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【12話】立ち上がるフラグ
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ーー〈アシュレイ〉
庭園が左手に見える位置の、バルコニーの椅子に腰掛けたプラチナブロンドの長い髪。
伸びた背筋と静かにカップを口元へ運ぶ仕草。
ヴァーレン公爵令嬢。
その姿を視界に入れた瞬間に、アシュレイの眉間には皺が寄った。
「ごめん、待った?」
「あらアシュレイ殿下、大丈夫ですわ」
まだ社交界デビューを果たしていないのに、緩く微笑む様は正に世間が言う通りの淑女の鑑そのもので。
この形ばかりのお茶会は、いつも通りのくそつまらない時間になるのだろうとアシュレイは思う。
他のご令嬢達のように待たされた事に対して、そこはかとなく不機嫌だと言うアピールをされた方がまだマシだった。
そうすれば大義名分を得たアシュレイは、そのまま席を立てたと言うのに⋯⋯。
ヴァーレン公爵令嬢とアシュレイ及びシャッテンの双子は、小さい頃からの知り合いであり、ある意味では幼馴染と呼べる関係だったのだが、何年と経とうがこの令嬢が何を考えているのかアシュレイにはちっとも分からなかった。
一番古い記憶を掘り起こしたところで、彼女はいまと対して変わらない澄まし顔をしていて、まるで人形を相手にしている気分になって心底うんざりするのだ。
まぁ貴族のご令嬢としては、これが模範解答。大正解なのだろうが⋯⋯。
アシュレイには、人形遊びに興じる趣味は無い。
ましてや彼は他の者より明らかに桁違いの魔力を所持してしまった影響で、自分以外の全てを「つまらない」と認識する傾向にあった。
故に何を語って聞かせても、お手本通りの答えしか返って来ないヴァーレン公爵令嬢が、早い話、苦手だったのだ。
「そう言えば殿下は、この休暇中に何をなさっておりましたの?」
「大した事はしてないし、それをわざわざ君に伝える理由はない筈だよ」
「あら、申し訳御座いません。出過ぎた真似だったようですね」
流石にアシュレイにも、自分が大分冷たい態度をご令嬢に取っただけの自覚はあった。
けれども当の本人は、カップを持ち上げて何でも無いようにお茶を飲む。
微動だにしない頬笑みは、何かを口にしている間も変わらない。
この際、変に取り繕わないで馬鹿正直に聞いてくれたのなら、どれ程良かったのだろうか。
公爵家の令嬢ともなれば、王宮での噂話の一つや二つは入ってくるものだろう。
彼女は知っている筈なのだ。
学園の長期休暇中に、城に戻った第1王子がいったい何をやらかしたのか、を。
それをさも知らない体で「何をなさっておりましたの?」なんて聞いてくるものだから、いつもいつもアシュレイはあまりのつまらなさに気が狂いそうになるのだ。
「(やっぱり来るんじゃなかった。もっとあの子と話したかったのに⋯⋯)」
アシュレイふと、先程まで目の前に居た使用人の事を思い出す。
未だかつてアシュレイの魔法を、それも発動寸前まで組まれた魔法陣を、消した者は誰も居なかった。ーーそもそも歯向かおうとして来る者が稀、と言う事でもあるのだが。
魔法陣を介さないで、魔法式を直接ぶつけてくる手法にも驚いた。
そんな方法があるだなんてアシュレイは知らなかったし、稀代の魔法の天才とも名高い彼が知らないと言う事は、つまりは国中の誰も知らないと言う事にもなる。
「(あの子特有のスキルなのかもしれないなぁ)」
アシュレイは光属性だが突飛出ていたのが光なだけであって、実際にはサブ属性を複数所持していた。
そして属性外の魔法についても威力がやはり桁違いだった為に、自他共にほとんど使えない魔法は無いと言われている。
彼の世界は魔法のせいで退屈な物に成り果ててしまった。
