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第19話、ラット
しおりを挟む「碧也」
服の間から忍び込んできた手に頬を撫でられると意識は浮上した。
せっかく作った住処に穴を開けられているのが分かって、ムッと顔を顰める。
「やめ、ろ……。オレの巣を……壊すな」
手を払ってまた元に戻す。
だが、自分のセリフを頭の中で何度も反芻しているうちに目が覚めてきて、碧也は弾かれたように目を見開いた。
——は? オレの巣⁉︎
慌てて上体を起こして自分の周りを見つめる。
本体に戻っているアスモデウスが、ほんのりと赤い顔を隠すように手を当てていて、見た事もない表情をしながら段差に腰掛けている。
鼻から下を手で覆ってはいるが、耳まで赤くなっているのは照れているせいだと分かり、一気に頭の中が覚醒した。
「っ!」
こっちまで熱が伝染してくる。
ナイフで裂いてしまった身の回りにあるアスモデウスの服を全て部屋の隅っこまで持って行った。
恥ずかしくて堪らない。
「忘れて……くれ」
——何でこんな事をしてたんだ?
自分でもよく分からずに、動揺を隠し切れなくて声が震える。
いくらボンヤリしてたからとは言え、まさか自分が巣作りをするとは思いもしていなかった。
居た堪れない。
「俺の嫁が、可愛過ぎて……地上を燃やし尽くしたい」
小刻みに肩を振るわせて、顔を下に向けたアスモデウスが物騒な事を呟きはじめた。
——無理……。
羞恥に耐えられなかった。
即座に畳の間から逃げ出そうとすると、伸びてきたアスモデウスの腕に捕らわれる。
「アスモデウス、離せ! 今は無理だ!」
普段の声量の倍の音量になった。
「それこそ無理だ。諦めろ。こんな可愛い真似をされて俺が平常心を保っていられるとでも思っているのか?」
アスモデウスの声は弾んでこちらは普段より早口になっている。余計に居た堪れなくなり、腕の中で暴れまくった。
「アスモデウス……っ、頼む!」
何とか逃げ出そうと必死になる。
「碧也こっちを向け」
「それも無理だ!」
顔を見られたくない。たぶん今は一度もした事がないような、変な表情をしている自信がある。
「碧也。俺の物にお前の所有印を刻んだのか?」
「っ!」
問いかけに、ブワッと一気に体温が上がった気がした。
「ちが……っ、あれは……その……」
誤魔化す事など容易かった筈なのに、頭が回らない程の羞恥を感じていて言葉さえ上手く出て来ない。
後ろから抱きしめられて首筋に舌を這わせられる。たったそれだけの行為だったのに、性感帯を刺激されたような甘い疼きが腰の奥に生まれる。
着ていたガウンを取り除かれて「ひっ」と悲鳴めいた声が出た。
——体がおかしい。
必要以上に感じてしまい、正直戸惑った。
体がこんな状態で抱かれたら、普段以上に耐え切れそうにない。力一杯抵抗してみたもののアスモデウスはビクともしなかった。
「アスモデウス、今は嫌……っ、んん!」
無理やり振り向かされる。
唇を塞がれて最後まで喋れなくなった。
漸く唇を離されて、近距離から見つめられる。
かつてない程に欲と熱情を孕んだ目をしたアスモデウスがいて、碧也は目を瞠った。
初めてオメガになった時みたいに、全身を雷に打たれる。
「碧也、俺の番」
アスモデウスがラットに入っていた。
「アスモデウス……お前……っ」
気恥ずかしいのに視線さえ逸せなくて近距離で見つめ合う。
荒い吐息をついたアスモデウスにまた口付けられた後で腕の中に閉じ込められた。
「碧也、早く俺だけのものになれ。お前の全てを俺に寄越せ。俺だけを求めろ」
——バカだな……お前のそれは運命としての本能だ。
何故か胸が痛んで嫌な音を立てた。
一向に力が緩められないアスモデウスの腕の中で、ラットに誘発され治ってきていた筈のヒートで頭がフワフワしてきていた。
——オレまでバカになりそうだ……。
否、アスモデウスに乱されている。
熱烈に正面から求められるのがこんなに心地良くて嬉しいものだなんて思わなかった。
目の前にある逞しい首に両腕を巻き付ける。
「オレも、アスモデウス……お前が欲しい」
言葉が口をついて出た。
本物の心が欲しい……と続けそうになった言葉は無理やり飲み込む。
今ならヒートだからと誤魔化せそうだが、言葉にすると自分の中で後戻り出来る自信がない。だからオメガとしての本能とすり替えた。
「お前が欲しい。オレを、孕ませろ」
今はただ目の前にいる男が欲しくて堪らなかった。
全身全霊かけて己が欲しいと示してくるのを見ていると、どうしようもなく胸が踊った。
もっと求めろ。もっと貪欲に。己だけを欲してその瞳に映して欲しい。
過去に捨てた筈の感情が何処からともなく溢れ出てきて止まらなくなった。
「アスモデウス」
この男の視界に映るのは生涯己だけでいい。
けれどこちらの本心には気付かれてはいけない。
「お前はオレのだ。——オレの〝アルファ〟」
「アルファだから……惹かれているだけか?」
自嘲気味に笑んだアスモデウスから逃れるように自ら口付けた。
——偽の感情に振り回された、お前の傷つく顔は見たくない。
話題を変えたくて、無理やり逸らす。
「腹ん中……切ない。中……欲しい」
性欲に話題をすり替えると、後孔の中をかき混ぜられた。指が出入りし、受け入れる準備を施される。
「ん、んっ、あ」
「碧也、ちゃんと孕めよ」
声には出さずに小さく頷く。
服を寛げ、対面座位で中に押し入ってくる熱の塊を受け入れる為に、体の力を抜いていく。それでも挿入時の異物感は無くならずに、碧也は肩で呼吸を整えた。
「アスモデウス……っ、早く……」
「慣れるまで待て。裂けるぞ」
幾度となく口付けられ、首筋を甘噛みされる。
——そんな気遣い、今まで一度も見せた事ないくせに……。
切なさに胸を締め付けられた。
慣れたのを見計らったように律動され、碧也の口からは嬌声が紡がれる。
互いを望んで……また求めて行われた行為は、碧也のヒートが終わるまで続けられた。
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