執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華

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選択肢を間違えた?

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「セリーナ……」

 呼ばれる……不安気に揺れるその声に。

「んん無理ぃ……あと5分……」

 眠いので呼ばないで下さい。5分……5分でいいからもう少しこの微睡みを……

「……何を言ってるんですか。気が付いたのなら、起きて下さい!人がどれだけ心配したと……怪我も何もないとお医者様も仰ってるんですよ?」

 不安そうに私を呼んでいたその声は、私の返答に呆れたようで、溜息を吐きながらそう言った。
 いや、眠たいんだもの……なんというか、色々疲れて、現実逃避したいし……このまま寝かしておいてほし……

「目覚めないと……このまま襲いますよ?」

 ふぅっと耳元に甘い吐息がかかる。ゾワゾワとしたモノが背筋を走る。なに!その物騒なワード!?

「ふぇ!? なっなに!?」

 身の危険を感じ、驚き飛び起きる。白いシーツ。薄紫のレース。その向こうに、見慣れた家具や壁紙が見えた。……あれ!?此処、私の部屋だ。私、いつの間にかベッドで寝てた?えっと、そういえばバルコニーから落ちて、気絶したような……

「やっと目を覚まされましたね。眠り姫」

 困惑する私。声の方を向くと、私の手を握り締め、ほっと表情を緩めるクラウスが居た。


 ……そしてその後方には、お義兄様の姿があって……


「えっ? 何故、二人が此処に?」

 何!?一体何故この組み合わせで、私の部屋にいるの!?

「え? なんでクラウスとお義兄様が……」
「……セリーナ。身体は大丈夫か……気分は……」

 遠慮がちに、お義兄様が声をかけてくる。

「えっと……はい。大丈夫です」
「そうか……」

 そう答えると、そのまま会話が途絶える。いや、何を話せば?クラウスも側にいるし、先程の事を下手に話すわけには……でも、有耶無耶にできる問題でもない。怖いけれど、クラウスには退出してもらって、お義兄様と二人で話をしなければ……
 ちらりと様子を窺うと、お義兄様の顔が歪み唇が小さく動いた。

「……悪かった」
「え?」
「一方的に想いを告げて、お前の意思を無視し手に入れようとし、こんな目に遭わせて……すまなかった」
「はい?」
「俺がお前を襲わなければ、お前は怖い思いをする事も、危険な目に遭う事もなかった」

「悪かった」……そう深々と頭を下げるお義兄様。えっと……ちょっと待って。お義兄様、クラウス居るのよ?クラウス居る前で何仰ってるの?

