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しおりを挟む「わたくしは以前セレナ様の専属の料理人だったんです。セレナ様は幼少期から王族にはあまり良い扱いはされておらず、いつも一人でいらっしゃいました。セレナ様も玲喜様のように一人で食事をするのが嫌だからと、駆け出し中だったわたくし達料理人も毎回一緒に誘ってくださいました。とても人情味があって温かく、こちらまで笑顔にさせて下さる不思議なお方でした。城下町ではとても人気者だったようです。玲喜様を見ているととても懐かしくて……。それでいつしか今の玲喜様のように体調を崩されまして、先程のお飲み物を好んで口にしていらっしゃいました。あの……それがご懐妊によるものだと気がついたというのもあるんですが。母が年の離れた弟を身籠った時もそうでしたので。あ、もちろん玲喜様の事は内密にしております。誰にも話しておりません!」
シェフと別れ、ラルはゼリゼよりも先に執務室に向かっていた。頭の中で先程言われた事を反芻する。
『お腹にいる当初の診断は双子だったのですがいつからか不思議な事に胎児は一人になっておられました』
そんな事、あり得るのだろうか。診断を誤ったというのも考えたが、ラルは何だか妙な胸騒ぎを覚えていた。
一方、一度部屋に戻ったゼリゼはシェフが作ったシャーベット状の飲み物を玲喜に届けていた。玲喜はそれを受け取り、ストローで少量を吸い込む。
「美味、しい……! これならいくらでも飲めそうだ!」
レモンとグレープフルーツ、オレンジの酸味と自然の甘味が程よく混ざっていて砕けた氷と混ざり、喉越しも良く飲みやすかった。
熱く重苦しかった胃の中も冷たくて気持ちが良い。
数日間何も口にできなかった玲喜の瞳が輝く。水を得た魚のようにどんどん飲み干していく玲喜を見て、安心したようにゼリゼが笑んだ。
「安心した。これなら飲めるかもしれないと思い、元になった果実から全て作ったらしい」
「へ? 誰が?」
「シェフだ。お前の体調をとても気にしていたぞ。また作るように言っておく。元気になった時にでも礼を言うと良い」
「そうなんだ。嬉しい。また一緒に食事も出来るといいな」
「落ち着いた時にでも声を掛けてみろ。玲喜が誘った方が喜ぶだろう」
表情を綻ばせながらゼリゼに頭を撫でられて、玲喜も笑んだ。
日本からこの帝国に転移してからゼリゼの笑顔が増えた。
朝から夜までバイトに明け暮れて家に居なかったので、単に玲喜が気が付かなかっただけというのもあるかも知れないが。
ゼリゼの眉間に常に寄っていた皺が和らいでいる。
「ゼリゼ、マーレゼレゴス帝国に帰ってきてから良く笑うようになったよな。日本で出会った頃は仏頂面しかしてなかったのに」
玲喜の言葉に、ゼリゼが瞬きする。
「お前……案外鈍いな」
「何が?」
「帰って来たからではない。お前が一緒に此処にいるからだ。玲喜がそうさせてるんだぞ。どうも俺は性格が温和になったらしいからな。お前以外は気が付いている」
「そうなのか? ふふ、それなら嬉しいなオレは」
「俺だけなら大歓迎なのだがな。あの双子の兄たちもお前と会ってから随分と変わった。シェフたちもだ。だが、あまり俺以外を魅了してくれるなよ? このまま永遠に閉じ込めてしまうぞ」
今でも軟禁状態にある。
魅了と言われても、玲喜自身には自覚が無い故、どうしていいのかも分からない。
妙な汗が額に滲む。何よりゼリゼが真顔なのが怖いのだ。本気で言っている。
「勘弁してくれ。ゼリゼって、まじでヤンデレ化するからシャレにならないんだよ」
それで孕まされた身としては引き攣った笑いしか出てこなかった。
今はもうすれ違いもなければ、お互い勘違いもしていないので上手くいってはいるが、これが誤解じゃなかったらとんだ悲劇である。
話を変えようと、玲喜が口にした。
