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第20話、アスモデウスの様子がおかしい……
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「碧也、少し出掛けてくる」
ヒートが明けて、一週間も経たないくらいだった。
アスモデウスの言葉で目を覚ますと、頭に口付けられた。
「仕事か?」
「ああ」
いつもなら何も言わずに出掛けていくのに、態々起こされてまで告げられ首を傾げる。
どういう風の吹き回しなのか、ヒート明けからアスモデウスが側から離れたがらないのだ。
洗面所に行って歯磨きと洗顔をしていても常にまとわり付かれている状態だ。何が楽しいのか分からない。
——急にどうしたんだコイツ。
寝室に戻って視線をやると、ベッド脇に腰掛けて人の髪の毛を弄りだした。
ヒヨコなのか親鳥なのかどっちかにして欲しいと思いつつも好きにさせている。
向けられる視線にも不必要に熱がこもっている気がして、慣れない。
ソワソワした気になり、視線を彷徨わせた。
「行かなくて……良いのか?」
「行く」
そうは言いながらも、いなくなる気配がなくて困った。
——オレにどうしろと?
正直アスモデウスが何を考えているのかさっぱりわからない。
何かして欲しい事でもあるのかと逡巡し、ヒート前に言われた『いってらっしゃいの接吻でもしてくれるのか?』という言葉を思い出してしまった。
——アレってもしかして本気だった?
暫くの間思考ごと停止する。
どうするか悩んでみたものの、埒があかなくなり、体を起こして両腕を伸ばすとアスモデウスの首に抱きついた。
「碧也?」
驚いたような声音が余りにも力がなくて苦笑する。
——らしくねえんだよ。
「この間から一体何がしたいんか分からないけど、行き渋るならオレも連れて行くか、ちゃんと一人で行くかどっちかにしろ」
静かに問いかけると抱きしめ返された。
体のラインを確かめるように手の平を這わせられて、後頭部を撫でられる。
今なら地上へと連れて行って貰えるかもしれないと思っていたのに、その考えは否定された。
「お前を地上に出す気はない」
——クソ。今さら逃げやしねえよ。
内心悪態をつく。それに、こんな己を本当に狙っている輩がいるのかも疑わしくて、ため息もつきたくなる。
「なら、行ってこいよ。いってらっしゃい」
機嫌の悪さはおくびにも出さずに言いながら軽く唇を重ねた。そこでイアンが呼びにきて、アスモデウスは渋々出掛けて行った。
——やっと行きやがった。
嘆息する。
もう一度寝るかとも考えたが、一つ思い出した事があり碧也はベッドを降りた。
実行するなら今しかない。
そう思い、ベッドに枷で繋がれながらも〝ソレ〟を手早くシーツでぐるぐる巻きにする。
——誰を呼ぼうか。
呼べるのは三人だけだ。
一番信頼をおけそうなのはイアンだが、イアンはたった今アスモデウスと出て行ったから居ない。それに居たとしてもこちらの全てを把握していそうなのが怖い。
それにアスモデウスにも話が筒抜けになりそうだった。却下だ。
ジェレミからは嫌われているから論外。また殺し合いに発展しそうだ。となれば、これもアスモデウスの耳に入り、確実にバレてしまう。却下だ。
——無難なのはロイだな。
消去法でロイに絞られた。
あまり話した事はないが、プライバシーまで干渉してこなさそうだなと碧也は一人頷く。
「ロイ!」
声を張って呼ぶと、ロイは何もない空間から降り立つようにして現れた。
「碧也様、お呼びですか?」
「此処ってシリコンとかのゴミって何処に捨てればいい?」
問いかけると、想定外の質問だったのかロイは大きく瞬きした。
「ゴミ……ですか?」
「そうだ。焼却炉とかはないよな?」
「ありませんね。捨てるとなると……毎日専属の使い魔が袋に纏めて地上へ捨てに行ってますが。僕でよければ捨てに行ってきましょうか?」
手を差し伸べられ、碧也は慌てた。
「いや。これは自分で処分したいんだ」
もし手渡して何かの拍子に中身がバレてしまうと居た堪れない。それだけは勘弁だ。
中身を悟られずに、かつ、安全に確実に処分したい。
「あ! ジェレミでしたら跡形もなく燃やせますよ。呼び寄せますか?」
——よりにもよってジェレミか……。
碧也は視線を流しながら、口を開いた。
「オレ、あいつに嫌われてるんだよな……少し前に殺りあっちまったし。呼ぶと険悪ムードになると思うぞ」
肩を落とした碧也を見てロイが笑んだ。
「うーん。僕が見ている限りでは、嫌ってはいないんじゃないかと思いますよ」
「そうなのか? まあ、オレはお前らが慕っているアスモデウスを殺そうとしてるから、気持ちは分からんでもないけど……。お前らアスモデウス大好きだろ?」
「アスモデウス様はこちらの働きに見合った報酬をきちんと下さいますからね。仁義を通す身内にはとてもお優しいですし大好きであります!」
「アスモデウスが?」
「はい! ボーナスも出ますよ!」
「まさかのホワイト企業」
——此処……魔界で、アイツ魔王だよな?
