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眠りの貴人

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「招待状がないから、手っ取り早く従業員捕まえて化けるか?」
 啓介に問いかけると頷かれる。
「そうだな」
「待って……っ、アニキ!」
 後ろから走って追いかけてきたキアムに服を掴まれた。
「待ってください! それ……あの……その能力持っててそこのオークションに行くのはまずいです!」
「あ? 何でだよ」
 焦燥感に捉われていて何から話して良いのか分からなくなっているのだろう。口を開いたり閉じたりを繰り返しながら、キアムは再度口を開いた。
「今オークションで最高額が提示されている〝眠りの貴人〟て呼ばれている人がいるらしいんですけど、多分アニキと同じ能力です。それ、再生能力ですよね? 眠りの貴人は名前の通り寝たっきりで目を覚ましません。でも寝たままでもその人の体の一部が触れるとどんな病気も治るし、壊れた物体まで完璧に復元して構築出来るそうです。あと、何をされても起きないんで、その……あの……」
 今度はしどろもどろになったキアムを見つめる。
「オメガなので孕ませるのを目的とした性行為でも百億、レアな能力持ちが生まれた場合に引き取るので更に三十億、病気の完治でも一億を超えてるって噂を耳にしました。もしアニキが捕まったら薬を使われて同じ扱いをされます! だからオークションだけは行ったら駄目です!!」
 必死に説明するキアムの話を聞いて、啓介が眉を顰めながら問いかける。
「キアム、その眠りの貴人の顔を見た事はあるか?」
「いえ、オレは実際には見てません。オークションで働いてたって奴に聞いた情報なので、金額などもどこまでが本当かは分からないですけど、容姿端麗で背も高くて一見はアルファにしか見えないってのは三人に聞いて一致した情報です。なのでオメガ堕ちアルファとも言われています。もう十年くらいは続いているそうです。完全な身受けはNGになってますが、年に一度毎回その額で目的別に出品されているってのは聞きました。メインの大目玉商品らしいので、毎年これだけは変わらないんですよ。今年の開催日は一カ月後です。見つかって捕まると厄介なので、その間に何処か違う街に逃げてください!!」
 一カ月後となるとどっちみち今日は無理だ。
 一旦帰るか? という意味合いを込めて啓介を見ると「ホテルに泊まろう」と言われた。
 確かに事前に情報固めに下調べはしておいた方が良い。噂だけに踊らされるのは危険だ。
「悪い。心配してくれてありがとな。俺たちはそれでも確認しておかなければならない事があるんだ。だから逃げるわけにはいかない」
「そう……なんですか」
 レヴイが言っていたその母親の顔は知らないけれど、レヴイの顔を見れば母親なら反応くらいはするだろう。
「ここら辺のビジネスホテルとかは観光客目当てのぼったくりばかりですよ。オレんとこで良かったら、来ますか? あ、突然隣でおっ始めてもオレは見慣れてるから気にしません!」
 親指を立てて、笑顔で付け加えられる。
「いや、そこは気にしろよ。つか俺らそんなんじゃねえから要らん気まわしすんな」
「え、そうなんすか? でももう一人のアニキがオレの事めっちゃ睨んで来るんですけど?」
「気のせいだ」
 一先ずはキアムの家で今後の話し合いをする事に決定した。
 街から歩いて十分もすると、見事なスラム街が見えてくる。そこからまた進んで十分もかからないくらいでついた。
 が、キアムの家の前で、呆然と立ち尽くしているとこだ。
「「…………」」
 ——廃墟!?
 スラム街のどの家よりも朽ち果てている。
 窓に嵌ったガラスは全て割れていて、玄関の扉でさえも引っかかる程度でくっ付いていた。
 屋根は七割が無いに等しく、壁には穴が開きまくっている。抜け落ちた床下からは雑草が生え、野生の小動物が走っていた。
 電球も全て割れていて照明器具の役割を果たしていない。
 これでは外で野宿するのと変わらない。レヴイは頬を引き攣らせた。
 その前に電気が通っているのかすら怪しい。
 この世界に来た時に居た掘っ立て小屋の方がまだマシだったとか……笑えない。
「どうして此処に客を呼ぼうと思った?」
 啓介からの素朴な疑問に、キアムが鼻歌混じりに口を開いた。
「ここら辺の家はみんなこんな感じですよ~。隣の家まで三十メートルは離れてるんで声も聞こえませんし、住めば都です」
 ——いや、他のスラム街の家の方がマシだったぞ。
 ここだけ大型台風が連続で通ったのか? と言いたくなる。
 こんな体でも一応は二階建てだ。
 階段もありはするが、板が抜けている所が八割で、登るのも降りるのもこれではあまりにも危険過ぎる。
「お前、この家は誰かから奪ったとか勝手に住んでるとかじゃないよな?」
 一応確認の為に聞いておいた。出会いが出会いだっただけに不安だ。
「祖父母の持ち家です。家族は皆んな死んじまって、もうオレしか居ないんですけどね。最後に残ったばーちゃんが入院したきりで、それで臓器売って病院代に使ってました。でも半年前にばーちゃんも亡くなってしまいまして……。アニキには本当に世話になってばかりですね。オレ絶対何か恩返ししたいです!」
 ——事情があってってこの事だったのか……。でもごめん。この家には住めねえ。
 この底抜けの明るさが無ければやっていけ無かったんだろう。
「あー、分かった。なら良い」
 廃墟に手を当てて、全て新品状態に戻していく。
 さすがに隙間風は辛いし、泥棒が来ても嫌だ。野生動物に噛まれるのも嫌だ。雨が降るのも厄介だ。
 再生する時の大きく軋む音を聞いて、動物たちが驚いて逃げていく。
 対象物が大きい分、かなり時間はかかったが、普通の家に戻った。
 この能力の良い所は力を使いたい放題だという事だ。魔法力と違って枯渇しない。
 防犯や防音関係も上げておきたくて、啓介を振り返った。
「これ、魔法で防音とか防犯機能つけられるか?」
 啓介の名前を無闇矢鱈に出すのは気が引ける。啓介が指先を左右に動かし、呪文もなしで魔法をかけていく。その後で「ブラックでいい」と言われた。
 今後何かあった時用にコードネームで呼び合うのは良いかも知れない。
「んじゃ、俺は……シ……シルバー?」
 ちょっと捻くれた戦隊モノみたいな名前だなと項垂れる。
 本名よりは良いのだろうが、気恥ずかしいのは何故だ。厨になった気分だ。


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