パライバトルマリンの精霊王は青い薔薇のきみの夢をみる

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第12話、真実を知るには遅すぎて

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 ***


 ランベルトと決別した後、一週間もしない内にレオンの体調は激変した。
 腹痛に、全身倦怠感、眠気、眩暈でよく倒れるようになった。吐き気はないが貧血が酷い。
 すっかり医務室の住人と化している。
 これが妊娠初期症状だとしても、症状が出るのは早すぎる気がした。
 体調の変化が現れてから一か月以上が経過している。
「貧血が本当に酷いな。どこかで大怪我でもしたのか?」
「してません」
 しかも毎回医務室に運んでくれるのがランベルトだと後から聞かされ、内心複雑だった。
「ちょっと、別の検査をさせてくれ」
「……分かりました。あの……こういう事を言うのは気が引けるんですが……妊娠検査もして貰えませんか?」
 顔を見れなかった。
 言動から何かを察したのか、医療魔法師は一言「分かった」とだけ告げて検査の準備を始めた。
 ただただひたすらに眠い。
 検査中も眠気に勝てなくてずっと寝ていた。
 夜にどれだけ寝ようと足りなくて、一日中寝ていたいくらいには眠気が酷いからだ。
 しかし、疲れは全く取れない。
 歩いていても眠くて足を止めてしまうほどで、これには正直参っている。
「ミリアーツ、お前は妊娠している」
 不調の原因が確定して、やはりかという暗雲たる気持ちが込み上げてくる。
「その様子じゃ分かっていたのか。お前が望んだ妊娠か?」
 無言でいると音もなく涙だけが伝い落ちた。
「父親が誰か聞いてもいいか?」
「迂闊に……話せません」
 ランベルトの名前は出せない。各方面に迷惑をかけるのは目に見えていた。
「では、もう産むしかない時期に入っているのには気が付いているのか?」
 ギョッとして顔を上げる。
「え、何で? まさかそんな筈は……っ」
 言いかけて慌てて口を閉ざした。
「お前のような人族だと十月十日なのだろうな。しかし、相手側が別の種族だと種族ごとによって周期が変わるんだ。特に精霊族は生まれるまでに二ヶ月もかからん。獣人族は三ヶ月だ。その様子だとこの二種族の内どれかだろう? 知っているとは思うが、男体妊娠だと産道がないから帝王切開するしかない。このままだとお前の命に関わる。秘密は守るし、場合によっては家族に黙っている事も可能だ。ちゃんとそういった施設もある。抱え込まずに話してくれないか? 出来る限り力になるぞ」
 唇を引き結んで視線を下げた。
 話してもいいが、サーシャの耳に入れるのも申し訳ない。
 女手一つで育て上げ、小さい頃からレオンの憧れだった魔法大学院に入るのを、とても喜んでくれたからだ。
「ありがとうございます。明日まで……時間を貰えませんか? 頭の中を整理したいんです」
「分かった。私の方から先生方には検査入院させると説明をしておこう」
「ありがとうございます」
「今は極度の貧血と栄養不足になっているから、輸血して点滴もしよう。今日からはここで様子を見ながら入院だ。そのまま横になっていてくれ。ベッドのまま奥の個室に移動させる。荷物は同室の者に持ってこさせよう」
「分かりました」
 ベッドに横になってレオンは目を閉じた。




