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第21話、気まずさしかない

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「本当に仲良いよなお前ら」
「はい。仲良しです」
 ロイが微笑む。
「何処をどう見たら仲良く見えんだよ!」
 数日ぶりにジェレミと視線が合った。
 すると、瞬く間にジェレミの顔が赤くなり始める。かと思いきや、忽然と姿が消えた。
「アイツとアスモデウスは最近変だよな?」
「変~確かに! うわ、ガチじゃん。ジェレミあれ超ガチじゃん。ジェレミそれはやめときなよ。叶わなすぎだから。マジで救えない! 笑える!」
 ロイは倒れそうな勢いでケタケタと笑っている。
「救えないって……ジェレミどうかしたのか? 何かあったとか?」
「いえ……。物理的には何も……、くふふふ、多分今頃妄想か夢の世界に旅立っているかと……っ思われます」
 ロイが笑いを殺せずに、声を震わせて言った。
「ふーん。アイツそんな可愛いとこもあったのか」
「可愛い……っ、くふふふふ、ふははは。ダメ……っ、お腹痛い……っ」
 ロイが前のめりになってまで笑い出して、碧也は理由が分からずに一人どうしていいのか困ってしまう。
 その時だった。
「どうかしたのか?」
 ふわりと背後から抱きしめられて、突然現れたアスモデウスの腕の中に閉じ込められる。
「アスモデウス、随分と早かったな」
「あ? 何でお前ジェレミの魔力を身に纏わりつかせてる?」
「さっきまで此処に居たからな」
「こんなに匂いがつく程、近くにいたのか?」
 魔力の痕跡を辿ったのか、さっきまでジェレミの炎で焼いていた場所に視線をやり、アスモデウスは次にベッドの下を覗き込む。
 ——まずい。バレた。
「では僕はこれで失礼いたします」
 ロイが頭を下げて部屋から消えた。
「碧也、どうしてこれがベッドの下にある?」
 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、アスモデウスがバイブを手にして掲げる。
「何でだろうな?」
 極力顔に出さないように言いながら、枷にナイフを当てて切って逃げようとしていると、鎖を手繰り寄せられた。
「その枷にも俺の魔力が込められているからお前のナイフでも切れんぞ」
「アスモデウス……それはその……」
「ん? どうした? しかもこれにもジェレミの魔力の痕跡があるな。処分しようとしたか、それとも使おうとしたか……どっちだ?」
 ——最悪だ。
 何をどう答えてもお仕置きされるのが目に見えていた。ハァーッ、と深くため息をつく。
「処分しようとしてロイを呼んだら、ジェレミなら燃やせるかも知れないって言われて、それで燃やして貰ったら包んでたシーツだけ燃えて、それだけは燃えなかった……」
「ほうー。で? その割には随分と楽しそうにしてただろう?」
 正面から視線が絡む。アスモデウスから発せられているちょっとした違和感に眉根を寄せた。
「それは、ジェレミが何故か突然鼻血を出して急に居なくなって、それを見ていたロイが笑い始めた。何がそんなにツボだったのかオレにはよく分からない。アイツらに聞いてくれ」
 正直に話せばお仕置きが少しは軽くなるかも知れないと思ったのだが、口角を上げたままアスモデウスの目はちっとも笑っていなかった。
 ——何で不機嫌なんだ?
「お前、ジェレミをどう思っている?」
「はあ? どうって言われても……どうもこうもねえだろ。その前にオレはアイツに嫌われている」
「嫌われていないと仮定したら?」
 何故深追いしてまでそんな質問を受けているのか分からずに、碧也は真意を窺うようにアスモデウスを正面からジッと見据えた。
「別に何とも……。アイツはお前の部下。ただそれだけだ」
 それ以上でもそれ以下でもない。三人は同じ位置にいる。
「なら、俺は?」
 絡んだ視線の先にある意図が分からず困惑する。
「お前は……」
 言いかけてやめた。何て言っていいのか分からなくなったからだ。
「何だ?」
 一時的な運命の番。
 実質そうなのだが、言葉が喉の奥で詰まった。息がし辛くて、苦しくて仕方ない。
 ヒートの時に自分から求めて、巣まで作ってアスモデウスを誘惑した。
 しかしそれは運命の番という関係でヒート中だったからだ。
 碧也としては言及されたくない話題だったのもあって、アスモデウスから視線を逸らす。
「はぁ……、運命なんだろ?」
 ため息混じりに投げやりな言葉を口にすると、アスモデウスの不機嫌さが増した。
 肌がピリピリするくらいの怒気を放たれている。何故そんなに怒っているのか意味が分からない。
 ——何なんだよ一体。
「運命か。確かにそうだな……」
 アスモデウスが醸し出している雰囲気から察して、何に怒っているのかは推し量れはせずとも、嫉妬については何となく分かった。
 ——自分から三人を呼んでいいと言いながら嫉妬しているのか?
 そう思い、碧也は眉根を寄せてアスモデウスを睨みつけた。
「んだよ……。もしかして自分の部下を取られそうなのが嫌なのか? それなら初めっから呼んでいいなんてオレに言わなければ良かっただろ。悪かったな。もう呼ばねえよ」
 そっぽ向くと、アスモデウスに腕を取られて正面から抱きしめられる。
「質問に答えろ」
「答えてる! おかしいのはお前だ! 何で一々そんな事を確認するんだよ。単なる運命以外の何ものでもないだろっ、何なんだよ一体。勝手にオレをオメガにして此処に連れて来たのはお前だろ! オレに選択権も発言権もあるのか? 何て言って欲しいんだよ!」
 例え想い合っていたとしても、それはお互いが〝運命の番〟だから錯覚しているだけだ。
 そんなものは本当の気持ちじゃない。
 運命として惹かれているだけに過ぎず、言葉にするだけ虚しくなる。もうこれ以上考えたくもない。
「碧也」
 耳を喰まれて碧也は微かに身じろいだ。
 低く掠れた声で名を呼ばれると、心臓が暴れ出しそうになるからやめて欲しかった。
 やたら甘ったるい空気も口付けも、本当に想われているんじゃないかと勘違いしそうになる。
「アスモ、デウス」
「まあ、確かにおかしいのかもな。独占欲ばかりが増していって、どんどん余裕が無くなっている自覚はあるからな。それにお前は勘違いしている。嫉妬しているのはアイツらに対してだ。普段と違うお前の表情を見るのは俺だけでいい」
 ——何だよ、それ。
 背に腕を回すと、また耳を喰まれた。そのまま下に移動してきた唇に首筋を吸われる。
「アスモデウス、お前は……運命の番としての役割に振り回されているだけだろ。まやかしだ。そんな関係がなくなればオレには執着しない。初めに言っていた通り、一回ヤッて飽きてる」
 自分で言っておきながら胸が痛くなる。それに対してもこれはまやかしの想いだと自嘲した。
 アスモデウスに愛されている気になって、また、愛している気になっている。
 全ては運命の番だからであって、自分たちの本当の気持ちではない。バース性によって植え付けられた偽物の感情だ。
 なら、どうしてこんなにも相手の存在が近く、こんなにも愛おしく思えるのだろうか。
 運命なんて酷なだけで特別でも何でもない。
 本来の気持ちさえねじ曲げられるのなら、まだアルファとしてアスモデウスに抱かれたかった。
 その方がまだ互いの気持ちを信じられた。
 痕が残るほど何度も強く吸い付かれて、首元周辺はもう鬱血痕だらけになっているだろう。
 普段はこんな痕すら残さないのに、と思うとまた切なくて苦しくなってきた。

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