女A(モブ)として転生したら、隠れキャラルートが開いてしまいました

瀬川秘奈

文字の大きさ
上 下
15 / 16

【15話】お貴族様の考える事は分からない

しおりを挟む
「ツェル」

 そう呼んでから、口に手をやった。

 またやらかしてしまった。

 ツェルはまだ"ツェル"ではないのに⋯⋯。

 けれど内心焦ったものの大丈夫だったようで、

「エリーがここに居るのはいいとして、またアンタか」

 一瞬だけ眉を顰めたツェルは、呼び方については特に触れる事もなく話しかけてきた。

「あらシャッテン殿下。ナイをご存知だったんですか?」
「いつも言ってるけどシャルでいい。堅苦しいのは性に合わないんだ」
「では、シャル」
「ん」

 優雅に立ち上がってツェルと目線を合わせたエリーと違い、私は未だにしゃがんだままツェルを見上げている。

 足元の図とか文字は慌ててかき消したから、多分見られていない、大丈夫。

 ツェルが私の事を知っている風だったのが気になったのか、エリーは私とツェルを不思議そうに交互に見ていた。

 この不思議そうな顔ですらエリーは天使である。

 教会とかの壁画にありそうだ。

 マリーナもかなり可愛い顔立ちをしていたけれど、エリーはその比じゃないと言うか、恐らくあと一歩くらいで攻略対象組が居る人形めいた顔面の領域に入りそうなのだ。

 上から目線で観察をしているけれども、実際はまぁスタートダッシュにすら到達していないモブの私が判断するなって話だろう。

 そもそもメインヒーローのツェルと、恐らく重要キャラクターであるエリーが並ぶと破壊力が凄まじくて、何だかキラキラした幻覚が見える。花が浮いているようにすら思う。

 そうやって何気無くぼけぇ~っと二人を眺めていた私を、エリーよりも若干表情筋が薄く、けれどどことなく気が抜けている雰囲気のツェルが見下ろした。

「あー⋯⋯この子、前にもここで話しかけてきたから顔見知り程度には知ってるんだ」
「まぁ、そうだったんですねぇ」
「それでアシュレイとなんか⋯⋯うーん色々?あったみたいで、相談してきたんだよ」
「アシュレイ殿下と?珍しい事もあるのねぇ。あの方滅多に使用人とはお話にならないのに」

 がっつり話しかけてきましたし、なんなら捕まえて来ようともしましたけれど⋯⋯。

 どうやらツェルにレイの事を相談した時に、一瞬驚かれたのはそのせいだったようだ。

 二人の話を聞いていると、レイはあまり使用人や下層の身分の者には話しかけないらしい。

 それどころか貴族と話す時も大概嫌そうな雰囲気を出すどころか、ツェルやエリーが話しかけても同じように不機嫌なオーラを隠しもしないのだと。

 唯一まだマトモに相手をしているように見えるのが、あの社畜眼鏡ヴァルデ・ベルクのみで、ヴァルデの時も話はするものの、触れられたりすると怒り狂うのだそう。

 やっぱりとんでもない奴だ、レイは。

 そのレイに話しかけられたからって理由で、ツェルはどうもそれとなく私の事を気にはしてくれていたようで、ちょびっとだけ上がっていた好感度の謎が分かった。

「(優しいなぁ、ツェルは!!流石メインヒーローだよ!!)」

 そんな事を思って感慨に耽っている私を置いて、二人は会話を進めている。

 少し蚊帳の外感が否めないのは、単純に私がモブだからだろう。

「俺としてはアシュレイがこの子に興味持ったのも気になるけど、それよりもエリーとこの子がなんで一緒に居るのかの方がもっと気になってるんだが?」
「嗚呼、それは」

 ツェルの至極当然の疑問に、エリーは胸元で両手を合わせながら満面の笑みで答えた。

「お友達になったからですわ」
「「お友達ぃっっ?!」」

 思わず立ち上がった私とツェルの声が被る。

 いやいやいやいや、エリーと友達とか身分が違い過ぎるでしょう!

 使用人と公爵家の令嬢でも差が凄いのに、こちらは目無しモブで、あちらは出現しないとはいえ重要キャラクター!!

 そもそもいつ友達認定されたの?数分話しただけの仲なのに?

 ステータスか、ステータスを見たからか?!

 いったい私は何回混乱をすればいいのだろう?