「そういえば、マギルたちに初めて会った時に、ジリルがオレの中にいる子は双子だって言ってたんだけど、前に来た産婆と医者はそんなの言ってなかったよな。実際どうなんだ?」
不思議そうな顔をしながら玲喜が問いかける。今の今まで失念していた。
マギルとジリルに会ってからは日が浅いのに、内容が濃すぎたからか、以前からの知り合いのような気持ちになっている。
以前の彼らを知らないので、彼らが自分と関わった事でどう変わったのかなんて、玲喜には皆目検討もつかないが、ゼリゼのように少し捻くれていただけなのではないかというのが率直な意見だ。
初めの頃はゼリゼもかなり癖が強く、常に不機嫌で高圧的な態度だったのを思い出す。
双子も同じだ。
皇子として生を受け、育ってきたのだから当たり前の態度だったのだと今なら受け止められる。
なのであの双子も接触している内に皇子としての気持ちが砕けて、元々の性格が出てきただけなのだろうと玲喜は考えていた。
その元々の性格を出させられた人間がこれまで居た試しがない等、玲喜には知る由もない。
「ジリルが?」
ゼリゼから逆に問いかけられて頷く。
「ああ。確かに言ってたぞ。今まで忘れてたけど」
ゼリゼが玲喜の腹をジッと見つめる。そして顎に手を当てて、何事かを思案しているように一度黙り込んだ。
「ジリルは目に関しては俺よりも長けているからな。というよりもあの双子にはこの間露見したような妙な力があるからな。聞いてみよう…………いや、しかし……」
——妙な力って、互いに入れ替わる事か?
結局あれが何だったのか、玲喜にはよく分からなかった。
此処に呼び寄せるのにもかなり抵抗があるらしい。玲喜に会わせるのが嫌なのか、単に己の部屋に入られるのが嫌なのか……。
ゼリゼが目を閉じて、上を向いたり下を向いたりとしながら、一人で唸っている。
——そんなに嫌なのか……。
もう少し兄弟仲が良くても良いのでは無いか? と玲喜は思った。
マーレゼレゴス帝国の人達からすれば、以前に比べて格段に仲が良くなっているのだが玲喜が知る筈もなく、あまりにも悩んでいるゼリゼを見て玲喜が折れた。
「あの、ゼリゼ。そこまで気になるわけじゃないから大丈夫だ。その内分かるだろうし」
玲喜に気を使われたのを察したのか、ゼリゼは重い口を開く。
「いや、お前の体に関わる事だ。今から呼び寄せるから少し待っていろ」
——今から⁉︎
ゼリゼは決めると行動が早い。
玲喜の言葉を待たずに、ゼリゼが空に文字を書いて飛ばす。すると突然ノックもなしに荒々しく扉が開かれた。転移魔法で来たらしい。
「おい、ゼリゼ。何でジリルだけなんだよ。おれも呼べよ! 玲喜、今日は体調いいのか?」
「玲喜~体調はもういいの? 僕が抱きしめてあげる~」
「不必要に触れるな。それにジリルしか呼んでいない!」
二人が玲喜に抱き着こうとした瞬間、ゼリゼが玲喜の周りに物理的な干渉を許さない魔法で壁を作って阻んだ。
抱きつけなくなった双子が不服そうにゼリゼを見る。
どちらが兄か分かったものではない。
「ジリル、玲喜の腹にいるのは双子だと言ったそうだな。それは本当か?」
「うん。そうだよ~…………え? あれ?」
ジリルが玲喜の腹を注視する。瞬きもせずに見つめ続けていた。
「何で~? 一人になってる……」
「は? 単に間違えたとかでは無いのか?」
眉間に皺を寄せたゼリゼがジリルを見つめて言い放つと、ジリルがムキになって言い返す。
「違う! 僕が間違えるわけないじゃない! ゼリゼだって僕の目の良さは知ってるでしょ~? 確かに双子だったよ~。でも今は一人になってる……というより一つになった?」
訳が分からなかった。
双子だったのが一人になるとかある話なのか? 一つという言い方もおかしい。
全員の頭の中に疑問符が飛ぶ。
だが、現状ではそうとしか言いようがなくて、妙な空気感になってしまった。
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