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しおりを挟む「ラル、アーミナ。今すぐ玲喜を部屋に連れて行って、俺が帰るまで保護していろ」
「畏まりました」
ゼリゼの命に二人が頷き、騒ぎに乗じてその場から姿を消す。
無事に人混みから居なくなったのを確認してから、ゼリゼはマギルとジリルに近づいて行った。
「おいそこのバカ兄二人、お前ら誰かに聞かれてもアイツの名前は出すなよ。アイツがバレるのを覚悟で結界を張ってこの場を浄化していなければ、お前たちはとっくに死んでいた。さっきまで暴れて人間の皮を被っていたのは魔物の一種だ。周りから出た負の感情を溜め込んでいく性質がある。そして魔力を持った者が触れると、周りを巻き込んで爆発するという傍迷惑な魔物だ。いつも遊び呆けて平和ボケしているその脳みそによく叩き込んでおくんだな」
呆けたままでいるマギルとジリルに言い残すと、ゼリゼは事件の片付けをする為に残った民衆に話を聞き始め、指示を飛ばしていく。
「待てよゼリゼ。おれらにも手伝わせろ」
「僕らだって……別に遊んでるだけじゃないんだけど~」
「そうかよ。まあ、手は多い方が助かる。アイツの夜食食い損ねたし……俺はさっさと帰ってアイツと一緒に寝たい」
ゼリゼが口を滑らせたとこはあえて指摘せずに雑務に取り掛かった。
三人でやれば事もすぐ済む。その途中でマギルが口を開いた。
「おれ本気でアイツ落としに行くから」
「僕も~」
間髪入れずに同意したジリルに向かって、マギルが目を剥く。
「はぁ⁉︎ 何でだよっ? ジリルは好みじゃ無いって言ってただろ!」
「さっき変わったの~」
二人が言い合いしている横でゼリゼはため息をついた。
「…………だろうと思っていた」
二人には聞こえない様に呟く。
遅かれ早かれ二人が玲喜に本気で惚れるだろうというのは分かっていた。
己ら三人は母親の顔を写真でしか知らない。
王である父親ですら大切な行事ごとで遠目でしか見たことがないのだ。
兄弟などもっと接点がない。仲が良くなるわけがなかった。
他人には命を狙われ、身内も隙あらば蹴落とそうとしてくる。
教育はそれぞれ専門の家庭教師がつき、朝から晩まで実践を交えた英才教育を受けさせられた。
親しい者は従者くらいしかいない。
しかし従者との間にあるのは主従関係のみだ。家族とも友人とも呼べない。
それで言えばラルは貴重な人材であったが。
ただ一人ゼリゼに意見を言い、悪態をつき、本音を述べる悪友のような妙な男だ。
そんな時に日本に飛ばされ、ゼリゼは玲喜に会った。
玲喜は今までゼリゼの周りにいたどのタイプとも異なっていて、身内をとても大切にする人間だった。
そして会ったばかりのゼリゼにまで当たり前だと言わんばかりに無償で手を貸し、国一つ買えそうな宝石すらゼリゼの為に自ら手放した。
玲喜は、喋ってみると思いの外楽しく、ラルと同じように素面で関われた利己主義で動かない人種だった。
自分よりも他人を優先する姿には初めは胡散臭さの方が優っていたものの、玲喜自身に毎日触れていると嘘ではなく本心なのだと知る事が出来た。
ずっと一緒に居ても良いと思える人物に会ったのは初めてだった。
生を受けてからずっと他人の残す人肌が気持ち悪くて、ゼリゼは精を吐き出しやる事を済ませば用済みだとばかりにベッドから追い出していたのに、玲喜の寝床には自ら進んで潜り込んだ。
初めは寝る場所が無く嫌々だったが、存外に温かくて安心できて、何故か気持ちが浄化される。また、玲喜の隣では良く眠れた。
こんな感覚も初めてだった。
その時点で既に己には玲喜が特別な存在になっていたのだろう、とゼリゼは思う。