故に、彼は魔法に関して誰よりも貪欲なのである。
それからあの使用人にはもう一つ面白い事があって、それが益々アシュレイの興味を引き立てる原因にもなってしまっていた。
使われる者だからだろうか。言動については対して面白味もくそもなかったのだが、それにしてはあの使用人は、やたらと表情がころころと変化していたのだ。
当初アシュレイを見る目は、彼が突然抱き着いた事もあってか驚愕と恥じらいに染まっていたのだが、いざ話をしてみようと大広間に対面した際には、数分前の事などまるで嘘の様になんとも不服そうな物に変わっていた。
それは例えるのならば、めんどくさい人を見る目だった。
使用人でありながら、この国の第1王子であるアシュレイを「めんどくさい人」だと視線で語る娘。
それから彼女は定期的にアシュレイにもそうだが、彼の隣に居たヴァルデにも、不平不満が混ざり切った視線を浴びせていた。
そのあからさま加減は、彼女の事を何一つとして知らないアシュレイでさえ、その時彼女がヴァルデに向けた視線の意味が手に取るように分かる程で。
仮にも王族の補佐を担っている人物に対して、「お前が何とかしろよ」的な視線を向けるのは無いだろう。
何故こんなにも気になるのか分からない。
ただ興味を持つなと言われる方が、無理な話である事は確かだった。
もう少し周りと同じ様に、綺麗事と歪な笑顔を浮かべながら、アシュレイが頼んでもいない賛辞をあれこれと述べていたのならば。
或いはひたすらに従順に振る舞いさえすれば、浮かび上がった興味だって、すぐさま消え失せてしまうのに。
けれども理由も無く惹かれてしまう人が居て、アシュレイの中でその感情は、所謂所有欲に分類されてしまうからこそ厄介であった。
「(あの子欲しいなぁ⋯⋯)」
そう傍から見れば上の空で考えていたアシュレイは、目の前のご令嬢が酷く小さな声で、
「つまらないのは貴方だけじゃないんですよ」
と零した事に気が付きはしなかったのだ。ーー
◆
「舞踏会?」
「そう」
自室のベッドに腰掛けて何をするでもなくだらだら過ごしていたら、同室のマリーナからそう言われた。
相変わらずどうやって作られたのか分からない色素の髪を、ちょっと無骨な形のブラシで梳かしている。
その何気ない動作すらちょっとした絵になりかけているのだから、サブキャラって凄いよなぁとまじまじと見ていれば、少し気まずそうな顔で目を逸らされた。
「(見すぎたみたい、ごめんねマリーナ)」
ここは王宮って事もあって、何に使うんだ!ってくらいに部屋数が多い。
流石に離れた所に建っているけれど、当然のように使用人専用の部屋もあって、王宮に仕える使用人とか下働きの人達は、殆どこの建物の中で寝泊まりしているらしかった。
たまに家から直接通っている人もいるけれど、そんなの本当にひと握りで、だいたいが身分が下層の人だったり、遠くの田舎から出稼ぎで出て来ている人が大半だから、そう言った処置をしているのだと思う。
規則はかなり厳しいけれど、ちゃんと決められた時間にご飯は出てくるしベッドもしっかりしている。
流石に毎日は入れないけれど、使用人専用のお風呂も完備されているし。
元から家が無い私なんかには凄く助かってはいるのだけれど、マリーナはどう思っているんだろうと、ちらっと横目で見てみた。
同い年だからと言う理由なだけで同室になったり同じ洗濯班に回されたりと、私は何かとマリーナと組む事が多かった。
話しかけてもうんともすんとも言わない人と居るよりも、自我があって会話が問題なく出来るマリーナと一緒に居た方が何倍も楽だったから、私は助かっているのだけれど⋯⋯。
厨房に居た話せるお兄さんに聞いた話では、いくら子供が疑問に思われずに働けるこのファンタジーな世界でも、王宮で働く人に子供は早々居ないそうなのだ。
