないんです……」
魔の者にはという事は人間である自分なら出来る筈だ。そう判断し、碧也はもう一度試してみようとナイフを手に握った。
「ごめん、アスモデウス。お前に刺さっている矢を抜きたいから少し裂くぞ」
大きな血管を避けて傷口にナイフを立て、広げた隙に引き抜く。溢れ出たものを止める為にシーツで上から圧迫した。
沸々と頭に血が昇ってくるのを抑えきれそうになかった。
「世良さん……アンタ、何しに来たんだ?」
碧也の静かな問いかけに世良と呼ばれた男は、表情を崩して綺麗に微笑んでみせた。
「ふふふ、私の可愛い弟子を救いに来たに決まってるでしょう?」
「嘘つけよ! 今オレを打とうとしてただろ! それにアンタとは一カ月間しか一緒に居なかった筈だ。当時は何も干渉して来なかったのに、何故今になって現れた⁉︎」
心底頭にきていた。
「あー、覚えてなくても無理ないか。碧也まだ小さかったしね。お前と私、何度も会ってるよ」
「は?」
全くと言って良いほど記憶に残っていない。真意を探ろうと見つめていると、ニッコリと微笑まれた。
「二十歳になった事だし、お前をアスモデウスに会わせてオメガ化させて娶る予定だったのにさ、寝取られるとか最悪だと思わない?」
目を瞠る。アスモデウスが言っていた通りだった。
「碧也に固執する理由は何だ?」
アスモデウスの言葉を聞いて、世良が口角を持ち上げる。
「お前こそ何で碧也だったの? 魔界に連れてかれたって聞いたからてっきり碧也の素性がバレたんだと思ってたのに」
「素性?」
「何だ、そっちはバレてなかったの。うわー、口滑っちゃった。天界は大騒ぎだってのにさ、良い気なもんだよね」
そう言いながらも世良の口調も態度も軽薄なものだった。
「まさか」
アスモデウスが目を見開く。
「碧也は人間と天の使いとの合いの子。人間じゃない。人間のオメガとして生まれる筈が、天の血が濃くてアルファとして生まれた稀有な存在。なのにこうして難なく魔界でも生きていけてる。意味がわからないよ。でも嫁候補として目をつけてた甲斐があるって話。その碧也に私の血を混ぜた子を産ませるとどうなると思う? アルファ+を超えるオメガが誕生するよ。狙いはそのオメガの子なんだけどね」
「成程な。お前が執着する理由はそこか」
「そう言う事。だから碧也ちょうだい?」
肩を竦めた世良がニッコリと笑んだ。
「は? アンタ何言って……」
突拍子もなく告げられ声を上げた碧也を無視して世良が再度口を開く。
「横取りされた上にあの飽きやすいアスモデウスに魔界から帰して貰えてないって聞いたから、お迎えついでの嫌がらせに来たんだよ。碧也を狙えばアスモデウスが庇うだろうなーって分かってたし。庇ってそのまま消えてくれたらラッキーみたいな感じで。ていうか、飽きるどころか相当碧也に入れ込んでるみたいだからね。悪魔を誑し込むなんて悪い子だね碧也」
ニコニコと人当たり良さそうな笑みを浮かべられる。
「ふざけんなっ!」
碧也が連続でナイフを飛ばした。
その上で自らを戒めている鎖を有効利用して、世良の上半身を絡め取る。
「碧也は見た目クールの割には頭に血がのぼりやすいよね。でもお前に暗殺術を仕込んだのは私だってこと忘れてない?」
両足を払われて体を回転させられる。絡めた筈の鎖が、逆に自分自身へ巻きつき、動けなくされた上で蹴り飛ばされた。
地に叩きつけられそうになったところを、アスモデウスに受け止められる。金属音を立てて鎖だけが床に落ちた。
「怪我はないか?」
「アスモデウスこそ傷は大丈夫なのか?」
「平気だ」
「痩せ我慢しちゃって。唯一お前の息の根を止められる武器がこのクロスボウだって事を忘れてないかい?」
その言葉に、アスモデウスが舌打ちした。
「息の根、て……?」
心臓が痛いくらいに鼓動を刻み始める。地に降りて、本体になっているアスモデウスの背中を見た。
「傷が塞がっていない? 何でだよ⁉︎」
嫌な可能性が脳裏を過った。
クロスボウで出来た傷は治せないんじゃないかとという考えに至り、心音が大きく跳ね上がる。
『俺は不死じゃない』
此処に連れて来られた時にアスモデウスに言われた言葉を思い出す。
——不死じゃないならどうなる? まさか、存在自体が消滅する……のか?
確認できる状況ではなくて、碧也は固唾を飲んでアスモデウスを見ていた。
否定されるのなら良いが、肯定されると動揺するのを隠しきれそうにない。
「碧也は俺の運命の番だ。無理やり俺から引き離すと、拒絶反応でこいつは死ぬぞ」
「運命の番。あー、成る程ね。そういう事。ちっ、ならアスモデウス、お前を確実に殺してから連れて行くとしよう。番のアルファが死ねば運命なんて関係も消える。そんな拒絶反応もすぐに無くなるさ。辛いのは少しの間の辛抱だよ碧也。頑張れるよね?」
無邪気に言ってのけた世良を信じきれない思いで見つめた。
さっきから鳥肌が治らない。
心臓が早鐘を打ち、音がたちそうなくらい全身に血液を送り出していた。
——嫌だ。……嫌だ!
そう思ったのと同時に、酷い目眩に襲われる。
「アスモデウスを、殺す……?」
吐き気も込み上げてきて、ベッド横にあるゴミ箱に顔を突っ込んだ。
拒絶反応はもう出ないものとばかり思っていたのに、何故今になって出てしまったのだろう。
——明確に、イメージが出来てしまったからか?
自己回復出来るアスモデウスの傷が未だにそのままなのは、イアンが言っていた通りなのだろう。
魔の者には天からの使いの攻撃はどうにもできない……?
——そんな理不尽があってたまるか。
心臓は忙しく脈打っているのに、体に力さえ入らずに弛緩していた。
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