 驚愕したままの私とツェルを置き去りに、また悪戯っぽく笑ったエリー。

「私はナイをナイと呼びましたわ」
「あ、嗚呼⋯⋯そうか」
「それで、ナイは私をエリーと呼んでくれますの」
「そう呼べって言われましたからね⋯⋯」
「ほら、お友達でしょう?」

 ⋯⋯⋯⋯何その理論分かんないっっ?!

 名前を呼びあったらお友達になるのなら、世界が友達で溢れ返ってしまうし、友達百人も簡単に出来てしまう。

 エリーのお友達の作り方なんて、前世でも今世でも聞いた事がないよ!!

 あれなのか?上流階級的なマナーがうんちゃらかんちゃらの中のどれかなのか?!

 それなら私は知らない、何故ならばモブはモブでもモブ令嬢とかじゃなくてガチのモブだからだ。

 さっぱり理解が出来なくて助け舟要請の視線を向けたら、そこには何故か妙に納得した顔のツェルが居るじゃないか。

 どうしてぇ?

「エリーこの子に愛称教えたの?」
「ええリータでも良かったのですが、やはり私は今はエリーなので」
「ふーん、それなら仕方ないね」

 何が仕方ないんですかっっ!!

 二人で勝手に完結しないでくれるかなっっ!!

 ちゃんと見て!!貴方達の近くに居る一介のモブ女A(メイドVer.)の事も!!

 あまりにも私がはてなマークを浮かべ過ぎたのか、それに気が付いてくれたツェルが苦笑いをしながら説明してくれる。

「エリーと言うかヴァーレン公爵家⋯⋯エリーの家ね。そのエリーの家は、代々家族以外の人には極力自分の愛称えー⋯⋯あだ名?を呼ばせないって決まりがあって」
「⋯⋯そうなんですか?」
「ん、家族以外のあだ名を知る人は、独身の異性なら婚約者えーと⋯⋯未来で結婚する人と、同性ならまぁだいたいは友人のみ。ここまで分かる?」
「はい⋯⋯分かります」

 彼の中で三歳下の小娘は、ピッカピカの1年生にでも見えているのだろうか?

 やたら子供相手みたいな話し方をツェルがしてくるのは正直物凄く気になったけれど、説明自体は分かりやすいから不問にする事にした。

「それで俺とアシュレイは一応エリーの婚約者候補なんだ。それ以前に従姉妹でもあるし、だからエリーの事はエリーって呼んでる」
「まぁアシュレイ殿下は、"ヴァーレン公爵令嬢"ってお呼びになりますが」
「アシュレイはあれだからな⋯⋯。あ、あとエリーのとこの執事も確か、エリーをエリー様って呼んでたような⋯⋯」

 そこまで言ったツェルが、はっとしてエリーを見たまま固まる。

 ツェルは誰がどう見ても如何にもまずい事を言っちゃったって雰囲気を出していて、

「(素直だね!このメインヒーロー様!)」

 同じ状況でお兄ちゃんの方ならば、へらっと笑うか「何か文句あるの?」的な雰囲気を出したところだろう。

 それにしてもいったい何がまずくて、ツェルの顔色が変わったのか?

 ツェルの視線の先のエリーを見れば、にっこり笑みを浮かべて、

「執事は家族も同然ですから」
「ひぃっっ」

 ブリザード。

 一瞬、本当に一瞬にして、エリーの背後に猛吹雪が出現したのですが⋯⋯。

 無論、猛吹雪が出現したように思える冷たい雰囲気をエリーが出しただけで、実際は雪なんてどこにも降ってはいないのだけれども。

 ただそのエリーを見てふと、某我儘第1王子に対抗していた、某社畜眼鏡が私の頭をよぎった。

 そう言えばさっきも気配消して隣に立ったり、その状態で話しかけてきたり、笑顔のままでブリザードを出現させたりと、なんだかエリーとヴァルデに同種の何かを感じる。

「(え、親戚?親戚だったりする?)」

 そんな設定は無かった⋯⋯、多分。

「(待って、ヴァルデって誰かと親戚だった筈⋯⋯誰だっけ?)」

 思い出そうにも思い出せない。
 ヴァルデルートでは出てこなかった事なのだろうか?
 一年の間にこんなに忘れちゃった?
 