一番若くても16歳くらいなのだけれど、私もマリーナも13歳。
姑息な手を使って王宮入りを果たした私とは違って、マリーナはきちんと決められた規則に則ってここに来た事だけは憶測できる。
でもどうしてそうなったのかまでは分からなかった。
サブキャラクターについて詳しくは、ゲームの中でも話す事なんてないし、キャラ紹介文にも突飛出た事は何も書いていなかった。
事情があるのかもしれないけれど、それを深く聞くのはただの迷惑だから聞けないし。
「うーむ」
好奇心に物を言わせて、ずけずけと人の領域に足を踏み入れていいものなのか否か悩んでいれば、
「そんなに悩まなくても私達には特に関係ないから大丈夫だよ」
髪を梳かし終えたマリーナがふっと笑った。
「舞踏会の給仕に配属されるのは上級使用人の人達だし、見習いはいつも通り洗濯してればいいんだから」
「そう言うものなの?」
「そう言うものだよ」
くすくすと笑うマリーナが、私の方を振り返って思い出した。
そうだった、舞踏会の話をしていたのだ。
年に一回、一定数の貴族を集めて王宮で開かれる催し。
毎年盛大に開かれているから、注目している庶民も多いのだと。
普通の舞踏会なら庶民には関係ないのだと思うのだけれど、やはりここは乙女ゲームの世界。
普通じゃない事だって全国の乙女達をきゅんきゅんさせる為ならば、当たり前のように起きるのだ。
例えばそう、
「でも凄いよね毎年。期間中は階級関係なくお城の中に入れるし、許可と相応しい格好さえあれば舞踏会に参加も出来るんでしょ」
これだ。
本来ならそんな危険な舞踏会なんてない。
言うなれば期間中は、それなりの事をすればどんな不審者も王宮に入り放題と言う事なのだ。
名だたる貴族だけじゃなくて王族も参加するのに、それでいいのかと思ってしまうけれど、乙女ゲームクオリティには勝てない。
この仕組みも全部、数年後に起こるたった数枚のスチルとシナリオの為だけなのに。
「見習いだって夜は空いてるんだから、夜会くらいには参加出来るじゃない。マリーナは行かないの?」
「無理よ。ドレスなんて持ってないし、相応しい振る舞いも出来ないから」
「でも私達くらいの年代から婚約者を探すらしいじゃん。出会いが舞踏会だったとかよく聞くよ?」
「ナイ、それは貴族の話だよ。使用人が貴族に見初められてなんて、そんな御伽噺みたいな事は起こらないの」
そうため息を吐くマリーナ。
それが起こるんだよ。
と言うかそう言うゲームなんだよ、この世界。
使用人があらゆる貴族に見初められるシンデレラストーリーなんだよ⋯⋯。
とは、口が裂けても言えなかったけれど。
「はい、この話もうおしまーい。そろそろ寝なきゃ明日も早いしね」
そう言ってマリーナはベッドに潜り込んだ。
舞踏会の話をしている時のマリーナは、年相応の女の子って感じがして可愛かったのだけれど、そんなに身分って大事なのかなぁって、そう物思いに耽る夜だった。
ーー、血に染まった金色の髪。
賑わいを見せていた舞踏会会場は、その光景に一気に静まり返る。
力なく倒れた彼女に俺は駆け寄って、彼女を見下ろしている人物へ視線を向けた。
「なんで⋯⋯どうしてこんなこと」
先には、顔色一つ変えないまま立っているアシュレイ。
俺の片割れ、俺の双子の兄。
「どうして?」
小首を傾げた兄弟は、口角を上げる。
「邪魔だったから」
嗚呼、そうだ。
この男はいつだって、"邪魔"と言う言葉だけで非道な行いをする。
今まではそれでも行き過ぎなところまではいかなかったから黙っていたが、遂に人を手に掛けてしまったのだ。
少しでもこの男に良心が見えたのならば、或いは罪悪感の片鱗でも見せたのならば、救いはあったかもしれないのに。
自分の罪に臆するどころか、笑ってみせたのだ。
何故⋯⋯。
「アシュレイ⋯⋯⋯⋯アンタは俺が止める」