それでも無駄に高いプライドが邪魔をして中々認める事が出来なかった。
誤魔化しながら日本で過ごすうちに酔った玲喜に誘われ、初めて玲喜の性癖が男に向いているのを知り、これ幸いにと手を出した。しかしラルとの事を勘違いし、玲喜を傷付けた。
あの日、音もなく涙を流す玲喜を見て、初めて玲喜の心が限界に達しているのに気がついたのだ。
愚かにも程がある。原因は己だけが理由ではなかったが、追い詰める真似をしたのは確かで、後悔してもしきれなかった。
いつも笑っていて内面も強そうに見えるが、玲喜は案外繊細でナイーブな面があり他者からの愛情に飢えている。玲喜の持ち得ていない部分を埋めて甘やかしてやりたくなった。
そして自分の方だけを向かせたくて仕方ない。
同じ境遇で育ったこの兄らが玲喜に惚れないわけがなかった。
恐らくは己と同じなのだ。自分の為に何かをして貰う事に飢えている。また楽しさや妙な安心感、空白を埋める様に隣に寄り添いたいという思いが生まれている。
これからもっとのめり込むのだろう。そんな確信だけがあった。
玲喜に近付けたくなかった理由の一つでもある。
「アイツは俺が好きだから、お前らには会いたくないと言っていたぞ」
ふふん、と勝ち誇ったような物言いでゼリゼが言うと二人は苛立った表情を向ける。
「孕んでなかったら無理矢理孕ませて奪って妃にしたのにな……。あ? おい待て、ゼリゼ。お前アイツを誰にも取られないように態と孕ませただろ⁉︎」
ゼリゼが口角を持ち上げて笑んだ。
「はあ? な~にそれ。早く会ったからって酷すぎない~? 僕も孕ませたかった~!」
やはり兄弟。考える事は何処までも同じだった。道徳心やら倫理観がおかしいとは気が付いてさえもいない。
「一足遅かったな。アイツはもう俺のだ。誰にもやるつもりはない。本気になったばかりで悪いがさっさと諦めるんだな」
そんなゼリゼもマーレゼレゴス帝国に帰ってきてから初めて心が繋がったのだ。
これ以上すれ違ってしまうつもりはなかった。
そう思ってからは惜しげもなく気持ちを伝え、行動で示す様に勤めている。
玲喜を己の元に止めておけるのなら何だってする。
「絶っ対ヤダね。ゼリゼが諦めればいいだろ。兄命令だ」
「そうそう。兄命令~」
「馬鹿が。俺が聞くとでも思うのか?」
三人で言い合いながらも、ちゃんと手は動かしているので滞りなく後始末を進めていき、予定よりもかなり早く終わらせられた。
「あの三人てあんなに仲良かったっけ?」
「だよなー。オレも同じ事を思っていたところだ」
「喧嘩してるんだろうけど、なんか空気感いいよな。やっと兄弟って印象を受けるようになったと言うか。雰囲気が柔らかく変わったと言うか。初めて親しみが持てたわ」
そんな三人を見て、警備隊が和やかに会話している。そこへ黒いフードを深く被った一人の女が近づいて行った。
微かに見える髪色も艶やかな黒色だ。
「ねえ、貴方達」
「どうかしたのか女?」
「これ、レキに渡してくれないかしら?」
突然現れた女が渡してきたのは一本の銀色の短刀だった。
「レキ?」
「そんな名前の奴いたか?」
周りが首を傾げる中で、一人だけ反応して見せた警備隊がいた。
「まさか、玲喜……さまの事か?」
ボソリと呟く。
「あら、貴方は知っていそうね」
女が妖艶に笑んだ。
「お前怪しいな。おい、フードを取って顔を見せろ!」
そう言った瞬間だった。
三人の警備隊が急に昏倒しやがて絶命した。残った一人は意識があるのかないのか分からないくらいに虚な表情をしていて、女から短刀を受け取った。
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