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マーレゼレゴス帝国

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 シャワーついでに浴衣は洗いに出したのか、ゼリゼは元々着ていた服を着ていた。
「ゼリゼ……これラルに返しておいてくれないか? 昔怪我をした時に借りっぱなしだったんだ。後、ごめん。お前をマーレゼレゴス帝国に帰す手伝いももう出来ない。すぐに此処を出て行かなきゃならなくなった。週末に……この家が無くなるんだ」
 差し出したハンカチを通り越して腕を引かれた。
 畳にあぐらをかいて座ったままのゼリゼの膝の上に、対面する形で乗せられる。
「ゼリゼ……」
 また泣けてきて涙が頬を伝った。
 突き放すなら優しくして欲しくない。本当は嫌われていないんじゃないかと勘違いしてしまう。
 腕を突っ張って体を離そうとしたがビクともしなくて、何回か試したのちに玲喜は諦めてゼリゼの肩に額を乗せた。
「なんでオレは……誰にも必要とされないんかな。そんなに邪魔? オレは居ない方がいい? 行く場所さえ無いんだ。もう……喜一郎とセレナの所へ……っ行きたい」
 嗚咽に震えた声は、語尾が小さくなり消える。
 何処へ行こうと同じなのかもしれないと考えると、行動に移す事さえ億劫で、気力さえ奪われる。
 それなら必要としてくれた人たちの元へ行きたかった。
 此処にはもう、自分の居場所はない。
「邪魔じゃない。俺にはお前が必要だ」
 あやすように、後頭部に回ってきたゼリゼの手に頭を撫でられた。
「オレの事、嫌いなくせに……嘘つき。でも…………ありがとう」
 必要だと言ってくれた言葉は嬉しかった。
 ゼリゼの単なる気まぐれで発した言葉でも、どこか救われた気持ちになる。
 ゼリゼの事は嫌いじゃなかった。寧ろ逆だ。
 確かに第一印象は最悪だったけれど、共に生活をしていくにつれて色々な面も見れたし、年齢が近いのもあって楽しさの方が上回った。
 久しぶりに素面で笑えた。
 初めて気の置けない友人と同居しているみたいな気になっていて、嬉しかった。
 ゼリゼが居るのが当たり前になる頃には、側に気配を感じるだけで幸せな気持ちにもなれた。
 この一週間は、ただ体を重ねるだけの関係になってしまったが、それでもゼリゼは手酷く扱ったりはしなかった。
 それどころか、快楽で体の奥底からグズグズに溶かされて甘やかされてしまうから逆に辛い。食事を作ってくれたりと、普段の生活でも労わってくれる事も多くなった。
 だからこそ困惑する。
 今はゼリゼの優しさが怖い。縋ってしまいそうになるから、離れたくて仕方ない。
「離して……くれ。荷物を纏める続きを、しなくちゃいけない」
「行く所がないのだろう? 荷物を纏めてどうする気だ」
 喉の奥で言葉が詰まった。
「それでも……出て行かなきゃいけないんだ。一層の事、オレもゼリゼみたいに、どこか異世界へ行けたらいいのにな。そしたら、思い出深い景色を見て感傷に浸る事もなくなるのに。もう疲れた……。皆んなの思い出ばかりがある場所に、一人でいるのは疲れた。あんなに楽しかった筈なのに……っ、今は何もかもがしんどいんだ。もう、何処かへ行きたい……っ」
 ゼリゼの腕から逃れようとまた身を捩る。
「なら俺と来い」
 その時だった。ゼリゼの言葉と重なるように眩い光が溢れ出して全てを包み込んだ。互いの顔すら見えなくなり、思わずゼリゼの腕に縋り付く。
「これは……まさか……っ」
「何だよ、この光……」
 ゼリゼにきつく抱き込まれた。
 光は部屋中に広がり、目も開けていられなくなる。
 漸く目が慣れたと思った時には見た事もない広い室内にいて、玲喜とゼリゼは周囲を見渡した。
 玲喜の住んでいた家が部屋の中にすっぽりと収まってしまいそうな程に広い。
 高い天井にシャンデリア、細工の施された太い柱に壁画、アンティーク調のテーブルや椅子にソファー。
 全てがテレビで見かける中世時代の貴族の部屋みたいだった。
「え、何処だここ?」
「俺の……部屋だ」
 玲喜の体を離したゼリゼが隣の部屋まで歩き、扉を開けて部屋の外を確認したのちに窓の外も確認していく。
 玲喜のいる方角から視界に入ってくる景色も日本とは思えない建物ばかりがだった。
 部屋だという事はここは王族が暮らす城の一部なのだというのが窺える。
「マーレゼレゴス帝国に戻っている」
「ここが……マーレゼレゴス帝国」
 本当にゼリゼと一緒に転移してしまって思わず動揺してみたものの、もう自分には何も無いんだったと思い直し、玲喜は小さく笑みをこぼした。
「そっか。良かったな」
 玲喜は立ち上がるなりそのまま扉に向かって歩きだす。
 ゼリゼが元の世界に戻れたのならば己は用済みだろう。
 玲喜にとっては現実社会で生きて行くより、このままマーレゼレゴス帝国で過ごす方が抵抗なく受け入れられた。
 一からのやり直しだ。
 それ以外の選択肢はない。それなら何も知らない場所の方が都合良かった。
 もしかしたら宿付きの仕事先があるかも知れない。
 もし見つからずに何かがあって例え命を落とそうと、それすらも今の玲喜にはどうでも良く感じられた。
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