これ以上この兄に、国は任せられない。
もっと罪が増える前に、もっと犠牲が生まれる前に、断罪しなければならないのだ。
誰にも出来ないのならば、俺がやろう。
それが同じ血を引いた者の運命だ。
片割れとして生まれた奴の宿命だ。
例え、この命に変えてでも⋯⋯。ーー
勢いよく体を起こす。
木で簡単に作られたベッドが盛大に軋んだが、そんな事はどうでもいい。
「待って⋯⋯」
私は頭を抱えて呻く。
「噂の子が殺されるのもしかして今年っっ?!」
そう叫べば「なーにー」と、寝惚けたマリーナが呟いた。
◆
夢のせいでバクバク心臓が鳴っているが、一旦状況を整理しよう。
三年後の未来でレイはツェルに封印される。
そこからが物語のスタートだ。
きっかけは悪行の限りをし尽くしたレイが、遂に自らの手で人を殺してしまったからで、その殺した相手って言うのが、レイとツェル二人の婚約者候補だったご令嬢。
彼女は王族の従姉妹に当たる人物で、レイとツェルとは幼少期からの仲。
どちらか片方の婚約者ではなく両方の"婚約者候補"なのにはそれなりの訳があって、元々そのご令嬢は王太子妃として育てられる事が生まれる前から決まっていた。
けれど王子は二人居て現国王は何故か王太子を選ばず、二人共"次期国王候補"に選定したのだ。
だから本来王太子の婚約者になる筈だったご令嬢も、王太子候補が二人居る為にどちらかの許嫁になると派閥争いから、余計な争いに巻き込まれかねなかった為、応急処置として両方の婚約者候補に収まったのだ。
更に厄介な事にレイはあんな性格だったから、ご令嬢にはほとんど見向きもしていなかったようだけれど、ツェルの方は違って、根っからのお人好し、基、世話焼きのツェルはそのご令嬢と懇意にしていたらしい。
好意を抱いていたかどうかまでは作中に書かれていなかったから分からないけれど、ご令嬢がツェルにとって特別な人であった事は間違いないのだ。
何故ならそのご令嬢がレイに殺されてしまったからこそ、彼がレイの封印に尽力したのだから。
尤も私は、殺されるのはもっと先だと思っていたけれど⋯⋯。
ちょっと整理の為に言ったけれど、この措置はあまりにも異常だと思うのは私だけだろうか?
王太子がなかなか決まらないだけなのならば、別に珍しくも何とも無いだろうし、その場合であれば第1王子妃と第2王子妃にして、王太子が決まり次第、王太子妃に敬称を変えてしまえばいいだけの話なのだ。
なのにも関わらず、レイにもツェルにも現状"候補"は居ても"婚約者"は居ない。
それどころか、二人"共通"。
「(乙女ゲームだから?攻略対象に婚約者が居ると困るから?)」
このゲームはタイトルこそラブコメみたいだけれど、その実、ネット上で"これはタイトル詐欺"だと言われてしまう程に内容は恐ろしく重かった。
選択肢をミスればヒロインだって簡単に死ぬし、そもそも個別ルートのシナリオも普通に比べてかなり長い方で、私はそれが気に入ってのめり込んだのだ。
プレイした時には気にならなかったけれど、実際にこの世界に来てみた今、何だか色々と抜けている箇所やあまりにも強引過ぎる箇所があるのではないかと私は思っていた。
「(何かが足りない気がする⋯⋯)」
あそこまで膨大な内容であるのならば、どこかに漏れが生じても仕方は無いと思うけれど。
ご都合主義だと一括りに纏めてしまってもいいのだろうか?
レイが完全に封印されるのは三年後で、その大きなきっかけはご令嬢の死。
三年もあれば、余裕で対策なりなんなりを組めるだろうとタカをくくっていたけれど⋯⋯。
ツェルはレイよりも遥かに弱い。
最終的には彼の血のにじむような努力とヒロインの力で、対等なまでに成長するとしても、封印した頃は力の差は歴然だった筈で。
そのツェルがたった一回の封印で、自分よりも遥かに強いレイを押し留めることなんて出来るのだろうか?
