上 下
18 / 43

10

しおりを挟む


「魔力量が多いな。もう少し落とせ。それでは照明器具が壊れてしまうぞ」
「う……案外難しいんだなこれ」
 調整してみたものの、今度は落とし過ぎて指先から魔力が消えてしまう。
「意識し過ぎているのかも知れん。回復魔法をかける時のように、もっと肩の力を抜いてみろ。それから灯りが点る様子を実際に想像してみてはどうだ?」
 一度深呼吸する。頭の中で灯りが点くようにイメージしてから魔力量を調整した。それに呼応し、間接照明に灯りが点る。
「嘘だろ。出来た!」
「呑み込みが早いな。次は十回中何回出来るかやってみろ。その前に一度消せ。点けて消す。この一連の流れを一セットにしての十回だ」
「分かった!」
 幾度か練習して、その日は二人揃ってベッドに転がった。
 いつもは夜遅くまでゼリゼが政務で居なくて、先に玲喜の方が眠りについていた。日本では逆パターンだったのを思い出す。
「そういえばさ、二人同時に寝るのって何気に初めてだな。日本にいる時は初めだけは別々の布団だったし。まあ、途中からはゼリゼがオレの布団に入って来てたけど」
「そうだな。玲喜の側は居心地良い」
 電気を消されて目を瞑る。
「なあ、ゼリゼ……」
 大分間を置いて話しかけた時には、ゼリゼから寝息が聞こえてきた。
 いつも遅くまで仕事をしているのだ。疲れていない筈がない。起こさないようにゼリゼの胸元に軽く手を乗せて玲喜は小さな声で音を紡いだ。
「לְהִתְחַדֵשׁ」
 これが回復呪文だと知れたのは大きい。ゼリゼが疲れている時に役立つから。
「玲……喜?」
「あ、悪い。起こしちゃったか? そのまま寝てていいよ。いつもお疲れ様」
 フッと表情を崩してゼリゼが小さく笑んだ。そんな顔は初めて見たので、玲喜は不意打ちを喰らった気分だった。
 一気に顔に熱が篭り、茹っていく。
「お前のそういう所も好きだ」
 腕を伸ばされ、頬を撫でられた。
 ——顔が良いってズルい。
 何をやっても様になる。熱のこもった視線から逃れるように、ソッと目を伏せた。
「オレも……頑張って仕事をこなしているゼリゼも、好きだよ」
 ゼリゼはまた眠りについている。聞こえていたのかも怪しいが、気持ちを言葉にすると気恥ずかしくて玲喜は暫くの間、ベッドの上に座ったままでいた。
 ——心臓の音がうるさい。
 自分で思っているよりもずっと深くゼリゼに惹かれているのかもしれないと、玲喜は両手で顔面を押さえて悶えた。




