上 下
20 / 32

第20話、アスモデウスの様子がおかしい……

しおりを挟む


 ***


「碧也、少し出掛けてくる」
 ヒートが明けて、一週間も経たないくらいだった。
 アスモデウスの言葉で目を覚ますと、頭に口付けられた。
「仕事か?」
「ああ」
 いつもなら何も言わずに出掛けていくのに、態々起こされてまで告げられ首を傾げる。
 どういう風の吹き回しなのか、ヒート明けからアスモデウスが側から離れたがらないのだ。
 洗面所に行って歯磨きと洗顔をしていても常にまとわり付かれている状態だ。何が楽しいのか分からない。
 ——急にどうしたんだコイツ。
 寝室に戻って視線をやると、ベッド脇に腰掛けて人の髪の毛を弄りだした。
 ヒヨコなのか親鳥なのかどっちかにして欲しいと思いつつも好きにさせている。
 向けられる視線にも不必要に熱がこもっている気がして、慣れない。
 ソワソワした気になり、視線を彷徨わせた。
「行かなくて……良いのか?」
「行く」
 そうは言いながらも、いなくなる気配がなくて困った。
 ——オレにどうしろと?
 正直アスモデウスが何を考えているのかさっぱりわからない。
 何かして欲しい事でもあるのかと逡巡し、ヒート前に言われた『いってらっしゃいの接吻でもしてくれるのか?』という言葉を思い出してしまった。
 ——アレってもしかして本気だった?
 暫くの間思考ごと停止する。
 どうするか悩んでみたものの、埒があかなくなり、体を起こして両腕を伸ばすとアスモデウスの首に抱きついた。
「碧也?」
 驚いたような声音が余りにも力がなくて苦笑する。
 ——らしくねえんだよ。
「この間から一体何がしたいんか分からないけど、行き渋るならオレも連れて行くか、ちゃんと一人で行くかどっちかにしろ」
 静かに問いかけると抱きしめ返された。
 体のラインを確かめるように手の平を這わせられて、後頭部を撫でられる。
 今なら地上へと連れて行って貰えるかもしれないと思っていたのに、その考えは否定された。
「お前を地上に出す気はない」
 ——クソ。今さら逃げやしねえよ。
 内心悪態をつく。それに、こんな己を本当に狙っている輩がいるのかも疑わしくて、ため息もつきたくなる。
「なら、行ってこいよ。いってらっしゃい」
 機嫌の悪さはおくびにも出さずに言いながら軽く唇を重ねた。そこでイアンが呼びにきて、アスモデウスは渋々出掛けて行った。
 ——やっと行きやがった。
 嘆息する。
 もう一度寝るかとも考えたが、一つ思い出した事があり碧也はベッドを降りた。
 実行するなら今しかない。
 そう思い、ベッドに枷で繋がれながらも〝ソレ〟を手早くシーツでぐるぐる巻きにする。
 ——誰を呼ぼうか。
 呼べるのは三人だけだ。
 一番信頼をおけそうなのはイアンだが、イアンはたった今アスモデウスと出て行ったから居ない。それに居たとしてもこちらの全てを把握していそうなのが怖い。
 それにアスモデウスにも話が筒抜けになりそうだった。却下だ。
 ジェレミからは嫌われているから論外。また殺し合いに発展しそうだ。となれば、これもアスモデウスの耳に入り、確実にバレてしまう。却下だ。
 ——無難なのはロイだな。
 消去法でロイに絞られた。
 あまり話した事はないが、プライバシーまで干渉してこなさそうだなと碧也は一人頷く。
「ロイ!」
 声を張って呼ぶと、ロイは何もない空間から降り立つようにして現れた。
「碧也様、お呼びですか?」
「此処ってシリコンとかのゴミって何処に捨てればいい?」
 問いかけると、想定外の質問だったのかロイは大きく瞬きした。
「ゴミ……ですか?」
「そうだ。焼却炉とかはないよな?」
「ありませんね。捨てるとなると……毎日専属の使い魔が袋に纏めて地上へ捨てに行ってますが。僕でよければ捨てに行ってきましょうか?」
 手を差し伸べられ、碧也は慌てた。
「いや。これは自分で処分したいんだ」
 もし手渡して何かの拍子に中身がバレてしまうと居た堪れない。それだけは勘弁だ。
 中身を悟られずに、かつ、安全に確実に処分したい。
「あ! ジェレミでしたら跡形もなく燃やせますよ。呼び寄せますか?」
 ——よりにもよってジェレミか……。
 碧也は視線を流しながら、口を開いた。
「オレ、あいつに嫌われてるんだよな……少し前に殺りあっちまったし。呼ぶと険悪ムードになると思うぞ」
 肩を落とした碧也を見てロイが笑んだ。
「うーん。僕が見ている限りでは、嫌ってはいないんじゃないかと思いますよ」
「そうなのか? まあ、オレはお前らが慕っているアスモデウスを殺そうとしてるから、気持ちは分からんでもないけど……。お前らアスモデウス大好きだろ?」
「アスモデウス様はこちらの働きに見合った報酬をきちんと下さいますからね。仁義を通す身内にはとてもお優しいですし大好きであります!」
「アスモデウスが?」
「はい! ボーナスも出ますよ!」
「まさかのホワイト企業」
 ——此処……魔界で、アイツ魔王だよな?
 地上でもこんなホワイト企業は今は存在しないというのに。驚きを通り越して冷静にツッコミを入れてしまった。
「はい。碧也様には特に分かりやすすぎるくらいにお優しいと思いますよ。部屋を改装したり、温泉を作ったり、ここら辺の電気をつけてみたり。そんな事今まで一度も無かった事なので、毎日驚きの連続です。あんなに甘さを含んだ顔で笑うアスモデウス様も初めて見ました。少し前なんて、ジェレミは大分いびられてましたからね。くふふ、あれは楽しかったです」
「へー……」
 あれはアスモデウスが企てた事だ。少しだけジェレミに同情してしまった。
 ——まあ、最近のアスモデウスはちょっと変だけど……。
「もしジェレミが暴走しそうになったら僕が止めます。呼んでみてください」
 呼ぶか呼ばないか迷っている時間はなかった。
 早くしないとこのままではアスモデウスが帰ってきてしまう。ジェレミを呼び出す為に口を開いた。
「ジェレミ!」
「ああ? 何の用だよ?」
 心底面倒そうにしながらジェレミが現れる。
 何処か気まずそうにしているのは、黒豹の姿だったり裸を見てしまったりアスモデウスにいびられる原因を作ったからだろうか。
 碧也はジェレミに言った。
「お前の魔力でこのゴミを燃やせないか?」
 碧也が両手に抱えているシーツの固まりを見つめ、ジェレミは床を指差した。
「そこに置いてみろ」
 言われた通りに置くと、ジェレミが掌から出した黒い炎を放った。
 煙はないのにメラメラと燃えていく。
 しかし、問題はそこからだった。
 シーツは燃えて無くなったが、燃えて欲しかった肝心な〝ブツ〟は焦げる事もなく、そのまま残ってしまったのだ。
「……」
「……」
「……」
 三人の間に、気まずさしかない沈黙が流れた。
「あー……、成る程。そういうことでしたか。アスモデウス様の魔力が込められてますねソレ。となると、アスモデウス様以外には燃やせないかと思われます!」
 ポンッと手を打ち、沈黙を破ったのはロイだった。
「……」
 ジェレミは物体を凝視したままピクリとも動かない。瞬きどころか息をしているのかさえも疑わしかった。
 ——見られた。知られた。消えたい……。
 一番望んでいなかった結末を辿ってしまい、やるせ無さが胸中を占めていく。
「う……。悪い。何でもない……今見たものは忘れてくれ。本当に、マジで忘れてくれ。記憶からも抹消して欲しい」
 バイブを蹴ってベッドの下に転がす。
 顔どころか全身が熱い。恥ずかしすぎて顔を上げられなかった。
「分かりました。忘れます! お役に立てずにすみません。ジェレミ行くよ……、て、鼻血出てるよジェレミ」
 挙動不審ぎみに視線を泳がせているジェレミを見ていたロイが、またポンッと手を打った。
「あー。ほう~。な~る! いびられてた本当の理由も、ここんとこ様子がおかしかったのもそのせいなの。くふふふふ、かーわいそ! 面白いからイアンにも喋っちゃお!」
「ロイ、てめえな!」
 揶揄い混じりの口調になったロイにジェレミが噛みつく。
 いつもは大人しくアスモデウスの背後に待機しているだけだから、二人のはしゃぎ様はとても新鮮に思えた。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