もしかして仮説でしかないけれど、
「何回にも分けて封印したとか⋯⋯」
毒を徐々に盛るように、感覚を少しずつ麻痺させていくように。
微量な物も、蓄積すれば脅威に成りうる。
もし、もしもそうなのだとしたら、
「⋯⋯封印の邪魔しなきゃ」
そもそも私はまだ、名前の解除をされていないのだから。
庭園が左手に見える位置の、バルコニーの椅子に腰掛けたプラチナブロンドの長い髪。
伸びた背筋と静かにカップを口元へ運ぶ仕草。
ヴァーレン公爵令嬢。
その姿を視界に入れた瞬間に、アシュレイの眉間には皺が寄った。
「ごめん、待った?」
「あらアシュレイ殿下、大丈夫ですわ」
まだ社交界デビューを果たしていないのに、緩く微笑む様は正に世間が言う通りの淑女の鑑そのもので。
この形ばかりのお茶会は、いつも通りのくそつまらない時間になるのだろうとアシュレイは思う。
他のご令嬢達のように待たされた事に対して、そこはかとなく不機嫌だと言うアピールをされた方がまだマシだった。
そうすれば大義名分を得たアシュレイは、そのまま席を立てたと言うのに⋯⋯。
ヴァーレン公爵令嬢とアシュレイ及びシャッテンの双子は、小さい頃からの知り合いであり、ある意味では幼馴染と呼べる関係だったのだが、何年と経とうがこの令嬢が何を考えているのかアシュレイにはちっとも分からなかった。
一番古い記憶を掘り起こしたところで、彼女はいまと対して変わらない澄まし顔をしていて、まるで人形を相手にしている気分になって心底うんざりするのだ。
まぁ貴族のご令嬢としては、これが模範解答。大正解なのだろうが⋯⋯。
アシュレイには、人形遊びに興じる趣味は無い。
ましてや彼は他の者より明らかに桁違いの魔力を所持してしまった影響で、自分以外の全てを「つまらない」と認識する傾向にあった。
故に何を語って聞かせても、お手本通りの答えしか返って来ないヴァーレン公爵令嬢が、早い話、苦手だったのだ。
「そう言えば殿下は、この休暇中に何をなさっておりましたの?」
「大した事はしてないし、それをわざわざ君に伝える理由はない筈だよ」
「あら、申し訳御座いません。出過ぎた真似だったようですね」
流石にアシュレイにも、自分が大分冷たい態度をご令嬢に取っただけの自覚はあった。
けれども当の本人は、カップを持ち上げて何でも無いようにお茶を飲む。
微動だにしない頬笑みは、何かを口にしている間も変わらない。
この際、変に取り繕わないで馬鹿正直に聞いてくれたのなら、どれ程良かったのだろうか。
公爵家の令嬢ともなれば、王宮での噂話の一つや二つは入ってくるものだろう。
彼女は知っている筈なのだ。
学園の長期休暇中に、城に戻った第1王子がいったい何をやらかしたのか、を。
それをさも知らない体で「何をなさっておりましたの?」なんて聞いてくるものだから、いつもいつもアシュレイはあまりのつまらなさに気が狂いそうになるのだ。
「(やっぱり来るんじゃなかった。もっとあの子と話したかったのに⋯⋯)」
アシュレイふと、先程まで目の前に居た使用人の事を思い出す。
未だかつてアシュレイの魔法を、それも発動寸前まで組まれた魔法陣を、消した者は誰も居なかった。ーーそもそも歯向かおうとして来る者が稀、と言う事でもあるのだが。
魔法陣を介さないで、魔法式を直接ぶつけてくる手法にも驚いた。
そんな方法があるだなんてアシュレイは知らなかったし、稀代の魔法の天才とも名高い彼が知らないと言う事は、つまりは国中の誰も知らないと言う事にもなる。
「(あの子特有のスキルなのかもしれないなぁ)」
アシュレイは光属性だが突飛出ていたのが光なだけであって、実際にはサブ属性を複数所持していた。
そして属性外の魔法についても威力がやはり桁違いだった為に、自他共にほとんど使えない魔法は無いと言われている。
彼の世界は魔法のせいで退屈な物に成り果ててしまった。
故に、彼は魔法に関して誰よりも貪欲なのである。
それからあの使用人にはもう一つ面白い事があって、それが益々アシュレイの興味を引き立てる原因にもなってしまっていた。