 その四日後の事だった。
 今日は昼前から何やら騒がしくて、玲喜は扉を少しだけ開いて外の様子を伺った。
 警備隊が忙しく廊下を行き来している。何かがあったのは分かったが、肝心な内容は聞こえてこない。
 そのまま覗いていると、ゼリゼが歩いて来るのが分かって慌てて扉を閉めた。
「玲喜。バレると厄介な事になるぞ。少し前に城下町でいざこざがあったようだ。ラルと一緒に見てくるから、俺らが帰ってくるまでアーミナ以外は絶対部屋に入れるな」
「分かった。面倒な事になってるのか?」
「ああ。現場に行ってみなければ詳しい事は分からんがな」
 眉間に皺を刻んだゼリゼがため息をついた。「行ってくる」という言葉と共に額に口付けられる。玲喜はそのまま部屋の中で魔法の練習を再開した。
 初めに提示された、灯りをつける、文を出す、浮遊させるといった三種類の魔法は百発百中出来るようになっている。
 今日からはいざという時の為に、防御壁を立ててからの結界内から魔を排除する呪文の簡易版を習っていた。
 以前、ゼリゼの前でやった魔法の強化縮小版だが、これが中々どうして……上手くいかない。強化縮小版は緻密な魔法出力コントロールが必要とされる。
 何度も試している内に、単純な防御壁ならば出来るようになったが。
「ちょっと違うんだよなーこれは」
 項垂れていると扉をノックする音が聞こえた。
「玲喜様、ティータイムにしませんか?」
「ありがとう、アーミナ」
 玲喜は立ち上がり部屋の扉を開ける。
 しかしそこにはアーミナの姿は無く、知らない男が二人立っていた。
 急いで扉を閉めようとするも、足を挟まれ阻止されてしまう。
 ——アーミナはどうしたんだ?
「どちら様……ですか?」
 アーミナ以外には開けるなとゼリゼに言われていただけに、身構えながら聞いた。
 シルバーがかった薄いエメラルドグリーンの髪色と瞳の色、顔立ちが二人とも似ている。
 双子という言葉が脳裏をよぎった。髪の色合いは何処となくゼリゼに似ている。
 ——ゼリゼの兄弟?
 じっくりと観察されるような視線がまとわりついていて、あまり気分が良くない。
 そう考えながら扉を閉めるのを諦めて開くと、少し離れた場所にアーミナが倒れているのが分かって、玲喜は反射的に駆け寄ろうとした。
 だが、双子に腕を掴まれる。
 さっきの声は魔法でアーミナの声質を再生したのかも知れない。
「離せ‼︎ どうしたんだ、アーミナ⁉︎」
 どれだけ引いても掴まれた腕はピクともしなかった。
「お前だろ。ゼリゼが入れ込んでるっていう奴」
「ふ~ん。顔立ちは確かに悪くはないけど骨抜きにされる程美人でもないし、華奢で可愛いわけでもないんだね~どうやってゼリゼに取り入ったの?」
 上から下、裏側まで値踏みをするようにジロジロと眺められるのは本当に居心地が悪い。
 玲喜は先程出来るようになった小さな結界を作るなり弾けさせて、掴まれている腕を引き抜いた。
「関係ないだろそんな事!」
 即座にアーミナの元に急ぎ、うつ伏せになっている体を仰向けに返す。
 殴られたような跡が口元にあり、抵抗したのか体にも無数の怪我があるのが分かって、玲喜は気付け効果もある治癒魔法をかけた。それを見ていた双子が目を瞠る。
「成る程なあ。少し前に感じた浄化魔法もコイツの仕業だな」
 マギルの口角が愉しげに持ち上げられた。
「玲喜、様?」
「気が付いたんだなアーミナ。良かった。でも今すぐ逃げてくれ」
 男二人が歩いて来るのが分かって、玲喜が身構える。
「でも玲喜様!」
「オレは大丈夫だから早く行って。ゼリゼかラルに知らせてくれると嬉しい」
 文を出す魔法を出している余裕はなかった。
 あれはまだ時間をかけなければ出来ない。その代わりアーミナには持続式の治癒魔法と、防御壁の魔法を即席でかける。
 今回は緊張で集中力が増しているのが功を奏した。
「アーミナには持続式の治癒魔法をかけて防御壁を張っている。だから奴らからの攻撃は当たらないから大丈夫。でも物理的な攻撃への効果はまだオレにも分からないんだ。だから捕まらない内に早く行ってくれ!」
「分かりました」
 走り出したアーミナに容赦ない魔法攻撃が降るが、玲喜の張った結界に阻まれ弾き返された。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

異世界転生してハーレム作れる能力を手に入れたのに男しかいない世界だった

藤いろ
BL
好きなキャラが男の娘でショック死した主人公。転生の時に貰った能力は皆が自分を愛し何でも言う事を喜んで聞く「ハーレム」。しかし転生した異世界は男しかいない世界だった。 毎週水曜に更新予定です。 宜しければご感想など頂けたら参考にも励みにもなりますのでよろしくお願いいたします。

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

処理中です...