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第4話、オメガバースのはじまり
しおりを挟む「なら、手っ取り早く分かるようにしてやろう。俺を見ていろ」
突如空気が揺れた。
目の前からおどろおどろしいくらいのプレッシャーが身を刺してくる。
息をするのも戸惑うくらいの圧が放たれていて、碧也は固唾を飲んで正宗を注視した。
正宗の気配や姿が変化していく。
耳が細長く伸びて先端が尖り、筋肉量は更に増して、身長も二十センチ以上は伸びた。
髪の毛は肩下付近まで伸びたかと思えば、頭に羊のような円を描いた太くて大きな黒い角が生える。
右肩に雄牛、左肩に雄羊の模様が現れた。
腹の部分をぐるりと囲むように、骨の大蛇らしき模様が描かれている。この様子では背中にもありそうだ。
「——っ!」
流石に想定外すぎて、碧也はベッドの上を飛び退いて床の上で身構える。
「俺が担っているのは、七つの大罪の一つ〝色欲〟だ」
「アスモ……デウス」
「ほう、知っていたか」
確か異国に伝わる魔王のうちの一人だ。
人ですらなかったとか笑えない。
道理でどれだけ探ろうとデータが何一つ出てこなかったわけだ。
理由が分かり眉根を寄せる。それと同時にコードネームの件も理解した。
アスモデウスなら確かにAだ。
妙に腑に落ちたのと同時に、本当に此処からはもう出られないのかも知れないと考えた。そして少し前の会話を思い出す。
「待て……第二の性別の話をしていたな。まさか、アルファにお前のような人外が紛れ込んでいるというのか?」
問いかけると正宗……アスモデウスがニヤリと笑みを浮かべた。
「やはり察しがいいな。正しくはアルファ+と呼ばれる者たち全てが俺のような人外だ。その他のアルファとベータは元々が普通の人間、そしてオメガは人外と人間の間にしか生まれない。希少だと言われるのは着床率の低さゆえだろな。そのオメガから生まれるのが普通の人間の遺伝子を持つAランクまでのアルファだ。人外の血は引き継がれ難い。そしてアルファ+は自然には生まれん。元々存在している俺たちのような悪魔や魔族、天の使い、妖が人間のふりをして紛れ込んでいる」
——特殊能力を持っているのもその為か。
納得はしたものの到底受け入れられるものではなかった。
「俺の相手となれば普通のオメガには荷が重いらしくてな、大抵は一度抱けば壊れる。それもあってビッチングしたアルファに手を出していた。アルファは元々の身体能力が高いというのもあり壊れにくい」
「は? 壊れる?」
ニヤニヤしながらアスモデウスは自身の顎をしきりに触っていた。
「肉体的にも精神的にもだ。まあ、壊れずとも大抵は一度抱けば飽きる」
「最低かよ」
ウンザリする。
「見解の違いだ。優秀な種はなるたけ多く残しておくべきだろう? 理に叶っていると思わんか? とは言え、これまでに元アルファだろうと、俺の子を孕んで生きたまま産めたオメガはいないが」
両手を肘より上に緩く掲げておどけて見せたアスモデウスがまた口を開く。
「運命の番なら子を生める可能性がどれだけあるのか確かめたい。いかんせん、随分と長い間待ちぼうけを食らっていたからな。運命とやらは一目会えば分かると、他の悪魔に聞いてはいたが半信半疑でしかなかった。お前と会うまではな。雷にでもあたったのかと思ったぞ。あんなにも惹き寄せられ心が踊ったのは初めてだ。お前の全てを奪い、お前を俺の元に永遠に繋いでおきたい。お前だけには過度な独占欲と庇護欲までもが生まれ始めている。元Aランクのアルファであればそう簡単には壊れないだろうし、お前はどう乱れてくれるのか愉しみだ」
「そんな一時的な気の迷いみたいな番などオレはいらない」
アスモデウスを正面から睨みつけた。
言葉で拒絶したのはいいが、ヒートに入っているからか思うように体に力が入らない。
このまま抱かれるのならいっそ殺された方がマシだ。
だが今までの話から察するに、この男は容易く〝運命〟を手放さないだろう。運命という存在に執着している。
取り出したナイフを自らの首筋にあてがう。真横に動かす前にあてがったナイフが空を舞っていた。
「おい。お前のその生に執着しなさすぎる所は元々か?」