使われる者だからだろうか。言動については対して面白味もくそもなかったのだが、それにしてはあの使用人は、やたらと表情がころころと変化していたのだ。
当初アシュレイを見る目は、彼が突然抱き着いた事もあってか驚愕と恥じらいに染まっていたのだが、いざ話をしてみようと大広間に対面した際には、数分前の事などまるで嘘の様になんとも不服そうな物に変わっていた。
それは例えるのならば、めんどくさい人を見る目だった。
使用人でありながら、この国の第1王子であるアシュレイを「めんどくさい人」だと視線で語る娘。
それから彼女は定期的にアシュレイにもそうだが、彼の隣に居たヴァルデにも、不平不満が混ざり切った視線を浴びせていた。
そのあからさま加減は、彼女の事を何一つとして知らないアシュレイでさえ、その時彼女がヴァルデに向けた視線の意味が手に取るように分かる程で。
仮にも王族の補佐を担っている人物に対して、「お前が何とかしろよ」的な視線を向けるのは無いだろう。
何故こんなにも気になるのか分からない。
ただ興味を持つなと言われる方が、無理な話である事は確かだった。
もう少し周りと同じ様に、綺麗事と歪な笑顔を浮かべながら、アシュレイが頼んでもいない賛辞をあれこれと述べていたのならば。
或いはひたすらに従順に振る舞いさえすれば、浮かび上がった興味だって、すぐさま消え失せてしまうのに。
けれども理由も無く惹かれてしまう人が居て、アシュレイの中でその感情は、所謂所有欲に分類されてしまうからこそ厄介であった。
「(あの子欲しいなぁ⋯⋯)」
そう傍から見れば上の空で考えていたアシュレイは、目の前のご令嬢が酷く小さな声で、
「つまらないのは貴方だけじゃないんですよ」
と零した事に気が付きはしなかったのだ。ーー
◆
「舞踏会?」
「そう」
自室のベッドに腰掛けて何をするでもなくだらだら過ごしていたら、同室のマリーナからそう言われた。
相変わらずどうやって作られたのか分からない色素の髪を、ちょっと無骨な形のブラシで梳かしている。
その何気ない動作すらちょっとした絵になりかけているのだから、サブキャラって凄いよなぁとまじまじと見ていれば、少し気まずそうな顔で目を逸らされた。
「(見すぎたみたい、ごめんねマリーナ)」
ここは王宮って事もあって、何に使うんだ!ってくらいに部屋数が多い。
流石に離れた所に建っているけれど、当然のように使用人専用の部屋もあって、王宮に仕える使用人とか下働きの人達は、殆どこの建物の中で寝泊まりしているらしかった。
たまに家から直接通っている人もいるけれど、そんなの本当にひと握りで、だいたいが身分が下層の人だったり、遠くの田舎から出稼ぎで出て来ている人が大半だから、そう言った処置をしているのだと思う。
規則はかなり厳しいけれど、ちゃんと決められた時間にご飯は出てくるしベッドもしっかりしている。
流石に毎日は入れないけれど、使用人専用のお風呂も完備されているし。
元から家が無い私なんかには凄く助かってはいるのだけれど、マリーナはどう思っているんだろうと、ちらっと横目で見てみた。
同い年だからと言う理由なだけで同室になったり同じ洗濯班に回されたりと、私は何かとマリーナと組む事が多かった。
話しかけてもうんともすんとも言わない人と居るよりも、自我があって会話が問題なく出来るマリーナと一緒に居た方が何倍も楽だったから、私は助かっているのだけれど⋯⋯。
厨房に居た話せるお兄さんに聞いた話では、いくら子供が疑問に思われずに働けるこのファンタジーな世界でも、王宮で働く人に子供は早々居ないそうなのだ。
一番若くても16歳くらいなのだけれど、私もマリーナも13歳。
姑息な手を使って王宮入りを果たした私とは違って、マリーナはきちんと決められた規則に則ってここに来た事だけは憶測できる。
でもどうしてそうなったのかまでは分からなかった。
サブキャラクターについて詳しくは、ゲームの中でも話す事なんてないし、キャラ紹介文にも突飛出た事は何も書いていなかった。