地上でもこんなホワイト企業は今は存在しないというのに。驚きを通り越して冷静にツッコミを入れてしまった。
「はい。碧也様には特に分かりやすすぎるくらいにお優しいと思いますよ。部屋を改装したり、温泉を作ったり、ここら辺の電気をつけてみたり。そんな事今まで一度も無かった事なので、毎日驚きの連続です。あんなに甘さを含んだ顔で笑うアスモデウス様も初めて見ました。少し前なんて、ジェレミは大分いびられてましたからね。くふふ、あれは楽しかったです」
「へー……」
あれはアスモデウスが企てた事だ。少しだけジェレミに同情してしまった。
——まあ、最近のアスモデウスはちょっと変だけど……。
「もしジェレミが暴走しそうになったら僕が止めます。呼んでみてください」
呼ぶか呼ばないか迷っている時間はなかった。
早くしないとこのままではアスモデウスが帰ってきてしまう。ジェレミを呼び出す為に口を開いた。
「ジェレミ!」
「ああ? 何の用だよ?」
心底面倒そうにしながらジェレミが現れる。
何処か気まずそうにしているのは、黒豹の姿だったり裸を見てしまったりアスモデウスにいびられる原因を作ったからだろうか。
碧也はジェレミに言った。
「お前の魔力でこのゴミを燃やせないか?」
碧也が両手に抱えているシーツの固まりを見つめ、ジェレミは床を指差した。
「そこに置いてみろ」
言われた通りに置くと、ジェレミが掌から出した黒い炎を放った。
煙はないのにメラメラと燃えていく。
しかし、問題はそこからだった。
シーツは燃えて無くなったが、燃えて欲しかった肝心な〝ブツ〟は焦げる事もなく、そのまま残ってしまったのだ。
「……」
「……」
「……」
三人の間に、気まずさしかない沈黙が流れた。
「あー……、成る程。そういうことでしたか。アスモデウス様の魔力が込められてますねソレ。となると、アスモデウス様以外には燃やせないかと思われます!」
ポンッと手を打ち、沈黙を破ったのはロイだった。
「……」
ジェレミは物体を凝視したままピクリとも動かない。瞬きどころか息をしているのかさえも疑わしかった。
——見られた。知られた。消えたい……。
一番望んでいなかった結末を辿ってしまい、やるせ無さが胸中を占めていく。
「う……。悪い。何でもない……今見たものは忘れてくれ。本当に、マジで忘れてくれ。記憶からも抹消して欲しい」
バイブを蹴ってベッドの下に転がす。
顔どころか全身が熱い。恥ずかしすぎて顔を上げられなかった。
「分かりました。忘れます! お役に立てずにすみません。ジェレミ行くよ……、て、鼻血出てるよジェレミ」
挙動不審ぎみに視線を泳がせているジェレミを見ていたロイが、またポンッと手を打った。
「あー。ほう~。な~る! いびられてた本当の理由も、ここんとこ様子がおかしかったのもそのせいなの。くふふふふ、かーわいそ! 面白いからイアンにも喋っちゃお!」
「ロイ、てめえな!」
揶揄い混じりの口調になったロイにジェレミが噛みつく。
いつもは大人しくアスモデウスの背後に待機しているだけだから、二人のはしゃぎ様はとても新鮮に思えた。
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