「だったら何だ?」
「面倒な奴だな」
深々とため息をつかれる。
「なら捨てろ」
「矯正が必要だと思っただけだ」
「誰がお前の手にかかるかよ」
低音をまとわりつかせた声音で言い放ち睨みつけると、アスモデウスは逆に喜んだ。
「ああ、その意気だ。簡単に堕ちてくれるなよ」
近付いてきたアスモデウスから逃れる為に即座に離れようとすると、腕を引かれてベッドの上に押さえつけられた。
足場から伸びている手枷と足枷をかけられ、もう片方の手足も繋がれる。
枷は充分な長さに保たれてはいるが部屋からは出られそうになかった。この長さでは恐らく扉の前で止まる。
嘆息した。
手首は関節を外せば手枷から抜けられるが足首はそうもいかない。
足枷をつけたままだとズボンも履けなければ、この部屋から出る事も叶いそうになかった。
計算された長さと状況に、頭痛がしてくる。
「どれだけの人数をこうやって繋いできた? 拘束具とか趣味悪すぎだろ」
「すぐに壊れる玩具をわざわざ此処へ連れ込む訳がないだろう。外や上の事務所のソファーで充分こと足りる」
「じゃあ、何でオレは……」
「お前は運命だからだ。嫁は丁重に迎えなければならんだろう? やっとこの拘束具らを試せた。似合っているぞ。ああ、これらの武器は残しておいてやる。これから永遠に此処で暮らすんだ。契約次第では暗殺ごっこの相手くらいはしてやろう」
嫁を拘束具で繋ぐ癖を持っている事に辟易とさせられる。
人外と人間の認識の違いなのか、アスモデウスだけの元々の癖なのかは分からないがどちらにしても理解が出来ない。
「契約? は、余裕そうだな」
「そう見えるか? だが俺は不死ではない。百回くらい殺されれば流石に消滅する。いつでも殺しに来い。もし十回連続で俺を殺す事が出来たらアルファに戻してやっても良いぞ。その代わり失敗する度に仕置きだ。まあ、お前は俺に仕掛ける度に先ほどみたいな拒絶反応に襲われるだろうがな。それでもいいなら暗殺ごっこに付き合ってやろう。契約するか?」
碧也の質問に、含み笑いを零しながらアスモデウスが問いかける。
——契約……。
アルファに戻り、運命の番関係を壊せるのなら構わなかった。
「その契約には地上に戻される事や、戻ってからの生活の保証も含まれているんだろうな?」
碧也が拠点としていた住処はスラム街とは少し離れてはいるが、そこまで治安の良い場所ではなかっただけに、留守にする間に他人の手に渡る可能性がある。ちゃんと保証されなければまた拠点を探さなければならなくなり、それは面倒だった。
もう一つ。拠点に戻ったとしても今回の依頼はしくじっている。闇の仕事だからこそ信用問題に大きく左右される世界だ。
暫くの間は依頼さえも無いだろう。依頼がないイコール金が入って来ない。その間の保証は手に入れておきたかった。
「勿論だ」
「そりゃどうも。だが回数に問題がある。ハンデくらいあってもいいだろ? 五回にしろ」
右手を少し掲げて提案すれば、アスモデウスが笑みを浮かべた。
「十回だ」
「三回」
「提案した回数を下回り続ける事で自分が思った通りの回数に落ち着かせる交渉術か。使うのはいいが相手を選べ。この手のやり取りも俺の方が長けているぞ。今お前に与えられている選択肢は〝イエス〟か〝ノー〟だけだ」
ニヒルな笑みを浮かべたアスモデウスから視線を逸らして舌打ちした。
「ち、分かった……契約する」
「ああ、それでいい。物分かりの良い奴は好きだぞ」
拒絶反応なら耐えられる。拷問に比べればなんて事ない。必ずアルファに戻ってやる、と碧也は意気込んでアスモデウスを睨みつけた。
アスモデウスが呪文のような言葉を口にすると、空間に見た事もない文字が浮かび上がった。それはやがて二つの球体へと変化し、互いの体の中に吸い込まれていった。
「これで完了だ。契約に反すると罰が下るから注意しろ。因みに自死も契約違反に値するから留意しておけ。その行動は今後取れなくなっている」
契約前に言わないあたりが性格悪い。舌打ちしながら視線を逸らして、ベッドの上に仰向けに転がる。
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