ベータですが、運命の番だと迫られています

モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。 運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。 執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか? ベータがオメガになることはありません。 “運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり ※ムーンライトノベルズでも投稿しております

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

攻略対象の婚約者でなくても悪役令息であるというのは有効ですか

中屋沙鳥
BL
幼馴染のエリオットと結婚の約束をしていたオメガのアラステアは一抹の不安を感じながらも王都にある王立学院に入学した。そこでエリオットに冷たく突き放されたアラステアは、彼とは関わらず学院生活を送ろうと決意する。入学式で仲良くなった公爵家のローランドやその婚約者のアルフレッド第一王子、その弟のクリスティアン第三王子から自分が悪役令息だと聞かされて……?/見切り発車なのでゆっくり投稿です/オメガバースには独自解釈の視点が入ります/魔力は道具を使うのに必要な程度の設定なので物語には出てきません/設定のゆるさにはお目こぼしをお願いします/2024.11/17完結しました。この後は番外編を投稿したいと考えています。

【完結】悪妻オメガの俺、離縁されたいんだけど旦那様が溺愛してくる

古井重箱
BL
【あらすじ】劣等感が強いオメガ、レムートは父から南域に嫁ぐよう命じられる。結婚相手はヴァイゼンなる偉丈夫。見知らぬ土地で、見知らぬ男と結婚するなんて嫌だ。悪妻になろう。そして離縁されて、修道士として生きていこう。そう決意したレムートは、悪妻になるべくワガママを口にするのだが、ヴァイゼンにかえって可愛らがれる事態に。「どうすれば悪妻になれるんだ!?」レムートの試練が始まる。【注記】海のように心が広い攻(25)×気難しい美人受(18)。ラブシーンありの回には*をつけます。オメガバースの一般的な解釈から外れたところがあったらごめんなさい。更新は気まぐれです。アルファポリスとムーンライトノベルズ、pixivに投稿。

処理中です...