「(ううん、ヴァルデルートはまだ覚えてる。特にそんな描写なんてなかったよ。じゃあ⋯⋯どのルートだっけ?)」

 私が思考に気を取られている間に、芯まで凍りそうなブリザードにちょっと怯んだツェルはさり気なく私の背後に移動していて、意識がそっちに持って行かれる。

「(あ、ずるい!貴方メインヒーローでしょうがっっ!?)」

 メインヒーローがモブを盾にするな、モブを。

「(貴方達と違ってあっさり死んじゃうんだからねっっ!!)」

 もういいや、思い出せないものは仕方が無いし。

 今は記憶の整理よりも目の前のブリザードが先だ。

 エリーは笑ってはいるもののとにかく冷たい目をしていて、執事さんについてあまり突っ込んでほしくなかったのかもしれない。

 未だ私(モブ)を盾にしたままのツェル(メインヒーロー)をジトっと見れば、居心地の悪そうな顔で私から視線を背けて、それからため息を吐いて彼は口を開く。

「まぁ、そんな感じでアンタ⋯⋯ええっと」
「その子はナイですわ、殿下」
「ナイね。ナイはエリーのあだ名を呼んだから、友人扱いになったって事だ。おっけー?」
「おっけぇい」

 「おっけー」の後ろに疑問符が居たけれど、私は知っているのだ。
 この疑問符は付いているだけと言う事を。

 つまりツェルの言葉を訳し直すと「話を逸らすから従え」である。

 まぁ良いだろう、ツェルの誤魔化しに私も賛成なのだ。
 だってこのままじゃ確実に風邪を引いてしまうレベルで、ブリザードが寒いのだもの。

 ツェルの失言とエリーの猛吹雪で遠くに行ってしまった謎の「お友達」発言が、無事に元気よく帰って来て、それを受け取った私はちんぷんかんぷんだとしても。

 つまりは、あだ名を呼べと言われたから呼んだらエリーの友人になったそうでして。

「(貴族様の考える事はよく分からない)」

 とりあえず知らぬ間に、規格外のお友達が増えたって認識でいいのだろう。
 そう強引にでも解釈してしまおう。

 ここでヒロインだったらすんなり受け入れてしまうのだろうけれども、ごめんねエリー。
 何回も(脳内で)言っているけれど、私はモブなのでヒロイン脳にはどうしてもなれないのだ。

 そもそもこのゲームのヒロインも、物事を言うてすんなり受け入れるタイプの女子では無いのだけれども⋯⋯。

 恐らく遠い目をしている私を見てか、エリーは私と目線が合うように近付いて来た。

 私よりも背の高いエリーはわざわざ前屈みになってくれて、そのエリーの行動に背後のツェルが若干ギョッとしていた。何故?

「ねぇナイ、おかしな事を言うのかもしれないけれど、何故だか私はあなたを他人だとは思えないの。家族と言うよりも、もっと近いような⋯⋯」
「他人じゃない、ですか?」
「えぇ、そうなの。おかしいわよね?」

 そっと私の頬に触れたエリーの手。

 毎日丹精込めてお手入れされたきめ細やかな肌は、こんなにも心地いい感触なのだと私は知る。

「私達、きっといいお友達になれると思うの」

 そう言って私を見る瞳は宝石みたいにキラキラ輝いていて、少しだけほんの少しだけ、こんな目が私も欲しかったと思ってしまった。

 こんな声がこんな人が育つ家が、家族が、私も欲しかったのに、と。

 決して口には出さなかったけれどもっと立場が違ったのなら、目と声を手に入れる為にずっと走り回らなくても済んでいたのならば、私がこの人をこんな風に羨むことも無かったのじゃないかって、そう、思ってしまった。

 不意に、

『あなたには分からないわっっ!!』

 泣き叫ぶエリーの声が聞こえる。

 空耳かと思ったけれど、もう一度。

『⋯⋯変われるなら変わってくださいよ』

 はっきりと、またエリーの声が聞こえた。

 はっと落ちた目線を上げてもエリーが何かを叫んだ風には見えなかったし、ツェルも何かが聞こえた様子は無かった。

 私がこの声をちゃんと耳で聞くのは、それからしばらく経っての事だった。







ーーあなたは猫のような人ーー
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

転生しても山あり谷あり!

tukisirokou
ファンタジー
「転生前も山あり谷ありの人生だったのに転生しても山あり谷ありの人生なんて!!」 兎にも角にも今世は “おばあちゃんになったら縁側で日向ぼっこしながら猫とたわむる!” を最終目標に主人公が行く先々の困難を負けずに頑張る物語・・・?

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

処理中です...