パライバトルマリンの精霊王は青い薔薇のきみの夢をみる

riy

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第9話、もう終わりにしよう

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 目が覚めるとランベルトの部屋のベッドの上にいた。
「目が覚めたの、レオン?」
「あれ……、何で俺……」
「覚えてない?」
 ずっと手を握っていてくれたのかと思ったけれど、良く見るとランベルトの服を握りしめているのは自分だった。
 上体を起こして慌てて手を離す。
「っ! ごめ、ごめん、ランベルト。これじゃ何処にも行けなくて困ったよな。ごめんなさい」
「んーん。良いよ。レオンからくっ付くのってあまりないから俺は嬉しい」
 目尻を下げて笑ったランベルトが少し照れくさそうに首を振った。
「俺、お前がいないと……本当に何も出来なかった……悔しい」
 またベッドの上に横向きに転がる。
 男たちは力も強くて、全く歯が立たなかった。
「いや、あの場合人数的な問題もあったし仕方ないよ」
「でもランベルトは一人で何でも出来るだろ。俺はそれも悔しい」
 両腕を交差させて顔を隠すと「レオン」と名前を呼ばれた。
「ねえ、何で俺と比べるの? レオンはレオンでしょ。俺には出来ないけど、レオンにしか出来ない事もたくさんあるよ」
 ランベルトの言葉に顔を上げる。
「俺はレオンみたいに誰かと真剣に向き合おうとした事なんて今までに一度もなかったし、やろうと思っても出来ないよ。俺はレオンみたいに真っ直ぐ真面目に生きようとした事、今までになかったし出来ないよ。俺はレオンみたいに上を向いて歩こうとした事なかったし出来ないよ。ね? 同じでしょ? 俺は魔力量として突出しただけ。人間性としてはレオンの方がずっと優れてるし、俺はそんなレオンを尊敬してる」
「~~ッ!」
 まさかランベルトから尊敬してるなんて言われるとは思ってなかったから、息すら出来ないくらいに胸が締め付けられて気恥ずかしくなった。
「顔赤いレオンも可愛いね」
「お前が……不意打ちに褒めたりするから……」
 ——そんな事初めて言われた。
 セックス以外に興味がないと思っていたのに、まさかランベルトが内面も見てくれているとは思いもしなかった。
 掛けられていたブランケットの中に籠城して、しばらくの間出て来れなくなって、ドキドキする心音を宥めるのに集中する。
「ねえ、レオン……さっきさ、何て言いかけてたの? 俺の事好きって聞こえた気がして……俺ね……」
 顔に籠っていた熱が一瞬で霧散した気がした。
 今は水でもかけられたように冷たくなって、冷や汗までもが伝い落ちてくるようだった。
 ——マズイ。そういえば訳がわからなくなって口走った気がする。
 どうやって誤魔化そうかと思考回路をフル回転させた。
「うん。俺……ランベルトの事、人として好きだ……よ。魔法師としてもとても尊敬している。こんなに凄いのに、何で俺と契約したんだろって未だに不思議なくらいだよ」
 一拍の間が空いて、その時間がやたら長く感じた。
「…………そう。そっか……ありがとね」
 ブランケット越しに頭を撫でられる。
 ——上手く誤魔化せたかな……。
 ランベルトの顔が見れなくて、そのままブランケットの中に籠ったままでいた。
「レオン、あのね、俺……」
 言い難そうに言葉を濁したランベルトが途中で言うのをやめたのが気になって、ブランケットから顔を出す。
「どうかしたのか?」
「ううん。ごめん。何でもない」
 珍しく元気のないランベルトが気になりつつも、その日は自分の部屋に帰った。
 次の日も、その次の日も、その次の次の日も、ランベルトは姿を見せなくなった。
 今日で五日目に突入しようとしている。
 ——何かあったんかな。
 メッセージしてみても「実家にいるんだ」としか帰って来なくて、こんな事は初めてで少し寂しくなった。
 ——俺に飽きた?
 その線が濃厚だろう。どっちみち契約も卒業までだ。
 あと二か月そこらになる。ここまで良く持った方かもしれない。
 ——終わるなら最後くらいちゃんと綺麗に終わりたい。泣かずに笑えるだろうか。
 契約を持ちかけられた自分は選ぶ側だと勘違いしていた。
 実際は始めるのも、選ぶのも、終わらせるのも全てはランベルトの意思次第だったのだ。
 ——心臓が痛い。
 心の奥に重苦しい鉛があるのを見て見ぬふりをする。
 やっと頭の中が整理出来て、気持ちも落ち着いてきた頃に、ランベルトから『部屋に来て欲しい』と誘いのメッセージが入った。
 夕方になってランベルトの元に向かい、扉をノックする。
 自動で扉が開いたので、中に足を踏み入れた。
「急に呼んでごめんね。そこ座って?」
「うん」
 対面してソファーに腰掛ける。
「実家にいる間に、前にレオンに言われた事をずっと考えていたんだ。でも、俺には違いが分からなかった。レオンが好きだって事しか言えない。言葉を口にするのは契約を破った事になる? 好きくらい皆んな言うでしょ?」
 ——皆んな、か。
 やはり自分が思う好きという気持ちと、ランベルトが言う好きという感情は違うのだと痛感させられた。
「…………そうか」
 想いの先に希望がなくなっていき、自嘲めいた笑みが溢れる。
 ——もう終わらせよう。
 全て払拭するように口を開いた。
 でも、いきなり本題だけを言い出すのはこの三年間が無駄になる気がして、普段の会話のように進めていく。
「あと二ヶ月くらいで卒業だな俺たち。精霊族の国って外部から侵入出来ないように認識阻害魔法で囲まれてるんだよな? 一度も破られた事ないのか? 見てみたい気はするけど、庶民の俺じゃ認識阻害魔法が無くても入れなさそうだな。教科書で見た写真、本当に綺麗だった」
 精霊族の国は、どこか懐かしい気持ちにさせられて、ない筈の故郷すら思い浮かべた。
 安心出来て、ホッと息を吐きたくなる場所だ。
「聞いた事ないから無いんじゃないかな? うちの国が見たいならさ、卒業したらレオンも一緒にうちに住めばいいよ」
「え…………」
 想像してもいなかった返答に、体も思考回路も止まってしまった。
 何を言っているんだと問いかけたいが口が動いてくれない。
「レオン。ねえ、うちで一緒に住まない?」
 ——どういう事だ? 飽きたんじゃなかったのか?
 瞬きもせずにボケッとしていたみたいだ。
 目の前でヒラヒラと手を振られて、思考回路が漸く回るようになってきた。
「は? 何……言ってるんだよ。無理に決まってる。王宮……なんて庶民の俺には足を踏み入れる事すら怖いよ。それにランベルトとこうして恋人のフリをするのは、卒業までって契約だろ。約束が違う」
 ——違うだろ。破ったのは俺だ。そして、今からその契約の期間すら破るのも俺だ。
 失笑した。
 全てを今日で終わりにしようと決めているのに、中々言葉として喉から言葉が出てこなくて胸が苦しい。
「破ってないよ。契約はちゃんと履行する。その上でまた新しく別の契約しようって言ってるだけ。ねえ、ダメ?」
 コテンと首を傾げられる。
 そんな巨体で可愛らしい仕草をされて靡く程危篤ではない。否、これまでずっとそれで絆されてきたので救いようがない。
 ——お前のそういうとこ好きだったよ、ランベルト。
 心の奥に蓋をした。


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