事情があるのかもしれないけれど、それを深く聞くのはただの迷惑だから聞けないし。
「うーむ」
好奇心に物を言わせて、ずけずけと人の領域に足を踏み入れていいものなのか否か悩んでいれば、
「そんなに悩まなくても私達には特に関係ないから大丈夫だよ」
髪を梳かし終えたマリーナがふっと笑った。
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「そう言うものなの?」
「そう言うものだよ」
くすくすと笑うマリーナが、私の方を振り返って思い出した。
そうだった、舞踏会の話をしていたのだ。
年に一回、一定数の貴族を集めて王宮で開かれる催し。
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普通じゃない事だって全国の乙女達をきゅんきゅんさせる為ならば、当たり前のように起きるのだ。
例えばそう、
「でも凄いよね毎年。期間中は階級関係なくお城の中に入れるし、許可と相応しい格好さえあれば舞踏会に参加も出来るんでしょ」
これだ。
本来ならそんな危険な舞踏会なんてない。
言うなれば期間中は、それなりの事をすればどんな不審者も王宮に入り放題と言う事なのだ。
名だたる貴族だけじゃなくて王族も参加するのに、それでいいのかと思ってしまうけれど、乙女ゲームクオリティには勝てない。
この仕組みも全部、数年後に起こるたった数枚のスチルとシナリオの為だけなのに。
「見習いだって夜は空いてるんだから、夜会くらいには参加出来るじゃない。マリーナは行かないの?」
「無理よ。ドレスなんて持ってないし、相応しい振る舞いも出来ないから」
「でも私達くらいの年代から婚約者を探すらしいじゃん。出会いが舞踏会だったとかよく聞くよ?」
「ナイ、それは貴族の話だよ。使用人が貴族に見初められてなんて、そんな御伽噺みたいな事は起こらないの」
そうため息を吐くマリーナ。
それが起こるんだよ。
と言うかそう言うゲームなんだよ、この世界。
使用人があらゆる貴族に見初められるシンデレラストーリーなんだよ⋯⋯。
とは、口が裂けても言えなかったけれど。
「はい、この話もうおしまーい。そろそろ寝なきゃ明日も早いしね」
そう言ってマリーナはベッドに潜り込んだ。
舞踏会の話をしている時のマリーナは、年相応の女の子って感じがして可愛かったのだけれど、そんなに身分って大事なのかなぁって、そう物思いに耽る夜だった。
ーー、血に染まった金色の髪。
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力なく倒れた彼女に俺は駆け寄って、彼女を見下ろしている人物へ視線を向けた。
「なんで⋯⋯どうしてこんなこと」
先には、顔色一つ変えないまま立っているアシュレイ。
俺の片割れ、俺の双子の兄。
「どうして?」
小首を傾げた兄弟は、口角を上げる。
「邪魔だったから」
嗚呼、そうだ。
この男はいつだって、"邪魔"と言う言葉だけで非道な行いをする。
今まではそれでも行き過ぎなところまではいかなかったから黙っていたが、遂に人を手に掛けてしまったのだ。
少しでもこの男に良心が見えたのならば、或いは罪悪感の片鱗でも見せたのならば、救いはあったかもしれないのに。
自分の罪に臆するどころか、笑ってみせたのだ。
何故⋯⋯。
「アシュレイ⋯⋯⋯⋯アンタは俺が止める」
これ以上この兄に、国は任せられない。
もっと罪が増える前に、もっと犠牲が生まれる前に、断罪しなければならないのだ。
誰にも出来ないのならば、俺がやろう。
それが同じ血を引いた者の運命だ。
片割れとして生まれた奴の宿命だ。
例え、この命に変えてでも⋯⋯。ーー
勢いよく体を起こす。
木で簡単に作られたベッドが盛大に軋んだが、そんな事はどうでもいい。
「待って⋯⋯」
私は頭を抱えて呻く。
「噂の子が殺されるのもしかして今年っっ?!」
そう叫べば「なーにー」と、寝惚けたマリーナが呟いた。
