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ルオンと新しい犬

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 スラム街のような場所を想像していたのに、二十分後に着いた場所は意外とまともな繁華街だった。
 人目を避けて裏路地に入り、身バレ防止の為に啓介の魔法で顔や背格好を変えて貰う。
「万が一はぐれた時用に金も持っとけ」
 啓介に札束を渡されて、ポケットにしまった。
「財布が無いのは痛いな。落としそうだ」
「ついでに買っとくか」
 適当な店に入って財布を見ている。会計をしているのか、凄い枚数の紙幣が飛んでたが、気が付かないフリをした。
 言ったところで何かと理由をつけて持たされるのは目に見えている。過去にも似たような事が何度もあったから、口を挟むのは即座に諦めた。
 日本に居た時のスーツも香水も全て啓介からの贈り物だったからだ。和装一式だけは若頭になった祝いとして組長から貰った。
 啓介が戻るまでの間に他の商品も物色していく。ふと、ガラスケースに映り込んだ己の姿を見て、思わず食い入るように見つめた。
「ほら財布だ。無くすなよ」
 戻ってきた啓介に商品が入った紙袋を手渡され、受け取った。
「おい、変装どころか〝羽琉〟だった頃の顔に戻ってるんだが?」
「俺の趣味に決まってんだろ。お前はやはり〝羽琉〟の方が良い」
 店から出て、人目につかないようにまた脇道に入るなり、財布にお金を詰め込む。
「羽琉」
「あ? どうかしたのか?」
 顔を上げた瞬間、見られていないのを良い事に唇を貪られた。
「おま……、んっぅ、けい……すけ……は、ん、ん!」
 今にもおっ始めそうな勢いで舌を絡ませられ、立っていられなくなって地面に座り込んだ。
 ちょうど額あたりにコツンと当たったモノを見て、怒りが込み上げる。
「今すぐソレを何とかしろ。素股で抜いてやっただろが。今度は叩っ切るぞ」
「あーーー、その顔と体の組み合わせ最高。ぶち犯してえ。俺専用の穴返せ」
「穴言うな! はっ倒すぞ! つか、自重しろ。んで人の話を聞け!」
 今のレヴイの顔が大好きなカイルとは大違いだ。
 それより、羽琉の姿に戻せるんなら早くやって欲しかった。
 視界の高さが懐かしい。
 試しに服を引き上げてみた。適度に割れたこの腹筋も懐かしい。
「腹出してどうした? 触って欲しいのか?」
 本当に触られたので慌てて服を下ろす。
 ——性的な触り方やめろ!
「あ? 姿が変わったのに服が狭くない」
「所詮フェイクだからな。他人から見える視覚からの情報を書き換えているだけで、実際は何も変わっていない。強さも魔法量もレヴイのままだと言う事だ。〝羽琉〟だった時の身体機能はないから気をつけろ」
 啓介の言葉に「分かった」と返事をした。
 ——何だ、中身はそのままか……。
 がっかりだ。どうせなら肉体ごと魔法で変わって欲しかった。
「キャー!」
 突然悲鳴が上がり視線を向ける。
 目の前で引ったくりをしでかした輩が、こっちに向けて走ってくるのが分かった。
 すれ違い様にシレッと足をかけて犯人を転がす。
「ぐ、ぶふっ」
 派手に転けたにも拘らずにそのまま逃げようとするので、背中にドロップキックを喰らわせて、ソイツが奪った荷物を取って持ち主に返した。
「ありがとうございます! ありがとう……、ございます」
 お礼を言いながら、足早に去っていく身なりの良い婦人が何度もこちらを見ていく。
 あまりにも驚いた表情で見られたものだから、首を傾げた。嫌な視線ではないが何処か焦っているような印象を受ける。
 ——あ? 何だ? もしかして俺の顔に何かついてる? それともこの姿の俺に似た人物に心当たりがある?
 何かついているほうだったら嫌なので、全身を触って埃を払うようにしてみる。
 その足元で引ったくり犯が涙目になっていた。
「ああ~オレの収入が~……!」
「お前のじゃねえだろ。あの人の荷物だ。金が欲しかったらなぁ、働け。駄々捏ねて金が手に入る程世の中甘くねんだよ。それにこんな事してても自分の状況が悪くなるだけだろ。もっとしっかり生きろ」
 眉間に皺を寄せながら言うと男は途端に大人しくなった。食い入るように見つめられる。
 ——何なんださっきから……。
 やたらジロジロと顔を見られていて気分が悪い。
「……はい」
 いつまでもボーっとして、こちらの背中を見つめてくる男に何処か既視感を覚えて首を捻る。
 啓介が分かりやすく、短い息を吐いていた。
「疲れたのか?」
「おい……お前は犬を飼うのが趣味なのか?」
「いや。何でだよ?」
 啓介からの問いに食いつくと、背後を親指で指される。振り返るとさっきの引ったくり犯がついてきていた。
 ハッとしたように飛び上がって、慌てて近くの物陰に身を隠している。
「何してんだお前……」
 足音と気配を消して近付いて声を掛けると、また大袈裟なくらいに肩を揺らしていた。
「アニキ!」
「……」
 既視感二連発目だ。
 キラキラした瞳とガッチリと胸元で合わせた手がまた既視感を誘う。
 ——これは……。
「アニキ! 何でもするんでオレを顎で使ってやって下さい! アニキの舎弟になりたいです!」
「……」
 口を半開きにしたまま啓介を見つめる。
「ブッフ……っ、良かったな。第二号が出来たぞ。今度は駄犬にならんようにきちんと躾けろよ」
 こちらの肩を叩きながら、啓介の声が笑いで震えていた。
 ——何で犬が増えた?
 無言で瞬きもせずに啓介を見つめると、体をくの字に曲げてまで笑われる。
「オレ、キアム・コータリーて言います! アニキたちの名前は万が一の事があるといけないんで言わないで下さい。もし拷問されたり催眠術をかけられたり、思考を読む特殊能力を使われたり自白剤を打たれたりしたら喋っちゃうかも知れないんで!」
 ここが色んな意味で物騒なのは分かった。でも駄犬候補はもういらない。

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