「ミリアーツ起きれるか?」
 まだ寝ていたかったのもあり、瞼が開いてくれなくて目を擦る。
 置き時計を見るとまだ深夜の時間帯だった。
 一体どうしたというのだろう。
 こんな時間に起こすとなればそれなりの理由がある筈だ。
 まだ回ってくれない思考回路を動かすようにきちんと目を開けた。
「悪いな。だが耳に入れておいた方がいいと思ったんだ。数時間前、イルサルが急遽大学院を卒業して国に帰った。今精霊族の国は大変な事になっていてな」
「ランベルトが?」
 手渡されたmgフォンに映し出された記事に、王と第一皇子が暗殺されたと記載されている。
 ——何で? あの鉄壁の認識阻害魔法が破られたのか⁉︎
 慌てて自分のmgフォンも点灯させる。ほんの十分前にランベルトからメッセージが入っていた。
『今までごめんねレオン。信じて貰えないかもしれないけど、本当は契約する前からずっと好きだった。契約は単なる口実なんだ。俺はレオンの特別になりたかった。レオンの言う好きとは意味が違うってまた言われるかも知れないけど、俺は恋愛対象としてレオンを愛してる』
 読んだ瞬間目頭が熱くなって、雫が溢れ出すのを止められなかった。
「何で……っ、このタイミングで、そんな事……ッ言うんだよ。バカだろ……お前っ。あの時言ってくれたら、良かったのに……っ!」
 殺しきれなかった嗚咽が音になる。
 涙腺が馬鹿になったように、大量に涙が溢れてきて前が見えなくなった。
「ラ、ンベルト……!」
 好きだった。いや、今でも好きだ。
 心の中ではランベルトの特別になりたいと願っていた。
 もう、叶わない。
 全て終わってしまった。自分から終わらせてしまった。
 一番大切な人を傷付けた。分かってなかったのは自分のほうだった。
「ごめ、な……さい。ごめんっ……なさい」
 後悔しか出てこない。
 暫くの間泣きじゃくり、落ち着いた頃に問いかけられた。
「まさかとは思っていたが、その子はイルサルの子か?」
 医療魔法師の言葉に頷く。
「すみません……。ちゃんと、付き合ってました。合意の上の……っ、行為です」
 しゃくり上げながらもハッキリと答える。
「それなら出産が外部に漏れるとかなりの大事になるぞ。この通り今精霊族の国は戦争と言っても過言ではないくらいに荒れている。イルサルはそのまま王の座に就くことになるだろう。となると、その子は正当な第一王位継承者だ。今回前王とその跡を継ぐ筈だった皇太子、妃や皇子までもが暗殺されている。もし他に王位継承者がいると知られれば、その子どころかミリアーツ……お前とお前の家族にまで害が及ぶかもしれん」
 関係者は根絶やしにするという考えはこの世界では珍しくなかった。
 例え殺されなくても、精霊族や人魚族、獣人族は見せ物小屋に売られるか、希少な個体であれば、闇市場で観賞用又はペットとして高額取引される事もある。
「俺は……どうしたら良いですか?」
 絶望的だった。
 社会への知識が無さすぎる。何かを守れる程に魔法力も強くなければ、家柄も普通の一般家庭だ。
 良い企業へ行ける後ろ盾もなければ、就ける手立てもない。だからこそ、この魔法大学院へと入学した。肩書きを得る為に。
 しかし出産に育児となれば、ここに来て卒業出来るかどうかも怪しくなってきた。
 金も必要になるというのに、どうすれば良いのか分からずに途方に暮れる。
「提案なんだが、校長にもきちんと話して卒業はそのままさせて貰おう。相手がイルサルなら優遇措置を取られる筈だ。出産は此処でして貰い、外部に漏れないようにしよう。卒業した後の事なのだが、ミリアーツと生まれてくる子には個体識別誤認識魔法をかける。これはかけると全身の色合いから骨格、顔、声、指紋に至るまで全てが他人からは別人に見える魔法だ。解けた時ように、呪文も教えよう。外部との接触の時は必ず個体識別誤認識魔法をかけて暮らせ。最低でも一年間は絶対に解いてはダメだ」
 医療魔法師の言葉を噛み締めて、大きく頷き返した。
「分かりました。でも……俺には生活していけるお金も貯金もありません」
 折角の提案を無下にしてしまった気がして、俯く。
「それに関しては問題ないぞ。イルサル自らが帰る前に金を入れた通帳を持ってきたからな。ミリアーツに渡して欲しいと言われたからこそ腹の子の父親の目星がつけれた」
「……」
 何も言えなくなった。
 レオンが通帳に触れると白く発光し、通帳が開けるようになった。レオンしか開けない仕組みになっていたみたいだ。
 名義は、エスポワール・ミリアーツと書かれていて、そこには見た事もない桁の金額が記載されていた。
 人族の国の金持ちしか住めない有名な一等地に、家の中で迷子になりそうなくらいの巨大な豪邸を建てても、四分の一も使えきれないくらいの金額だ。
「はっ……なんだこれ…………」
 失笑しか出てこない。
 初めっから生きている世界が違ったのだと、思い知らされた気分だった。
 ——ランベルト……本当にお前は遠い存在だったんだな。
 これからどれだけ頑張って背伸びして働いても、自分では一生かけても稼げない金額がその通帳には入っている。
 要らないと突き返したい所だけれど、今はなりふり構っていられない。
 自分だけならそうしていただろうが、今後を考えるとそうもいかない。
 サーシャを連れて遠くに住居を移して、そこからちゃんともう一度良く考えようと逡巡する。
 バレたくないだとか、誰かからの答えを貰ってばかりいる今のままの自分ではダメだ。
「あの……教えてください——」
 今はまだ周りを頼るしかなくて、レオンは口を開いた。


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