◆
夢のせいでバクバク心臓が鳴っているが、一旦状況を整理しよう。
三年後の未来でレイはツェルに封印される。
そこからが物語のスタートだ。
きっかけは悪行の限りをし尽くしたレイが、遂に自らの手で人を殺してしまったからで、その殺した相手って言うのが、レイとツェル二人の婚約者候補だったご令嬢。
彼女は王族の従姉妹に当たる人物で、レイとツェルとは幼少期からの仲。
どちらか片方の婚約者ではなく両方の"婚約者候補"なのにはそれなりの訳があって、元々そのご令嬢は王太子妃として育てられる事が生まれる前から決まっていた。
けれど王子は二人居て現国王は何故か王太子を選ばず、二人共"次期国王候補"に選定したのだ。
だから本来王太子の婚約者になる筈だったご令嬢も、王太子候補が二人居る為にどちらかの許嫁になると派閥争いから、余計な争いに巻き込まれかねなかった為、応急処置として両方の婚約者候補に収まったのだ。
更に厄介な事にレイはあんな性格だったから、ご令嬢にはほとんど見向きもしていなかったようだけれど、ツェルの方は違って、根っからのお人好し、基、世話焼きのツェルはそのご令嬢と懇意にしていたらしい。
好意を抱いていたかどうかまでは作中に書かれていなかったから分からないけれど、ご令嬢がツェルにとって特別な人であった事は間違いないのだ。
何故ならそのご令嬢がレイに殺されてしまったからこそ、彼がレイの封印に尽力したのだから。
尤も私は、殺されるのはもっと先だと思っていたけれど⋯⋯。
ちょっと整理の為に言ったけれど、この措置はあまりにも異常だと思うのは私だけだろうか?
王太子がなかなか決まらないだけなのならば、別に珍しくも何とも無いだろうし、その場合であれば第1王子妃と第2王子妃にして、王太子が決まり次第、王太子妃に敬称を変えてしまえばいいだけの話なのだ。
なのにも関わらず、レイにもツェルにも現状"候補"は居ても"婚約者"は居ない。
それどころか、二人"共通"。
「(乙女ゲームだから?攻略対象に婚約者が居ると困るから?)」
このゲームはタイトルこそラブコメみたいだけれど、その実、ネット上で"これはタイトル詐欺"だと言われてしまう程に内容は恐ろしく重かった。
選択肢をミスればヒロインだって簡単に死ぬし、そもそも個別ルートのシナリオも普通に比べてかなり長い方で、私はそれが気に入ってのめり込んだのだ。
プレイした時には気にならなかったけれど、実際にこの世界に来てみた今、何だか色々と抜けている箇所やあまりにも強引過ぎる箇所があるのではないかと私は思っていた。
「(何かが足りない気がする⋯⋯)」
あそこまで膨大な内容であるのならば、どこかに漏れが生じても仕方は無いと思うけれど。
ご都合主義だと一括りに纏めてしまってもいいのだろうか?
レイが完全に封印されるのは三年後で、その大きなきっかけはご令嬢の死。
三年もあれば、余裕で対策なりなんなりを組めるだろうとタカをくくっていたけれど⋯⋯。
ツェルはレイよりも遥かに弱い。
最終的には彼の血のにじむような努力とヒロインの力で、対等なまでに成長するとしても、封印した頃は力の差は歴然だった筈で。
そのツェルがたった一回の封印で、自分よりも遥かに強いレイを押し留めることなんて出来るのだろうか?
もしかして仮説でしかないけれど、
「何回にも分けて封印したとか⋯⋯」
毒を徐々に盛るように、感覚を少しずつ麻痺させていくように。
微量な物も、蓄積すれば脅威に成りうる。
もし、もしもそうなのだとしたら、
「⋯⋯封印の邪魔しなきゃ」
そもそも私はまだ、名前の解除をされていないのだから。
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※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
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