「なっ……何の事ですかお義兄様? 私、部屋にあらわれた黒光りのやつに驚いてそれで……」
「クラウスには話した」
「はい。ですから、落ちたのは自業自得で……」

 ほほほ。私ってドジよね?と誤魔化す私を、お義兄様が静に制する。

「セリーナ」
「クラウスは、知ってるんだ。お前が落ちた原因を」

 その言葉に、身体が硬直する。停止した思考のまま、恐る恐るそちらへと顔を向ける。

「ええ。レイズ様の口からはっきりとお聞きしています」

 能面いつもの顔をしたクラウス。「何となく察していましたが」とも続けられた。

「あっ……あの、クラウス。お義兄様は、悪くないの! 全部私が悪くて! だから……その、お父様や他の者には何も」

 言わないで……そう続けようとし、クラウスの冷たい声が重なる。

「……貴女は……それで良いのですか?」

「……正直、私は腸が煮えくり返る程怒っています。私が間に合ったから良かったものの……一歩間違えていたら……それに、貴女が抵抗しなければ身体だけでなく心も……」

 クラウスの言葉に、身体がビクッと反応する。
 クラウスの言いたい事は分かる。濁した言葉の先にあるもの。それは、そうなっていてもおかしくない結末。

「……それでも……言わないで……」

 それでお義兄様が罰を受けるのは、嫌だ。

「だって、私、なんともないもの。ほら? 怪我もしてないし、元気よ? 何もないのに、お義兄様を責めるなんておかしいわ?」
「セリーナ……」

 
 にっこり笑う私に、二人の声が重なった。

「……貴女がそう望むのなら、私はこれ以上何も言いません。……レイズ様には、このままヴィスコンティ家の家督を継いでもらった方が、私にも都合が良いですし……」

 大きな溜息と共に、「仕方ないですね」と呟くクラウス。

「ですが、またセリーナを傷つけたら、死ぬよりも辛い目に遭わせます。……俺は一生、貴方を許すつもりはありませんので」
 
 お義兄様を見つめ、にっこり微笑む。地獄から這い寄る声が、そう告げる。

「……ああ。わかっている」

 クラウスの視線を、真っ直ぐ受け止めるお義兄様。そうして、その目を私へと向けた。

「セリーナ」
「なっなんですか? お義兄様」
「……俺は、お前を妹として見るには……時間がかかると思う」

 その紫色の瞳は、濁りはなく、ただ大きく揺れ、私を見つめる。

「だが……いつか……ちゃんと……妹として、家族としてお前の幸せを祝福できるようになるから……お前はお前の幸せを大切にしろ」

 お義兄様は、寂しそうに笑ってそういった。




*****

 月は眠りにつき、陽が再び登り始める。薄らと赤みを帯びた空は、静かに夜の終わりを告げた。
 お義兄様が退室し、部屋にはクラウスと私だけ。家人が動き出すには、まだ少し早い時間。

「あっ……クラウス。貴方、大丈夫なの?」
「何がですか?」
「その、昨夜からのドタバタで……貴方、眠れてないんじゃ」

 気絶して少し眠っていたとはいえ、私も正直まだ眠い。戻ってきたばかりのクラウスは、ちゃんと睡眠は取れているのかしら?不安になって見上げると、クラウスは眉尻を下げながら微笑んだ。

「そうですね。兄の許可も取れ、三日三晩、その身一つで馬を飛ばして来たので……眠いといえば眠いですが……」
「ええ!? 三日三晩? 馬を走らせて来たの!?」
「はい。通常は最低一週間程かかるのですが、死にものぐるいで飛ばして来ました。……間に合って良かった……本当に」

 安堵の溜息を零すクラウス。一週間を三日で?どんだけ無茶をしたの!?

「クラウス……貴方、なんて無茶を……」
「だって、セリーナ……貴女に一分一秒でも早く……会いたかったから」

 そう言って笑うクラウスの頬は、心做しか少しやつれていて、その綺麗な顔は、よく見れば隈ができていた。

「……実家の許しを得たのです。それとカレイド様……貴女の父君の許しを……」
「お父様の?」

 驚き見遣ると、クラウスにギュッと抱きしめられた。

「漸く……貴女をこの手で抱ける……」
「え?」
「セリーナ……返事を下さい」

 返事?クラウスに返事?えっと……なんだっけ……なっ何の返事をしなきゃいけないんだっけ?

「ああ、答えはyesかはいで……沈黙も肯定と見倣します。ですから、先程のように『無理』だなんて言わないで下さいね」

 んん?それって拒否権ないんじゃ……にっこり笑うクラウスの顔。なんだか怖い……。

「クラウス……それって何の……話」

 そう尋ねた事を、私は深く後悔した。その瞬間。クラウスの目は細められ、凍えるようなブリザードが吹き荒れたのだ

「……セリーナ。貴女……それ、本気で仰ってるんですか?」

 怖い……絶対零度!? 漏れ出す凍てつく波動が、私の精神をガリガリ削っていくぅ!?

「……くっ……クラウス? えっと……何故そんなに怒ってるの?」
「……ここまで鈍感にスルースキルを発動されると……流石の俺も看過できませんね」

 節くれだつクラウスの手。それが私の頬に触れ、固定する。

「あぁ、やはり貴女には一度きちんと仕置きをする必要があるようだ」
「し……仕置き?」

 ええ!?何!?そのワード、それに目が……目が怖いわクラウス!

「ええ、前回のは中途半端でしたし? それに、俺も頑張ったご褒美が欲しい」

 ふふ。と笑うクラウス。その顔はうっとりする程美しく色っぽい。

「今度は手加減なんてしませんから、覚悟して下さいね? セリーナ」

 
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