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アルファと消えた噛み跡

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「お前が絡むと何故かレヴイが反応するんだよ。じゃあレヴイが一方的にお前を知っているんかな……」
 うーん、と唸りながら逡巡していたカイルが「あ」と声を上げる。
「違ってるかも知れないんすけど、去年、親父のお使いで隣の街に行った事あって、娼館に運ばれてる籠にいる子にコッソリ話しかけた事ならあります。出たいならおれが逃してあげようかって。でも迷惑をかけると思うから気にしなくていいと断られました。籠越しにしか話して無いんで顔は見えなかったっす。もしその子がレヴイくんだったんなら二~三会話はしてますね。それ以外は知ってる人や村の人間としか話してませんよ」
「いってえ!!」
 胸が痛くなって思いっきり地面に膝をついた。規則正しく動く心音に合わせて、痛みが押し寄せてくる。
「ちょ、どうしたんすか? 大丈夫っすか兄貴!?」
 カイルが焦って背を摩ってくれた。
 しかし、それと同時にまた胸の痛みが酷くなっていく。
 ——あ、これ確定だ。しかも多分レヴイはカイルに好意を抱いている。
「あーーー、マジか」
 レヴイがやっと反応してくれる様になったのは微笑ましい事だが、思ってもみなかった方向からの新勢力の参入に、どうすれば良いのか分からなかった。
「具合が悪いのか? 羽琉、こっちに来い」
 啓介に持ち上げられて前抱きにされる。
「アンタはやっぱり狡いっす」
 カイルが呟いた。
「知っている。態とだ」
「そこまで潔く認められると何も言えなくなりますね」
 キアムからも言われているが、意にも介していない。
「あ?」
「どうした?」
 啓介が訝し気な声を上げたので視線を絡めた。
「来い。少し確認したい事がある」
 足早に裏路地に入り、啓介にうなじを覗かれる。
「え? 何で兄貴から噛み跡が無くなってるんすか!?」
「て事はアニキはフリーて事ですか?」
 啓介が気難しい顔で何やら思案していた。
「羽琉、此処へ来てから変わった事はあるか?」
 何と言って良いのか悩んで、問いかけにだいぶ間を空けて口を開く。
「ああ……ある。何故かカイルが絡むと、沈んでいる筈のレヴイの意識というか感情が体に現れるようになった」
 まさかレヴイがカイルを好きかも知れないとは言えなくてそれだけ告げる。
 心臓の痛みはもう引いていたので啓介から少し距離を取った。
 理由は分からないが、昨日と今日では啓介との間に流れる空気が異なっている気がしたからだ。
 運命の番のその歯形の事かも知れないが、少しだけ肌がひり付くような違和感がある。
「カイル、お前は最近変わった事はなかったか?」
「おれ…………。あ、そういえばおれベータじゃなくてアルファだったみたいっす。ややこしい事になりそうだからって、子どもん時に親父が能力の制限魔法と暗示をかけて貰ったって言ってました。解除方法も教えて貰ったんすけど、いざという時までアルファとしての能力を解放するなって言われてたんで黙ってたんす。でもキアムくんの家着いて数日もしない内に勝手に解放されてました。何でっすかね?」
 ——そんな制限もかけられるのか。
 初めて知った。この世界に来てから覚える事が多くて目が回りそうだ。
 そしてここにきて気がつく。
 そもそもどうしてレヴイは記憶を持ったまま閉じこもってしまったのか。
 母親の事を助けて欲しいのであれば、記憶はあったままの方が此方としては手間が省けて良かったしお互い有益だったのではないか?
 ——俺が今見てしまうと都合の悪い記憶がある?
 眉間に皺を寄せて顎に手を当てた。
「ああ、その変化なら俺も気が付いていた」
 啓介も何か思案するように目を細めていて、同じように思考を切り替える。
 カイルが来た時、あの時はちょうど発情期だった。その影響を考える。
 ——何であの時カイルは『フェロモンダダ漏れ』って言った? その後も『甘い匂いがする』とも言っていた。
 考えられるとしたら一つしかない。
「なあ、カイル……言い難いんだけどさ、お前とレヴイて、もしかして運命の番って可能性はないか? だからレヴイがお前に反応して表面に出始めているんじゃないか?」
「えええ……っ?」
 キアムが叫んだ。唖然としたまま、口も半開きになっている。
 その横でカイルは複雑そうな顔をしていた。
「俺も同じ事を考えていた。お前が来てから羽琉の匂いが変わったっていうのが大きい。この通り、俺の噛み跡も消えているしな。それにお前羽琉の匂いを察してただろ? あれは番にしか分からない筈の匂いだ」
「それって相手が兄貴だからって事はないんすか? 何でレヴイくん確定なんすか?」
「羽琉は俺の運命だ。運命は変わらない。例え俺が番を解消したとしてもだ。お前もこの世界で育ってきているから分かるだろう?」
 カイルが口を閉じて視線を逸らした。申し訳ない気持ちでいっぱいになって、カイルの方を向けなくなってしまう。
「だからって……はいそうですかって、この人のこと諦めて他にいけるんなら、日本に居た時点でもうとっくに諦めてるんですわ。自分だって同じでしょ、須藤さん。おれの気持ちが一番分かるの須藤さんすよね?」
 啓介が黙って、苛立たしげに髪の毛をかき混ぜていた。
「これってドロドロの三角関係ですか? ていうかニホン? 何処ですか?」
「日本てのは此処にはないっす。おれらの前世の世界の話っすよー。ドロドロではないっす。だって須藤さんに張り合ってもしょうがないっすもん。兄貴にとって一番安心して側に居れる人は須藤さんだと知ってておれが勝手に兄貴を好きになったってだけっす。分かってます。分かっててもどうにも出来ない事ってあるでしょ?」
 前世と聞き、キアムが驚いた表情をしている。
「俺的にはそこが謎なんだけど……お前何で俺に惚れてんだ? 初めは憧れの先輩みたいな立ち位置だったろ?」
 カイルが「あー」とか「うー」とか言いながら、頭を抱えてのたうち回り始めた。


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